第26話 救出

 なんだか、いい香りがする。

 自然な、それでいて洗練された香り。


 僕は柔らかい布団に包まれて、まるで浮いているよう。

 長い人生で、こんなにふわふわに包まれたことはあっただろうか。

 ぼんやりと、目覚めきらない頭で疑問に思う。

 いや、疑問、とまではいかないな。ぽつぽつと心に浮かぶ心地よい感覚。

 なんだか、ずうっとこうして寝ていたいな。

 そうおもいつつも、目覚めがやってくる。

 よく寝たおかげか、気分もいい。

 僕は、ゆっくりと、瞼を開ける。


 白い、天井。

 窓から差す太陽の光が、きらきらと、天井に反射してきれいだな。

 天井だけでなく、壁も優しい白色で、同じく太陽の光がキラキラと踊っている。

 僕は、ただきれいだな、と、その光をぼんやりと、眺めていた。


 カタン。


 小さな音が鳴る。

 何?

 僕は音のした方に首だけ向ける。


 「目が覚めたか?」

 不安げな声。

 あれ、この人、こんなに心細い声を出す人だったっけ?

 「ナル・・ヒ・ト・・・?」

 彼は、僕の方にゆっくりと歩み寄る。

 「成人、分かるか?」

 何が?あなたのこと?

 「倫久?」

 あれ、僕の声、なんでこんなにかすれているんだろう。

 「ああ。良かった。・・・何があったか分かるか?」

 何が?

 僕は、・・・そうだ。忌まわしい事件で死んじゃった知り合いの女の子。その犯人を、僕は倫久達と捜していて・・・

 犯人?

 僕は、犯人と出会った?

 そうだ。

 桜宮さん。

 あの人に呼び出された。

 犯人かもしれない人が死んだって。

 僕は、車に乗せられて・・・

 知らないアパート

 知らない声

 僕を求める声

 僕をあざける声

 僕を恨む声

 助けを求められて・・・

 死を求められて・・・

 あ、あーーー僕は


 落ちる


 何かに引っ張られて。


 誰か・・・


 誰かが僕を揺すって、る?


 『成人!おい、しっかりしろ!成人!』


 激しく僕を揺すりながら、大声で僕の名前を呼ぶ声。

 力強く、激しい声。

 僕を恨む声をかき消す大きな声・・・


 あ、あ・・・・


 「のり・・ひ・さ・・・・?」


 「成人!・・そうだ倫久だ、おまえが大っ嫌いな倫久だぞ。分かったら、しっかり見ろ。私に怒りをぶつけてみろ!」


 なんだよ、それ。

 そういうの、後から恥ずかしくなるよ。

 あんた、そんなキャラじゃないだろう?


 僕の意識はゆっくりと覚醒する。


 そうだ。僕は容疑者の家に行ったんだ。

 そして、すさまじい障気を見た。

 それは、すごい勢いで僕に飛び込んできて、

 たくさんの意識がぶつけられ、

 それからどうなったんだろう・・・

 移動した記憶はないけど、ここは、どこだ?


 「ここはどこ?アパートは?」

 僕は、まだ僕を揺さぶっている倫久に聞いた。

 両肩をつかんで揺さぶる手を、そっとどける。

 初めて見たな、そのきれいなストレートヘアが乱れてるとこ。

 乱れていても、やっぱり無駄にきれいだ。


 「あ、ああ。ここは、私の家だ。」

 「すごい豪華だね。マンション?」

 「ああ。」

 「だったら、そんな大声出したら、ご近所迷惑だよ。」

 「は?ったく、おまえは・・・・大丈夫だ。このマンションに住んでいるのは、うちの者だけだ。」

 「うわぁ。本当のお金持ちだぁ。」

 「ったく、なんて気の抜けるやつだ。クククク・・・まったく、本当にまったく・・・」

 なんだか、顔を覆って泣いてるんだか、笑ってるんだか・・・

 しばらくして、今まで座っていたのだろう、おしゃれな椅子をベッドサイドに持ってきて、ドカンと座った。


 「体の調子はどうだ。」

 「うーん、絶好調。すごくぐっすり寝れた気がするよ。」

 「そりゃ3日も寝ていたからな。」

 「え?3日?」

 「ああ。・・・おまえ、どこまで覚えている。」

 「えっと・・・アパートに入ったところ、かな。あの部屋の入り口に入るか入らないかの所で、なんかタールみたいな障気が見えて、どばって声に包まれた。」

 「声?」

 「うん。なんか、僕のこと褒めたり、けなしたり。いろんな人たちの声。それが迫ってきて、僕が憎いとか殺すとか・・・」

 僕は、またその恨み辛みを思い出して、吐き気がした。


 「無理はしなくていい。私が不用心だった。奴が成人に執心だと分かっていたのに、なんの防御もせず連れて行った。すまん。」

 え?僕に頭を下げた?

 「・・・やめてよ。」

 「本当に済まなかった。下手したらおまえも呑まれて、とんでもない化け物にするところだった。」

 「え、マジ?」

 「ああ。成人がとんでもない化け物の幼体だ、とは推理していたんだ。それが理性を失い、恨みのままに暴れ回っていたら、この町どころか、この国がどこまで被害を受けることか。私やケンコーがいたとて、御することはできなかっただろう。」

 「ちぇっ。僕のことを心配してくれたのかと思ったのに、心配は国かよ。」

 「いや、そんなことは・・・当たり前だろう。誰があやかしの心配なんてするか。いや、心配はしたな。保護下のあやかしが暴走して被害を出したとあっては、私の威信が保てん。」

 「はぁ?何それ?結局自分のためじゃん。」

 「当然だ。」

 ・・・・まぁ、こんな奴か。むしろ、そんな尊大な態度に安心してる僕って、みんなが言うようにお人好しかもしれない。

 「ところで、あの後どうなったの?丸山は?」

 「ああ。時系列で話そうか。まず丸山だが、本名だった。」

 「ふうん。」

 「預かった防犯カメラから、車両ナンバーを割り出し所有者を調べたところ、丸山本人だった。そこで、登録の住所に行き、死んでいる奴が見つかった。障気がすごいことが分かったため、この捜査権を幸徳井にもらい受けた。」

 「そんなことできるの?」

 「一般には隠しているが、怨霊やあやかし、といったものの起こす事件はかなりの数、発生している。その場合、政府の依頼を受けて、我々のようなその道のスペシャリストに捜査権が移ることになっている。これは、ある一定以上の地位にある官僚・政治家には周知の事実だ。そもそもあやかしが犯人となって、今の刑法上、裁くことが出来ない以上、警察に事件を追わせるのは、時間・人・金すべてにおいて無駄だろうが。」

 「なんか、納得できるような、できないような・・・」

 「納得できなかろうが、これが現実だ。そういう事件の場合、障気溜りや犯人に近づくのは危険なため、まず一般人を隔離するための結界を張る。結界は、内と外を完全に遮断し、術者の指定した条件の者、許可した者以外は近づけないようになっている。」

 「近づいたらどうなるの。」

 「まず、普通は、近づく気もなくなる。何故か避けたい、いや避けたいと思っていることすら気づかずに、そこをさける。多少の霊力のある者は、違和感をかんじつつ避ける。それでも近づくのは、許可を受けた者か、敵だけだ。」

 「・・・僕は、そのどっちでもなかったけど・・・」

 「例外中の例外だな。おまえの場合結界の存在すら気づかずに、邪魔な結界を無意識に振り払った。」

 「・・・悪かったよ。本当に気づかなかったんだよ。」

 「まぁ、術者が鍛錬に精を出すきっかけを作ってくれた、と思っておこう。それにあれで、成人が特A級の化け物だ、と確認できたしな。」

 「特A級?」

 「有名どころでは、平清盛だな。首だけで京に戻ろうとした、という逸話は知らないか?」

 「怨霊じゃん。」

 「まぁ、最低そのレベルだということだ。」

 「・・・化け物、か・・・」

 「フン、まぁ気にするな。生まれ持ったものはおまえの責任じゃない。話を戻すと、その声に包まれた、というのは、あそこに集まった諸々が、おまえを取り込もうとしたということなんだろう。実際、すさまじい障気がおまえに吸い寄せられているように見えた。」

 「・・・それで、どうなったの?」

 「その場にいた術者総員で、とにかく浄化しまくった。成人にたかったモノ達もなんとか引きはがし、時間はかかったが、すべて切り伏せた。」

 「そんなことできるんだ・・・」

 「ああ。なんとか浄化したあと、一瞬おまえも気を取り戻したが、覚えているか?」

 「・・・ぼんやりと、倫久と桜宮さんが光ってたのを見た気がする。」

 「そうか。」

 「それで、僕は気を失ったまま?」

 「ああ、今までずっと寝ていた。」

 「そっか・・・迷惑かけたみたいだね。」

 「そんなことはいい。元々こちらのミスだ。」

 「ハハハ、で、丸山は?」

 「今は、浄化して警察に。」

 「浄化?」

 「ああ。やはり奴の強い嫉妬心が、あの場にあった有象無象を取り込んで、強烈なあやかしを生み出していたようだ。」

 「そんなことあるの?」

 「生き霊、というのを知っているか?」

 「源氏物語は読んだよ。」

 「仕組みはあれと同じだ。強い念は周囲の念をひきつけ、さらに強くなる。それは最後には産みだした本人をも取り込んで、ただのあやかしとなる。思いが恨みなら、人にむかい、人を害する。」

 「それが、犯人?」

 「ああ。丸山は3人目の被害者の後、取り込まれたのだろう。」

 「3人目?」

 「そこで丸山の目撃はなくなっているからな。それに、多少、執着の仕方が変わっているだろう?」

 そうなのかな?

 僕は首をかしげた。

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