第18話 進路

 その夜。

 僕は、大将に呼ばれた。


 僕は、畳敷きの居間に正座して、大将と女将さんに相対している。

 大将はあぐらをかき、腕を組み、目を瞑っていた。

 女将さんは、心配そうな、居間にも泣きそうな顔をして大将の横で正座していた。


 ああ、と、僕は思う。

 こういう雰囲気は初めてじゃないから。

 僕はちゃんと笑えるだろうか。二人が安心して送り出してくれるように。


 しばらくして、ゆっくりと大将が目を開く。


 「ナル、いや成人様。」

 「ナルで・・・」

 「黙って話を聞け。いや、聞いてください。」

 「・・・」

 僕は、唇をかみしめて、だけどそんな表情は見せてはいけない、そう思って、微笑んだ。二人が、ハッとしたような様子をする。ああ、まただ・・・

 「おまえさん、大前成人になる気はないか。」

 「え?」

 「俺たちの養子にならねえか、と聞いている。」

 今までも、そういう話がないわけではなかった。でも・・・

 「おまえさんがその気なら、3年ごとに引っ越しするのも厭わねぇ。」

 そうなんだ。僕と一緒なら、一所に留まれない。

 僕は、ゆっくりと首を振った。

 「!そうか・・・もしおまえが俺たちに気を遣っているってんなら、逆だぞ。俺たちがどのくらい生きられるかわかんねえが、おまえさんにとっちゃ、ほんのひとときだろう。そのほんのひとときを俺たちにくれて欲しい、そういう話だ。」

 本当に優しい人だ。僕の周りにはそんな人がたくさんいる。ありがたいことだ。でも、これを受けちゃいけない。一時の感情で流されちゃいけない。僕は、太平洋戦争当時、同じように受け入れてくれた、ある父様を思い出した。

 僕の表情を見て、そうか、と、大将は深いため息をついた。


 「わかった。養子はあきらめよう。ただし、こちらから会いに行くのは、いいんだな。おまえさんが、このままの生活を送っていく、というのなら、だが。」

 「?」

 「その首輪、と、幸徳井の若様のことだ。」

 大将はチョーカーを差して言った。

 なんのことだろうか?

 「分からずにつけているのか?」

 ・・・

 「はぁー。幸徳井の次代はやり手とは聞いていたが、気に入らねえな。おまえさん、幸徳井がなんなのか分かってるのか?」

 ?

 「まじか・・・おまえさんを危険から遠ざけようとして、無垢にしすぎたか・・・なあ、ナルよ、おまえさんが日本に来て100年ちょっと、てところだな。」

 「うん。大正2年だったから。」

 「幸徳井はたどれば10世紀までさかのぼれる家系だ。安倍晴明、というのは知ってるか。」

 「陰陽師の?漫画とか映画で見たけど・・・」

 「安倍晴明は実在した、まあ官僚だ。」

 官僚・・・公務員。伝説の人物も大将にかかれば形無しだな。

 「幸徳井家というのは、その晴明の流れを汲む家だ。」

 晴明?この現代にそんなこと言われても、ね。漫画じゃあるまいし。

 「10世紀からこっち、表に裏に、日本を牛耳ってきた一族のひとつ、と言って良い。政財界に顔が利き、何より日本のあやかしを人知れず屠ってきた一派のひとつでもある。」

 「あやかし・・・なんか実感はないけど、そんなのいるの?」

 「ハハハ、実感も何もおまえさんは立派なそのあやかしじゃねえか。奴らは人じゃない精霊界を行き来するもんをあやかしって言っている。」

 「精霊界?」

 「魂やなんかの住む世界、らしいが、俺は見えねえし分からねえ。おまえさんなら見えるんじゃねえのか。この物質界に重なって存在する世界、らしいが。」

 ああ、もう一つの視界で見える世界のことか。でも・・・

 「そんな屠る、とか、物騒な対象とは思えないけど・・・」

 「何が何でも全部やっつける、というわけじゃないみたいだけどな。それなりの数、人を襲ったり危害を加えたりするようなんがいるらしい。」

 僕は首を傾げた。

 「ああ、おまえさんはほとんどそんな物騒なのとは会ってないんじゃないか。そのための俺たちだ。ああいうのは、土地、地場とかいうのか、そういうのに影響されて悪さする個体ができるらしいから、その逆の土地もあるんだ。おまえさんを、選んでそういうのが現れにくい土地に招いてきたからな。」

 「・・・初めて聞いた。」

 「おまえさんの父親に救われて400年弱。いつかおまえさんを迎えると知ってから300年近く。そんだけあれば、20や30の土地は用意できるってもんよ。」

 僕は何も知らず、ずっと多くの人に守られてきている。彼らにとっては全くの知らない先祖の恩なんて絆だけのおかげで・・・

 「おいおい、何落ち込んでいるんだ。まさか自分に関係ない先祖への恩だけで、とか思ってないだろうな。一応言っとくが俺たちは選ばれた人間だ。おまえさんと生活出来るかもしれない、ということが楽しみで楽しみで仕方がない人間だ、と、お墨付きをもらった人間以外、おまえさんの秘密を聞くことすらできねえんだからな。その中でも実際おまえさんを迎えられる人間なんてほんの一握りだ。俺たちは選民中の選民だ。来てくれたことに感謝しこそすれ、危険だなんだでためらうことなんてありはしない。」

 ・・・

 僕はなんと言えばいいかわからない。

 「ただな、今回はちいとばかり難しい。」

 僕は、顔をあげた。

 「俺たちは、言っても400年程度の組織だ。協力者も3桁止まり。特別な力を持つ者なんて10人もいるかいないか。」

 知っている。普通の人たちの集団だ。ただ、両親に頼まれて僕の世話をしてくれようとするだけの集団なんだから。

 「まぁおかげで、我々の情報は少ない。今頃大慌てで幸徳井あげて情報収集をしているかもな。ハハハ。」

 大将は、さもゆかいだ、と笑った。

 「が、どっちにしろおまえさんは幸徳井に目をつけられた。その首輪の六芒星、それは安倍晴明の家紋にして術の媒体だ。ちまたに溢れている六芒星と違い、それは。裏の世界の奴には幸徳井の所有だと、看板しょって歩いてるように見える。」

 「裏の世界?」

 「ああ、何も幸徳井だけが、あやかしと相対しているわけじゃない。同じような団体が大小利権を争いながら存在している。まぁその小の最たるものが俺たちで、大の最たるものが幸徳井、というわけだ。」

 ・・・

 「幸徳井、と一口に言っても分家本家いろいろあるが、その本家も本家、次期党首と目されているのが、おまえさんのお友達だ。」

 「幸徳井倫久。」

 「そうだ。奴はおまえを保護したい、と言ってきた。ただある意味そう言ってきたのは誠実だとも言える。おまえさんのその首輪。それは幸徳井が高らかに所有を宣言してるようなもんだ。そして、幸徳井がそうする以上、俺たちはいくら保護者を名乗ったところで、駆逐されてしまいだ。」

 「そんな・・・」

 「ああ、それを外すなよ。この吸血鬼連続殺人事件、あやかしが絡んでいるんだろう。そんな情報は、もう裏の世界には筒抜けだろう。わんさか術者がこの町にやってくる。いやもう来てるかもしれない。術者が見れば、少なくともおまえさんが人間じゃないことぐらいすぐに分かるらしいからな。それをつけてれば、陰陽師、それも幸徳井のものだと思って何もしてこないだろうが・・・」

 「そうじゃなければ、保護・捕獲・処分・・・」

 「次代に聞いたか。」

 「うん。」

 「こうなった以上、俺たちでおまえさんを守るのは難しい。次の行き先候補はあったが、日本国内では幸徳井の目を欺けない。おまえさんの取るべきは、国外へと逃げるか、幸徳井に保護されるか。こういうときのために国外へのルートも用意はしている。もしおまえさんが養子を受け入れてくれるなら、俺たち夫婦が、このルートを案内できる。」

 そんな・・・大将夫婦をそんな危ない世界に連れて行けない。

 「すぐに結論を出せ、とは言わない。次代も、この件が片付くまで、おまえさんをどうこうする気はない、と言ってたしな。しかも、奴はおまえさんを幸徳井、ではなく、幸徳井倫久の保護下に置きたい、と言っていた。それを認めるなら、今までの保護者も自分の下に置いて良い、ともな。」

 「どういうこと。」

 「さあ、な。良いように考えれば、奴がおまえさんの状況が分かるようにするなら、今まで通り俺たちに預けてくれる、かもしれん。」

 ・・・

 あの悪魔のような奴を信じられる、のか?

 「まぁ、明日一日、奴と過ごしてどうするか考えろ。すくなくとも奴はおまえさんのことを気に入っているようだしな。」

 僕は、頷いて、退席した。

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