第17話 聞き取り

 あのおっかない幸徳井倫久とのやりとりがあった2日後。

 保護だなんだ言ってたけど、このチョーカーをつけていれば、今まで通りに過ごして良いとのことで、僕は変わらず寿司政で寝泊まりし、楽しく働いていた。

 そして、その日、中休憩を終えた僕は、いつもの通り仕込みの手伝いをしようと、階下に降りていった。


 うっ。

 僕は思わず顔をしかめた。

 店には、優雅にお茶を飲む、奴がいた。


 「おおナル坊。おまえさんやっと男友達が出来たんだってな。」

 いつも通りたむろしている商店街のおじさんが、そんな風に声をかけてくる。

 そりゃ、声をかけてくれる人は女の人が多くて、同年代でお話をするのは女の子ばかりだけど・・・て、男友達?

 「おお、ナル。倫久君とおしゃべりするならこっちはいいぞ。」

 カウンターから、大将も声をかけてきた。


 倫久君?て、いつの間に、手なずけた?思わず、目をしかめて本人を見る。

 奴は初めて見るようなさわやかな笑顔を浮かべ、トントンと自分の前の席を指で叩いた。座れ、ということか?

 にこやかだけど、笑顔が怖いよ。

 僕は、ため息をついて、指定された椅子に座った。


 「今日だけど、弁護士を連れてきている。」

 僕に簡単な挨拶をすると、いきなりそんな風に切り出した。

 はぁ?弁護士?なんで?僕は目線で聞いた。

 「例の殺人事件で新たな共通項に君が出てきたようだ。」

 「え?僕?」

 「何か心当たりは?」

 いや、共通項と言ったって・・・

 僕が首を傾げていると、奴はポケットから3枚の写真をとりだした。

 いずれも若い女性が写っている顔のアップ写真だ。

 「4人目と5人目の被害者が君と知り合いなのは分かっている。問題は他の3人だ。誰か、分かるか?」

 僕は改めて写真を見る。

 うーん、写真だとあんまり分からないよねぇ。よく来るお客さん、というわけでもなさそうだし・・・

 あ!

 僕は真ん中の写真を指さした。

 「この人、ひょっとして仲卸の事務員さん?」

 魚の仕入れは大将の仕事だけど、荷物持ちに僕もちょこちょこついて行く。魚市場には直接競りで仕入れるほかに、仲卸さんにお願いして仕入れてもらう場合もあって、いつもと服装が違ってたからすぐには分からなかったけど、何度かお茶を出してくれたり精算をしてくれたりする仲卸の事務員さんに似ている気がする。

 「確かに、そんな仕事をしているようだな。接点は仕事だけか?」

 「そうだけど・・・」

 「そうか。他は分からないか?」

 「うーん、何やってる人?」

 「これは、女子大生だ。アルバイトでメイド喫茶店員をやっている。こっちは主婦だな。」

 「メイド喫茶?そういえば商店街の青年部でこの前行ったけど・・・」

 「どこのメイド喫茶だ?」

 「どこだっけ?でんでんビレッジ内のどこかだけど、店の名前は覚えてないな。商店街の電気屋さんが仕切ってたと思うから、聞けば分かるかも、だけど。」

 「分かった。」


 そんな話をしていると、ガラガラ・・・と玄関が開いた。

 なんだか背の高い、まっ黒のスーツを来た人が入ってきた。

 「あ、すみません。開店は5時なんです。」

 僕は、飛び込みの客だと思って、そんな風に声をかけたら、

 「言ってた弁護士だ。」

 と、腕を引かれた。

 え?弁護士?そういえば連れてきた、と、言ってたけど。

 「お騒がせしてすみません。成人様にお話を聞きたいという捜査官が参ってますが、いかがなさいますか。」

 「お通ししろ。」

 いや、なんであんたが返事するんですかねぇ。

 弁護士さん、なんか丁寧に彼にお辞儀すると、後ろの人を招き入れたよ。


 「お久しぶりです。覚えていますか。」

 弁護士さんに連れられて男女の見覚えある刑事さんが入ってきた。

 「あ、はい。吉田刑事さんと地井刑事さん、でしたよね。」

 「よく覚えてくださいました。早速ですが、お話を改めてお聞きしたくて参りました。よろしいですか。」

 「は・・・」

 はい、と返事しようとした僕の腕を引っ張って、自分の隣の椅子に尻餅をつかせた幸徳井倫久は、にこっと笑ってこう言った。

 「弁護士を同席させます、よろしいですね。」

 僕に見せない、外面の営業スマイルだ。刑事さん達、ぽかんと口を開けてるよ。顔だけはいいこいつに、だまされないで!刑事さん。僕がそんな風に思っていたら、心が読めるのか、足を蹴られた。


 「あ、あ、・・・えっと君は?」

 「申し遅れました。私は成人の親戚のものでして、幸徳井倫久と申します。」

 優雅に会釈をする倫久。って、誰が親戚?

 「親戚、ですか?」

 「何か?」

 「いや天涯孤独、というようなことを聞いてましたから、そのね・・・それにしても見事なもんですな・・・いや、失礼。お二人ともあまりにきれいなもので緊張してしまいましたよ、ハッハッハッハッ・・・」

 「褒め言葉、として受け取っておきます。場合によってはセクハラになりますが。」

 「ハハハ、これは失敬、ハハハ・・・」

 「それで弁護士の同席ですが。」

 「こちらは構いません。」

 「では、そこの桜宮を同席させていただきます。我が幸徳井家の顧問弁護士をしております。」

 そこで、弁護士さん、前へ出て、きれいな姿勢で名刺を渡す。刑事さん達も慌てて自分の名刺を出した。


 「幸徳井、と仰いましたか。ひょっとしてご出身は・・・」

 「京都です。」

 「まさか、あなたは幸徳井豊明かでいほうめい様の・・・」

 「豊明は私の祖父です。」

 「ああ・・・」

 誰、それ?エライ人、なんだろうか。刑事さん達、なんか顔を見合わせているよ。

 「あ、すみません。成人君にはこれを見てもらいたかったんですが。」

 しかしさすがはプロ。意を決したように気合いをいれた吉田刑事さんは、胸ポケットから5枚の写真を取りだした。


 あれ?これさっき倫久の出した写真とまったく同じだ。いったいどうやって手に入れたのか。僕はチラリと倫久を見た。

 僕の視線を受け、にこりと笑った彼は、5枚の写真を2枚と3枚に分けた。

 「こちらの2枚は面識のないかた、こちらは知っている方、のはずです。」

 確かに、さっき出た3枚のうち、事務員さんの分を見せてもらってなかった2枚と合わせていて、知っているのと知っていないののグループに分けている。さっきなかった2枚の写真は由梨恵さんと未来ちゃんの分だった。

 「うん、そうです。こっちは知ってます。」

 僕は、素直にそう言った。

 「誰か伺っても?」

 「ええと、寺田由梨恵さんと、小林未来ちゃん。二人はお得意さんです。そしてこの人は名前は分からないけど、商売先の事務員さんです。」

 僕はそれぞれの写真を指さしながら、言った。

 「商売先?」

 「魚市場の仲卸さんです。」

 「どういった間柄で?」

 「どうって・・・仕事だけですけど?」

 「プライベートで出かけたり、とかは?」

 「いや、ないですよ。名前も知らないし・・・」

 「そうですか。こちらの二人は、分からないですか?」

 「うーん・・・」

 「ではこれをご覧ください。」

 刑事さんは3枚の写真を出した。

 あれ?僕?

 1枚は覚えてる。商店街のイベントだ。あのとき、頼まれて何人かのメイドさんと写真を撮ったから、その一つだと思う。あんまり写真は好きじゃないけど、メイドさんと撮るのは作法だ、と言われたから仕方なく撮ったんだった。

 他のは?何これ?いつ撮ったんだろう?一つは魚市場の外で、一つは、ああ、お寺の前かな?

 「お心当たりは?」

 「メイド喫茶のは覚えてます。商店会のイベントですね。何人かのメイドさんと撮りましたからそのうちの1つかと。後は、その・・・撮った覚えはないんですけど・・・」

 「たぶん隠し撮りですね。どの辺りで撮られたか、分かりますか。」

 「背景から、こっちは魚市場を出たところ、だと思います。これはお寺の前ですね。」

 「寺?」

 「正雲寺です。ちょくちょく法事の仕出しを届けさせてもらってます。」

 「うーん、なるほど。分かりました。本日の所はこれで。またご協力いただくことがありますが、そのときは・・・」

 「そのときは、私に申しつけください。」

 今まで影みたいに立っていた弁護士さんが、刑事さんの言葉に被せて、言った。

 びっくりするなぁ、もう。

 「わかりました。またお願いするときは桜宮弁護士に連絡します。」

 そう言うと、刑事さん達は慌てて帰って行った。



 刑事さんが帰っていくと、弁護士さんもお辞儀をして、出ていった。すると、

 はぁーーー

 と、横でわざとらしくため息をつく。なんだよ、もう。

 僕は、立ちあがって出ていこうとしたけど、腕を引っ張られて、また座らされた。

 「おまえは、馬鹿か?」

 「はぁ?」

 「なんで、節操なしに隠し撮りなんかされているのか・・・はぁーーー。」

 「節操なし、ってなんだよ!」

 「事実だろうが。まったく面倒な。」

 「な、なんだよ。」

 まったく何が言いたいのかわからない。

 僕がむくれていると、奴は急に立ちあがり、座っている僕をまたいで、カウンターにむかった。


 様子を見ていると、奴は大将にこそこそ、何かを話している。

 なんだよ、大将、何をそんな奴と楽しそうに話しているんだか。

 なんか気持ちがもやっとしてるのは、なんなのか。


 「おい、ナル。おまえ明日は休みだ!」


 二人でこそこそ話すのをやめたとたん、大将がこっちにむかって声を張り上げた。

 「まったくしょうもない遠慮なんてするんじゃねぇよ。せっかく出来た大事な友達だろうが。明日は一日倫久君と遊んでこい。」

 はぁ?どういうこと。

 「ありがとうございます。成人君、一日お借りします。」

 などと、さわやかに言ってるんじゃない!


 奴は僕のそんな気持ちを知ってか知らずか、僕の横を通りながら「明朝7時、駅で待て。」と耳打ちし、去って行った。


 「さあ、店を開けるぞ。ナル、その辺、さっさと片付けろ。」

 もやもやした気持ちを抱えながら、大将に言われたとおり、開店準備を始めた僕だった。

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