第27話 そして、「それ」がいる

 そんな話をしていると、書類の束と、雑炊を載せたトレイを持った桜宮さんがやってきた。


 「若、起き抜けに、ディープな話はやめて上げてくださいね。ささ、ナル君、ご飯は食べられますか?おなかに何か入れましょうね。」

 桜宮さんは、椅子に座っていた倫久を器用にどけると、代わりに自分が座って、膝の上にトレーを置いた。そして、「おい」と、文句を言う倫久に、持っていた書類を強引に渡して、ニコッと僕に微笑んだ。


 「ナル君、起きられますか?私が抱っこしましょうか?」

 言いながら、本当に手を差し伸べてきたので、僕は、慌てて、上半身を起こした。

 「ささ、おかゆ食べましょうね。」

 僕が座ると、何故か、スプーンに雑炊をすくった桜宮さんは、ふうふうとそれを冷まして、僕の口元につきだした。

 「自分で食べれます。」

 「いいから。こんなときぐらい、甘えちゃいましょう。」

 そう言いつつ、強引に口の中に押し入れてきた。

 あ、おいしい。

 それは、きちんと出汁をと取ってるんだなぁ、と思えるやさしい味の鳥雑炊で、なんだか幸せな味だった。

 「フフ、おいしそうで何よりです。」

 僕がおいしいと感じてるのは、桜宮さんに筒抜けのようだ。

 ものすごく上手なタイミングで、僕の口に次々と雑炊を放り込んでくる。

 そんな様子をあきれたように倫久は見ていたが、途中からは、手渡された書類を見始めた。

 口いっぱいに幸せな味をかみしめながら、そんな倫久の様子もちらちらうかがっていた僕は、書類を読み進めるに連れ、険しい顔になる倫久に、不安を抱いた。


 「ナル君は本当においしそうに食べてくれますね。誰かさんと違って作った甲斐がありますよ。」

 そう言いながら、空になったどんぶりを片付けつつ、僕の頭を撫でる桜宮さん。

 本当に器用な人だな。しかもこれ、彼が作ったのか。レシピ欲しいな・・・


 「うるさい、ケンコー!成人、捜査資料が一部入ったが読むか。第一と第三の被害者、目撃者が出たらしい。」

 メイドさんと、幼稚園の人?

 僕は、先ほど桜宮さんが持ってきたコピーらしき書類を、倫久から受け取った。


 「ちょっと出てくる。おまえは外に出るなよ。新しいチョーカーができるまで、出禁だからな。」

 「新しいチョーカー?」

 「あれがナル君をギリギリの所で救ったんでしょうね。私からもお願いします。新しいチョーカーができるまで、おとなしくしていてくださいね。」

 そう言い残すと、二人は、部屋を出ていった。


 チョーカー?

 僕は自分の首を触ってみた。ここしばらくつけていたチョーカーがなくなっている。二人の話から推測すると、アパートで僕はチョーカーに助けられた、ということか?

 あれがないと、僕は彼らに保護されないんだったか?でも逆に言えば、彼らの手が届かない?

 僕は、今が彼らから逃げ出すチャンスかも、と思った。と、同時に不安そうな倫久や、優しくしてくける桜宮さんが頭に浮かんで、あの人達を裏切るようなことをしていいのか、と疑問も浮かぶ。


 どっちにしても、この事件が終われば、日本を出よう、彼らともう会うことはないだろう、ちょっぴりセンチメンタルな気持ちになりつつ、そう自分に語りかけた。僕を大事にしてくれた人たちとの別れなんて、嫌と言うほど経験しているんだ・・・


 僕は、手渡された書類の束を読むことにした。



 それは倫久の言っていたとおり、第一と第三の被害者の目撃証言だった。


 第一の被害者、メイドの佐藤茜さん。

 正直、僕は覚えてないけど親切にしてくれたメイドさんの一人だったらしい。そして、その日VIP席を使っていたスーパーVIPの丸山卓也。キャッスルというのはたまにあるイベントながら、佐藤茜は今までなら、超得意の方を大事にするメイドだったため、キャッスルに名を連ねることはなかったし、ひいきの客から金を引き出すことに生きがいを感じるような人であったのでプリンスらにむかうことはなかったらしい。

 しかし、その日、佐藤茜は、メイドの推薦を成人に入れた。

 そして、あろうことか、丸山ら常連客のその後の指名にも応じず、ただナル君ナル君、と、常連客の見たこともない女の顔で、子供に迫っていたのである。

 はじめ丸山は信じられなかった、と言う。そしてその後、自分には見たこともないような女の顔をする茜にいらだった。そして、茜の他に何人ものメイドを女の顔にしていく、子供がねたましく、殺意を抱いた。


 丸山は、その後、帰宅途中の佐藤を待ち伏せた。

 

 最初に遭遇したとき、丸山と茜は一見友好的だったようだ。

 しかし、途中から大きな声で言い合うようになったらしい。その途切れ途切れに聞こえる内容を覚えていた人がいた。今回の書類は、そう言った人からの聴取が中心だった。


 聴取によると、丸山はボソボソしゃべっているだけで、内容は聞こえてこなかった、とのことだ。一方茜は、最初は同じようにボソボソ言っていただけだが、途中から大声での罵倒に変わっていった。

 「あんた自分の顔を鏡でみたことあるの?仕事じゃなきゃ誰があんたなんかと話したりするもんか!ああ汚らわしい。あんたの口からナル君の名前が出るだけでも許せないわ。ウジ虫が妖精を妬んでんじゃないわよ!」

 その後にはガラスをひっかくような声で叫ぶ丸山の声が聞こえた。



 なんだよこれは。

 こんな風に自分の名前が文字でポンポン出てくると、誰だこれ?と現実感がないや。正直いい気分ではない。

 僕は、もう一つの調書にも、イヤイヤながら目を通した。



 その男は、隠し撮りをする女性に話しかけた。

 「そいつは何人もの女をもてあそぶ、悪人ですよ。」と。

 「なんなんですか、あなた。」

 「あの魔物の正体を知っている者です。」

 「魔物?」

 「あんたが、今写真を撮っていた小僧ですよ。」

 「ナル君、ですか。」

 「そうです。奴はとんでもない奴ですよ。実際僕の女も奴の毒牙にかかった。」

 「え、そうなんですか?うらやましい。」

 「うらやましい?」

 「ナル君の毒牙なら、喜んでかかりますよ。」

 「あんた、結婚しているんだろう?」

 「旦那とナル君を比べられるわけ無いじゃない。旦那はただお金を運んでくる銀行よ。ナル君と側にいれるなら、銀行ごと捧げるわ。」

 「最低だな。」

 「最低で結構。あんたみたいなブサ面には一生縁がないことよ。さっさと消えて頂戴。ああナル君を愛でる至福の時が汚されちゃうわ。」

 その後、しっしっと追い払われた丸山は、天罰が降りるぞ、おまえはもう死ぬ、などとわめきながら去った、という。

 証言者は、自分も被害者と同じ意見だ、と、うんうん頷きながら聞き耳を立てていたというママ友だった。



 証言の次には〈考察〉と書かれたレポートが入っていた。


 写真を撮った3人と、丸山は接触している。

 そこでは、丸山の成人への憎悪と、被害者の成人への好感が激しく入り乱れた。

 お互いの反発し合う感情が影響し合ってより大きな感情が生じたと思われる。

 これらの感情が周りの感情の残滓を巻き込んで質量を持つまでになった。

 「成人」というキーワードを求め、質量を持ったあやかしは、貪欲にエネルギーを吸い始めた。そして、その者の霊子を吸い尽くす際、何らかの事情で血液ごと吸収した、と推測する。

 第一の被害者の折り、もともと集まりやすい霊子が丸山の執着に引かれ集まり、被害者との接触で「成人」というコアを得た。

 第二第三の被害者は丸山の視認、すなわち成人を尾行することで、彼に対するストーカーを発見し、同じく霊子を血液を介して吸収。

 残りの二人に関しては、すでに親とも言える丸山の執着をも吸収し、それのみで物質界に顕現できるようになったあやかしが、衣たる丸山を脱ぎ捨てたことにより、性能がアップしたための被害であろう。

 直近に成人と会って、成人の気配を身に纏った者のうち、強く成人に思い入れを持つ者を襲った。

 このあやかしは、吸血鬼のように血を媒介に、「成人」というキーワードによって強化していく、怨霊である。

 なぜ、血を媒介にするかの推測はあるものの、それは考察が足りないため、次回のテーマとする。




 僕は、これらの書類を読んで、ばかばかしい、と思った。

 なんで僕がコアとか、よくわかんないよ。

 ただ、思いが強くなると他の思いを寄せ集めるのは知っている。薄い意志は濃い意志に吸収され、吸収した意志はさらに強い意志となる。キーワードをもとにすれば、その意志はもっと近づきやすくなり、より強い思念体が産まれる。

 僕はそういうのをいっぱい見てきた。でもこんな強烈なのがあり得るのだろうか。

 でも、あり得るとしたら、そのいまだうろついている化け物はこれからどうする?

 それとも、あの障気が、アパートの障気が化け物だったんだろうか。


 僕は、違う、と思った。

 理屈じゃない、あれは違う。

 あれは、怨霊からあぶれた存在。

 より強く意志を集める甘い罠。

 何でそう思うんだろう。

 でも、僕は確信する。

 丸山が生み出したその化け物はいまだどこかで、次の獲物を狙っている。

 いや、「僕への思い」という「えさ」を求めて、腹を空かせてさまよっているんじゃないのか?

 確信はもてないけど・・・・

 もし、僕のこの不安が正解だとして・・・


 今、僕、というものに思いを寄せてくれているのは?

 僕を一番愛してくれているのは?


 少なくともこの町では・・・・


 僕は、気がつくと外へ飛び出していた。

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