人喰いサーカス
あきかん
第1話
今日、人が死んだ。この街ではいつもの事だ。
薬物中毒、喧嘩のいざこざ、強盗事件に痴話のもつれや通り魔による犯行など。理由は人それぞれだけど、よく人が亡くなる。死体がこの街の名物だ。
最初に僕が人が死ぬのを見たのは交通事故だった。小学生のころ、酒に酔った運転手が僕らに車ごと突っ込んで来た。智くんと悠花ちゃんは僕の目の前でぐちゃぐちゃに混ざりあって、死んでも仲が良いんだな、と馬鹿なことを考えていた。
小学生のころは僕も忙しかったので、智くんと悠花ちゃんには悪いけど帰宅した。その頃の僕は良い子でなければならなかったからだ。よくあるシングルマザーの家庭であった僕の家は、例にもれずに母は風俗で働き、昼間は寝ていた。だから、僕が家事をしなければ家は荒れ果てる。こういった家庭の事情により、脇目も振らずに帰途についた訳だ。
2回目に死体を目撃したのは、それから数年たった中学生の時だ。隣に住んでいた門脇さんにお礼参りをしようと部屋に入ったら先に殺されていた。
門脇さんには世話になった。母が休日の事だ。個人営業を自宅で行っていた母の邪魔にならないために、アパートの外で時間を潰していた時によく声をかけられた。
初めて門脇さんと会ったのも母が個人営業中の時だ。
「どうしたんだ、坊主」
「母さんのお客さんが家に来ているから、外で待ってんだ」
「なら、おじさんが遊んでやるよ」
こう言って、門脇さんはトランプを取り出した。その時、教えてもらったのがポーカーだ。最初は何もかけずに行っていたそれは、徐々に物をかけるようになった。
最初のころは、門脇さんの負けが続いた。その度に飴玉やチョコレートなどのお菓子をもらった。それから一月たつと門脇さんが勝ち始めた。払える物など何もない僕はあれこれ頭を捻り何かないかと思案したけれど、何もなかった。困り果てて泣きそうになったとき、門脇さんは「何もなければ体で払えば良いよ」と教えてくれた。そこで、門脇さんのナニを舐めた訳だが、それはとても臭く咥え込むと吐き気がしたものだ。負けはそれからも続き、時にはケツを貸したりしながら門脇さんとポーカーをやり続けた。
初めての時はとても痛かった。あれは穴が切れていたと今では思う。だけど、育ち盛りの小学生だったからか、1ヶ月もたつと痛みは引いた。そして、また門脇さんにポーカーを挑み始めた。
ポーカーをやり初めて1年がたつ頃には、門脇さんに負ける事は無くなった。門脇さんの癖がだいぶわかるようになり、それに伴ってブラフも上手く使えるようになった。また、イカサマが上達したことも要因だったろう。適度に負けたりしながら、トータルでは勝ちに持っていった。
勝ち越していくと門脇さんは支払いを渋るようになった。その頃ではチップも現金で行い、ツケも二十万近くになったのを境に門脇さんはポーカーをしてくれなくなった。今から思えば、門脇さんは力ずくで僕をどうこうできたはずなのだが、律儀にもポーカーに付き合ってくれたのは感謝をしても良かったのかもしれない。
しかしながら、中学生に上がり力が付いてきたのを感じた僕は、門脇さんから金を取り立てようと考えた。そして、ドアの鍵を壊して門脇さんの家に上がったところで、彼の死体と対面したのだ。
こういった場合、警察に連絡するのは御法度だ。母ごとアパートを追い出されかねない。そこで大家の松原さんに連絡した。
「藍原さんのガキか。よく連絡先がわかったな。」
と、松原さんは言っていたが、このアパートで彼の連絡先を知らなければ生きてはいけない。連絡してから1時間たつと、平戸クリーニングという業者が門脇さんの死体を回収し部屋を掃除していった。ちょうどこの日から三ヶ月前、上の階に住んでいた藤蔵一家の部屋を掃除していたのもこの業者だった。
中学に上がってすぐのこと。毎年恒例の先輩からの可愛がりが行われた。現れたのが二年生の顔役の漆原先輩だった。
漆原先輩は体格が良い。この街では珍しく両親がいた先輩は十分な栄養を与えられたのだろう。まあ、その分頭は悪かったが。
集められた1年生は先輩たちに問答無用で殴られた。もちろん、反撃する奴もいる。武藤と橋爪がそうだった。
まあまあ強かった2人ではあったが多勢に無勢。必要に殴られ蹴られ、声も出せなくなってもそれは続いた。それに対して僕はというと、恒例行事だし仕方がないか、と殴られるまま受け入れた。頬を殴られ、腹を蹴られた。歯は欠けなかったが蹴られたところが悪く息が止まって吐き気を催す。うげぇ、と呻き声を上げてうずくまると先輩たちは笑って見下していた。
そんな中、漆原先輩だけは笑っていなかった。一通り可愛がりも終わった頃、目付きが悪いと漆原先輩に目をつけられた。
トイレに連れ込まれ、髪を捕まれ無理やり顔を上げさせられた。見上げた先には漆原先輩のにやけ面。いや本当に俺が何をしたのか、と思って先輩を見つめ返すと、「その目が生意気なんだ」と言われて小便器へと頭を突っ込まれた。水を流されて髪が濡れる。それで捕まれていた手が離れたので立ち上がった。
「お前、俺のこと舐めてんだろ」
と、先輩が言うので
「舐めてほしいんですか、先輩」
そう返した。みるみると怒気が先輩の目に宿っていく。そして、腹を殴られてうずくまった。
「それなら、舐めてもらおうか」
漆原先輩はズボンのチャックを外してナニを出す。それの裏筋を舐めて、鈴口に唇で軽く触れてから咥え込んだ。
「初めてじゃないのかよ」
そういって喉の奥まで突いてきた。しばらくして、口内射精をした漆原先輩は満足したのかそのままトイレから出ていった。
そんな漆原先輩ではあったのだが、喧嘩中に腹を刺されて亡くなった。僕は喧嘩の現場にはいなかったのだが、校内が漆原先輩の報復一色でバタバタしていたので僕の耳にも入ってきたのだ。
「お前、漆原の女だったよな」
「僕は男ですよ、屋代先輩」
僕は三年に呼び出されていた。目の前にいるのは、番長格の屋代先輩。2年の頃から校内最強の噂があったらしい人だ。
「お前も第三中への報復に参加するか」
と、そんなことをわざわざ聞いてきた。
「見ての通り体が貧弱で喧嘩は弱いので」
遠回しに答えたつもりだった。
「お前は漆原と仲が良かったから、参加したいのかと思ったが、別にどうでもいいのか」
と、屋代先輩は言う。嫌らしい言い方だと思った。しかしながら、母親の様態が良くなく、遊んでいる時間はない、というのが本音だ。
由美と付き合うようになったのは、この頃だった。女子は先輩などの気まぐれで無理やり拉致られて廻される事がある。特に中位から下位辺りにいる女子が標的となる。由美もまた廻された女子の1人だった。
廻された女子は2つのタイプに別れる。よくあるのが、これをきっかけに先輩達に取り入るケースだ。何時でもヤれる女になる。その代わりに、先輩の庇護を受けられるのだ。一年を支配しているのは、大抵このタイプの女子となる。1年男子とは、この学校では最下級の地位と言ってもよい。僕はというと、漆原先輩が健在だった時は、何度か呼び出されては性欲処理をさせられていた。そのため、周りが勝手に引いていった。結局のところ、漆原先輩の女の1人という地位を得ていた事になる。
もう1つのタイプが周りに怯えながら学校で過ごす女子だ。弱みを見せたらそれに漬け込むのがこの街の掟だと言ってもよい。大抵の場合は同学年の男子に廻される事になる。由美もこのタイプだった。
「大丈夫?」
と、僕は声をかけては見たものの、ヒッと怯えるだけで話にならなかった。それでも、その日から由美の事は気にかけて声をかけ続けた。
理由は2つある。1つ目が僕はアンタッチャブルな存在だったということだ。クラス中の人間が僕に関わるのを嫌がっていた。要するに、漆原先輩のせいだ。それを利用して由美と僕が関係があるのだと周りにアピールする目的で声をかけていた。
もう1つは下心だ。こっち側に引き込めそうな女を探していたので、丁度よさそうな由美に白羽の矢をたてることにした。この時すでに、母の体調は限界に近かった。
「いつも、ありがとうね」
と、由美が帰り道で口にした。季節は秋口に入り風は少し冷たい。風にあおられながら並んで歩く帰り道ははてしなく長く感じたものだ。
「好きでやっていることだから」
僕は由美にそう答えた。体調も回復してきたらしく歩調も軽快だ。
「今日は寄り道していこうか」
僕は由美の手を強く握り歩調を速めた。中学生に行ける場所は限られていたが、そこは松原さんを頼ることにした。
由美と関係を持ったその日、家に帰ると母は変わらず枕に話しかけていた。
「剱。私の愛しい剱。あなたがいるだけで私は幸せだわ…」
うわ言を呟き続ける母をしり目に夕食を作る。肉を焼き、野菜を刻み、味噌汁を作る。炊飯器に入ったご飯をかき混ぜて、皿に盛ってテーブルに持っていった。
「母さん、ご飯だよ。」
と、いちよう声をかけた。
「誰?あなた」
惚けたように答える母に飯を食べさせる。まったく都合の良いことに母は飯を食べ終えてから暴れだした。
「剱はどこ?何処へやった!」
そんな戯れ言を叫ぶ母は、もう見飽きていた。投げられた食器を顔で受ける。
「僕はここだよ」
と言って母の首に手をかけた。徐々に力を込めていく。
「剱、ごめんね」
母は最後にそう言っていたように思うが、それは僕の願望だったのだろう。
「松原さん、終わりました。」
大家に電話を入れてその日は寝た。この日から今日まで僕は松原さんに世話になっている。体を売ったり、女街をしたり。良くある仕事を生業として、今は生きている。
人喰いサーカス あきかん @Gomibako
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