第21話 捜索3

 車に戻ると、倫久は不機嫌で、逆に桜宮さんはご機嫌だった。

 若、とか言ってて部下かもしれないけど、ちゃんと主人に意見は言うし、倫久もブーブー言いながらも、意見をちゃんと聞いているんだから、なんかいい関係なんだろうな、と思ってほほえましく感じた。

 「おい、成人。おまえ、人に言われてホイホイなんでもやるのか。少しは考えているか?」

 おっと、不機嫌はこっちに来るか?やだなぁ。

 「なんだ、その顔は?」

 「別にもともとこんな顔だよ。」

 「成人のくせに生意気だな。」

 「なんだよ成人のくせにって。大体あんたさ、僕をどうしたいの。」

 「倫久だ。」

 「はぁ?」

 「あんたじゃない、倫久だ。人の名前もまともに言えんのか。」

 「えっと。」

 「若、それじゃ分かりませんよ。ナル君。あ、私もナル君と呼ばせてもらっても?」

 「あ、別にいいけど。」

 「ありがとうございます。話を戻しますね。若はナル君に倫久と名前で呼んで欲しいんですよ。」

 「え?」

 僕は思わず倫久を見た。

 「若は意地っ張りですからね。なかなかお友達もいなくて、こうやっておしゃべりできるのは私ぐらいなんですよ。保護とかなんとか言ってますけどね、ナル君なら言い友達になれるかなぁ、なれたらいいなぁ、と思ってるひねくれもんなんですよ。」

 「おい、いい加減にしろよケンコー。」

 「はいはい。若は友達なんていらないんですものね。」

 「おまえ・・・」

 プハハハ・・・

 あっ。思わず笑ってしまって、僕は慌てて口を押さえた。

 「おい。」

 倫久は僕の髪の毛をわしづかみし、上を向かせた。キッと僕を睨み付ける。

 すると、この前と同じ背筋に冷たいものが当てられたみたいになって、僕はぶるぶる震えていた。

 「若、ナル君に殺気を向けない。さぁさ、二人ともじゃれてないで、もうすぐつきますよ。」

 倫久はチッと舌打ちし、僕を突き放した。

 ゼイゼイと、荒い息をする僕。

 冗談じゃない。じゃれてるってなんだよ。

 普通と思った桜宮さんも、やっぱりズレてるんだ。

 こんな人たちと一緒にいたら、命がいくつあっても足りない、そんな気がする。

 やっぱり逃げないと・・・

 僕は車の背もたれに自分を押しつけるようにして、息を整えた。

 そうこうしているうちに、車は魚市場に到着し、荒々しくTシャツの襟首を捕まれて、車から出された。

 僕の、逃げなきゃ、という気持ちがバレたのか、僕が体を揺すってその手を離させようとしても、倫久は襟首を持ったままで、第2の被害者の職場へと連行されたんだ。



 さすがに、事務所に着いたときには襟首から手は放されていた。

 桜宮さんがノックして、いつも会う社長さんが出てきたから、僕はむくれた顔をする訳にもいかず、いつもの笑顔で挨拶をする。

 さぁさ、どうぞどうぞ、と言いながらいつもの応接スペースへ案内された。

 前の事務員さんとは違う、もう少し年配の人がお茶を出してくれて、ああ、あの人はいなくなったんだな、と、思って悲しくなった。


 僕が、お茶を持ってきてくれた人に目線を向けているのに気づいた社長さん。

 「ああ、妻です。さくらちゃんがあんなことになって、ねぇ。仕方がないから妻に出てもらってるんだ。」

 妻、と言われた人は改めてお辞儀をして、にこっと笑うと、応接から出ていった。


 「ナル君も大変だねぇ。」

 「えっと、僕は別に。」

 「警察の人が来たよ。」

 「あ、そうですか。」

 「その、すまんねぇ。」

 「えっ、あの何が?」

 「さくらちゃん、あんたのストーキングしてたんだって?警察から聞いたときはビックリしたよ。携帯にナル君の写真がいっぱい隠し撮りされてたんだってね。本当にすまん。」

 「ちょっと、社長さん、やめてくださいよ。社長さんはそんな隠し撮りと関係ないじゃないですか。」

 「しかし、うちの事務員だったしね。彼女がナル君のこと好きなのは知っていたんだが。言っても年が違うだろ?かわいい坊やだと思ってるだけだと思ってたからなぁ。」

 「確か、32歳、でしたか。」

 「あ、あんたは?」

 「失礼しました、こういうものです。」

 桜宮さんが名刺を渡す。

 「弁護士さん。」

 「はい。私はここにいる幸徳井倫久様の家に雇われている顧問弁護士です。ご子息の友人がいろいろと警察に聴取されていると知って、大切な友人の力になるように依頼を受けました。」

 「依頼、と言っても、ナル君は犯人とかじゃないんだろう?」

 「もちろんです。ただ被害者がおたくの事務員さんのように、成人様に、その執着されていた方ばかり、ということで、警察からいろいろと聴取されてしまって。それを心配した倫久様は、とにかく成人様の力になれ、と。」

 「まぁ、ナル君はこんだけべっぴんだしなぁ。そりゃあ町を歩けばダースでストーカーを増産するなぁ、と知り合いでも冗談を飛ばしていたが。だけど、ホント、良い子なんだよ。まじめだしな。今時こんなに一生懸命働く子なんていないぞ。誰にも優しいし、人の話を聞くし。」

 「ちょっと、社長さん、やめてください。」

 僕は真っ赤になって、言った。

 「ほら、こんな風に恥ずかしがり屋で謙虚だしなぁ。こんな良い子に悪さする奴は魚市場中を敵に回す、ってもんだ。あんちゃん、ナル君のこと、ほんと、助けてやってください。」

 社長が、桜宮さんに頭を下げる。

 いや、なんで社長さんが頭を下げるの?やめてくださいよ。

 僕は慌てて腰をあげた。


 「愛されてますね。」

 そんな様子を見て、桜宮さんが笑った。

 「ところで、そのさくらさんが亡くなった日ですが、何か変わったこと、または人物は見かけませんでしたか?」

 「ああ、そのことなんだがね、警察が来たときは、ナル君は関係ないと思ってたから、言ってないんだが・・・」

 「成人様、ですか。」

 「ああ、私はみてないんだけどね、あの日、ナル君を気持ち悪い目でじっと見ている男がいたって言うんだ。」

 「男?」

 「ああ、ナル君はこんなんだから、男も女も振り返って見てるのも多いんだけどね。魚市場じゃ、ナル君も有名人で、みんな知ってるから普通に声をかけるけど、観光客やたまたま訪れたナル君を知らない人が、よくぼけーっと見ほれてる姿も、名物でね。何人が今日はナル君にやられるか、て、かけをする奴までいる始末で。まあ、酒や飯をおごるっていうかわいいもんだけどね。だからナル君を見てる、ていうのはそんなに珍しくないんだが、なんかその男は異常だったみたいで、一時話題になってたんだ。」

 「話題、ですか。」

 「ああ。一応ナル君に知らせた方が良いんじゃないかってね。」

 「それは、もしかしたら、この人、ですか。」

 桜宮さんはメイド喫茶でもらった写真を見せた。

 「さぁ、どうだろう。太った、リュックを背負ったチェックのシャツの男、って言ってたが。そうだ市場の方に言ってみな。何人か目撃者もいるし、教えてくれるだろう。」

 そう言われて、僕たちはその会社を辞し、魚市場の要と言われる、競り場の方へと移動した。



 競り場と、その近辺は、水産系の卸や小売りの店が軒を連ねている。

 僕たちがその中へと入って行くと、わらわらと、見知った顔が近寄ってきた。


 「ちょっと、ナル君大丈夫かい?」

 真っ先に、知り合いの魚屋の奥さんが声をかけてきた。

 「あ、はい?」

 「ちょっと、そこのロン毛の兄ちゃん。あんた、うちらのアイドルに何してんだよ。」

 奥さんは、そのまま倫久を睨みながら言った。

 「何とは?」

 「おや、あんたもいい男だね、って違う。なんでナル君の襟首掴んで、小突き回してたのさ。」

 そうだそうだ、という形で集まった人たちが圧をかけてくる。

 「あの、お騒がせして済みません。私、こういう者でして。」

 桜宮さんが、倫久と奥さんの間にグイッと体を入れて、名刺を差し出す。

 「弁護士さん?」

 「はい、私は彼の家の顧問弁護士です。彼は成人様と友人で、今騒がれている吸血鬼連続殺人事件の被害者が、成人様の写真を持っていたことから、何度か警察の聴取を受けたのを気にかけて、私に成人様を助けるようにと、申しつけたんです。先ほどは、こちらの被害者様のことで話を聞く予定になっていたところ、成人様が躊躇しまして、まぁ、強引にといいますか、彼を引っ張っていったというところをごらんになられたのかと思います。彼に悪気があったわけではございません。どうかそこのところをご理解戴ければ、と。」

 「なんだい、あんた、ナル君の友達かい。弁護士まで雇ってくれるなんて、ありがとね。いやぁ、誤解してたよ。悪かったね。ナル君はこう見えてすぐ遠慮しちまう、引っ込み思案のところがあるから、あんたみたいに強引な友達がいると知って嬉しいよ。なみんな。」

 おうよ。とか、そうだそうだ、となんだか、倫久をもみくちゃにしだした。なんだかんだで、威勢の良い市場の人たち。口は悪くてもやさしい人ばっかりで、なんか涙が出そうだ。


 倫久はもみくちゃにされていて、反撃も出来ず、ただされるがままになっている。どさくさに紛れて、いい男だね、とか、旦那と別れて結婚するかい、とか、訳の分からない状態になっているけど、桜宮さんは助けもせずに、ニコニコとそんな様子を見守っていた。

 僕が、桜宮さんを見ているのに気づくと、彼はウィンクした。

 「あんな風に扱われるなんて、若にとっては初めての経験なんですよ。まったくナル君には感謝です。おかげで人への理解が深まってくれそうで、何よりですね。」

 「あの、放っておいても、いいの?」

 「まぁ、もうちょっと見ていたいところではありますが、これ以上は若が持ちませんかね。」

 クスリ、と楽しそうに桜宮さんは笑った。

 「ああ、みなさん、お取り込み中の所失礼します。少し伺っても良いでしょうか。」

 「おお、なんだ弁護士さん。」

 「こちらの被害者が亡くなった日なんですが、不審な人物をご覧になった方がいるとか。そのこちらの成人様を、見ていた方、と聞いたのですが。」

 「あぁ、そのことか。見たぜ。」

 何人かが、見たと言った。

 「その不審者ですが、どういった感じだったんでしょうか。」

 「どうってなぁ。市場に入ってきたナル坊の後をつけてたみたいだった。」

 「ナル君が仲買に行ってる間、そこの所で事務所を睨み付けたり、なんか爪を噛みながら貧乏揺すりしてたわ。」

 「ナル君が出てきた後、いつもどおりさくらちゃんが、駐車場までこっそりお見送りをしていたんだが、その後ろから、その男もナル君をつけていたな。」

 「いつもどおりこっそりお見送り、とは?」

 「さくらちゃんが、ナル君を好きなのは有名だったからな。どうこうしたいって訳じゃなくて、ただ愛でる、と言ってたよ。たまーに写真撮って、その辺のばばあに配ってた。」

 「ああ、うちの母ちゃんも、ナル君のファンだって、写真もらってたからなぁ。ここらの母ちゃん連中、大概持ってるんじゃないか。」

 「男も持ってる奴いるよ。」

 「まあ、ナル君なら仕方ないか。ワハハハハ」

 いや、仕方なくないんだけど・・・

 倫久が僕を睨んでいるのは、見なかったことにしよう・・・


 「では、事件当日、成人様をさくら様がつけており、その後ろからその男がさらにつけていた、ということでいいんですね。」

 「ああ、男はナル君をつけていたのを見てたから、さくらさんの後をつけてる発想はなかったけど、そういやそうなるな。」

 「ありがとうございます。ところで、その男ですが、顔は分かりますか。」

 「ああ、俺、写真撮ったぜ。後でナル坊に見せようと思って取ってたんだ。写メしてやろうか。」

 「お願いします。」

 そうやって桜宮さんに送られた写真は、メイド喫茶でもらった写真と同じ男だった。

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