第25話 丸山卓也
翌日。
僕は、桜宮さんの指示通り、仕事の合間に、商店街の人たちや常連さんに丸山の写真を見せて、心当たりがないかを尋ねた。
生憎、丸山を見た人はいないという。
そうして時間は過ぎて、昼の営業を終え、暖簾を仕舞っていた時。
ポケットに入れていたスマホがけたたましく鳴った。
片付けをしていた大将が、こちらを見てキョロキョロしている。
やばっ。昨日スマホを渡されたのを言うの忘れてた。お客様が忘れたと思って探しているよ。
僕は、スマホを大将に向けて振ると、電話に出た。
『もしもし、ナル君?ちょっと問題が発生してね、今から出られないかい?』
「今からですか?でも・・・」
僕が躊躇していると、大将が行ってこい!と奥から怒鳴ってきた。
「分かりました。」
『そう良かった。じゃあ、15分後、昨日降ろした所まで来てくれるかな?』
「はい。」
そう答えると、電話は切られた。
「出かけるのか。」
「うん、大丈夫?」
「店のことは気にするな。それより、それ。」
「昨日、桜宮さんに渡された。」
「そうか。あれ使ってもいいんだがな。」
大将はカウンターに置いてあるスマホを見て言った。
出前に出たときに緊急で連絡を取れるように、共用で使っているスマホだ。ほとんど僕だけど、出前に行く人が持っていることになっている。事故とかあっても困るので、GPSを追えるように設定してあるんだ。あれを持って行けば、僕の居所が分かるから、大将達を少しでも安心させられるだろうか。
「いや、いい。幸徳井に変な勘ぐりされても困るしな。まぁ、なんだ。気をつけて行ってこい。」
「うん分かった。ありがとう。」
僕は、そういうと、法被を脱いで、待ち合わせの場所に向かった。
きっかり15分後。
桜宮さんの運転する車が指定の場所にやってきた。
車に乗ると、案の定、倫久が座っている。
「問題があったって?」
「ああ。結論から言うと、丸山の死体が発見された。」
「死体?」
「ああ。状態は、今までの遺体と同じだ。」
「え?男の人だよね?」
「ああ。」
「性別、関係ないんだ?」
「詳しいことは分からん。とりあえず何か分かるかもしれないから、遺体を動かさず、現場を保存させている。」
「保存させているって、警察は。」
「警察に解決能力はない。うちの者に押さえさせている。」
「なんだよ、それ?」
「がなるな。おまえを呼んだのは、その能力で何かを発見できないか、と考えたからだ。昨日は自慢の鼻は役立たずだったからな。」
「役立たずって・・・」
確かに昨日は匂いだけではどうしようもなかった。倫久に言われてなくても、残り香でもあれば僕は気づくと思う。ただ、昨日の場所はどこも雑多なところで、残り香どころか、様々な障気が匂って、これと言って参考になるような状態じゃなかったんだ。だいたい、人の感情が凝って障気になるんだから、感情が溢れてるところは、様々な匂いでいっぱいだ。由梨恵さんから残り香がしたのは、ご遺体からうっすらと怪しい匂いがしたから気になったのであって、他の匂いだって充満していた。
「まぁ、今回は人払いしてある。その自慢の赤い目で現場と遺体を確認してもらう。」
「え?」
「なんか問題でも。」
「いや、別にいいど・・・」
あんまり嬉しくないなぁ、と思いつつも、拒否できそうにない、と、僕はため息をついた。
「ほら、ついたぞ、降りろ。」
それから間もなくして、車は一件の古いアパートの前に着いた。
2階建ての小さなアパートで、ところどころヒビやサビがひどい。
僕は車を降りて、アパートの方へと歩き出した。
と、
ドン、と何かにぶつかったような感触が一瞬したと思ったら、
パリン
とガラスが割れるような音がした。
「おい、何をやってるんだ。」
倫久が僕を叱責する声。
何って言ったって。
「ハハハ、今のは若が悪い。結界にぶつかって入れないのをからかうつもりだったんですか?」
「そんなつもりはない。気づくと思うだろう、普通。」
「だから彼は術者じゃないと言ってるじゃないですか。」
「あやかしだろう?生半可なあやかしにあれを抜けられるとは思わないだろうが。しかも抜けるどころか破壊するだと?」
「いやぁ、ナル君はすごいですねぇ。」
いや、なんだか分かってないんだけど・・・説明して欲しい・・・
そんなやりとりをしていたら、3名ほどの人がこちらにむかって走ってきた。
僕に対して。あの夜の公園の倫久みたいに、なんか手を組んでもごもご言ってる。
「やめなさい!」
ぼんやりそれを見ていた僕の前に桜宮さんは立ち、そんな走ってきた彼らに、大きな声で言った。
みんなつんのめるような感じで、慌てて止まる。
「いきなり攻撃とは、何事です。」
3人組はお互いに顔を合わせ、代表してか、真ん中の人が一歩前へ出た。
「お言葉ですが、結界が強引に破られました。結界の術者2名が負傷。警戒をすべきと、我々掃討班により迎撃を行うところでした。」
「はぁ。これは事故ですよ。」
「は?事故、とは?」
「たまたま結界に気づかずにぶつかってしまっただけです。」
「いや、しかし、そんなに簡単に壊されるものでは。」
「練度が足りないのでは?」
「いや、しかし。」
「ほぉ、否定する、と?」
「いえ、申し訳ありません。二度とこの程度で壊れぬ結界をかけ直します。」
「ええ。お願いしましたよ。」
「はっ!」
いや、桜宮さん。きっと結界はちゃんとしてたんだよね。僕が失敗して壊しちゃったのに、この人達が悪いみたいになってるけど?ねぇ、僕謝った方がいい?
僕は、ちょっと怖い感じで僕を見ている人にむかって謝罪しようと、そちらに一歩踏み出した。
すると、僕の腕をがしっと掴む人がいる。振り向くと、倫久だった。
倫久は、そのまま腕を引っ張って僕を自分の前に立たせると、僕の両肘を掴んで彼らに相対した。
「これが結界に気づかずに踏み出したら、簡単に壊れたんだ。これの所有は私なので、クレームは私に言って欲しい。まさかこんな幼体に簡単に壊されるような結界が幸徳井にある、とは思っていなかったが、私の失態は失態。許せ。」
「これは、若様。申し訳ありません。あなたのペットとは知らず、攻撃をしようとしてしまいました。許すなどとんでもない。我々の練度不足でご迷惑をおかけしました。どうか、ご容赦の程を。」
倫久は、鷹揚に頷くと、そのまま僕を押すように、アパートに向かって歩き出した。
て、なんだよ所有物とか、ペットとか!冗談じゃない。僕はおまえのもんなんかにならないぞ。
僕はむくれたまま、背中を押されて、アパートへ向かって歩いて行く。
うっ
すると・・・
突然、何かえげつない匂いに襲われた。
障気、というにはあまりにひどい匂い。
なんだこれ?
気持ち悪い・・・
その時、背中越しに僕を押すため。肘を持っていた両手が僕の目の前で激しく動き始めた。
頭上からは倫久の何かをつぶやく声。
と、急に息ができるようになった。
「大丈夫か。」
頭上から声がかけられる。目の前には印というのだろうか、忍者のように手で何かを形作っている。
「ひどいですね。」
桜宮さんが言った。
見ると、彼も倫久と同じように印を組んでいる。
「離れるな。」
倫久は前を見たまま、そう言った。
僕はうんうん、と縦に首を振る。
気づくと無意識のうちに、もう一つの視界になっていた。
桜宮さんに先導されるように、僕らは一番異常な障気があふれ出している部屋に入る。
そこは、異様な世界だった。
どろっとしたタールのような何かが部屋を天井まで埋めていた。
それは時にゆったりと、時にプルプルと、流れ、移動し、震えている。
そこにあるのは憎悪と、嫉妬?
何でおまえが! なんで?
きれいな顔。 ああ壊してやりたい。
優しい笑み、 ああ苦痛に歪め!
悔しい。 なんでおまえが。
ナル
ナル様
ナル君
寄こせ
その顔
寄こせ
その力
寄こせ
寄こせ
ナル
ナル
ナル
・
・
・
「・・・い。ナ・・・。おい・・・ナル・・・ナルヒト!」
ぺちぺちと頬が叩かれる。痛いなぁもう。
うっすらと目を開ける。
誰だよ、必死に僕の名を呼ぶのは。
「おい、ナルヒト、分かるか?ナル!」
「・・・ノ・・リ・・・ヒサ?」
「ああそうだ、分かるか?」
倫久がなんかキラキラしてる。
なんでそんなに必死で泣きそうな顔してるの?
「おい、本当に大丈夫か?ナル?」
「ハハハ、なんで倫久はそんなにキラキラなの?」
「キラキラ?ああ、術を使ったからな。まだ名残が残ってるんだろう。」
「へぇ、きれいだなぁ・・・」
「おい、正気を戻せ。ナル?」
「若、お気を確かに。」
上の方から、桜宮さんの声がするよ。
あ、桜宮さんもキラキラしてる。
部屋全体もキラキラだ。
あれ??
そうだ。真っ黒じゃなかったっけ?
真っ黒がキラキラになっちゃった。不思議だなぁ。
「おい。ナル?」
「若、大丈夫です。ナル君はたぶん混乱してるだけです。あれだけの障気を一身に受けたんです。少し安静にしましょう。」
「あ、ああ。」
どうやら僕は、寝転がってるようだ。座り込んだ倫久が僕を抱き上げてる?
やだなぁ、子供扱いしないでよ。
なんで、そんな不安そうな顔してるの?あんたはいつでも偉そうじゃないか。
ハハ、なんかおかしいや。
僕はいつでも朗らかに。さぁ笑って。笑っていたらみんな愛してくれるから。そう言ってたのはママ?それともおじいちゃん?
ああ強い子だ。ナルは強い子だ。なんたってパパとママの子だからな。強くて怖がられないようにしないとな。誰にも優しく。ナルの笑顔はみんなを幸せにするから・・・
パパ。パパ・・・会いたいなぁ。
ママ。ママ。どこにいるの。
僕は笑ったよ。
みんなに優しくしたよ。
そしたらみんな笑ってくれて。
大好きだって言ってくれて・・・
そして、
憎まれ・・・た?
あ、あ、ああああああ
あーーーーーー
そして、僕は・・・どうなったのだろう?
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