第15話 公園(再び)
僕は、幸徳井、と名乗る、その少年と連れだって、昨夜訪れた公園に来ていた。
彼は、ワイドショーを賑わす吸血鬼連続殺人事件の被害者の妹の同級生、という、まったく関係のない人物で、だけど、普通に『人物』、と称して良いかどうか、僕は迷っている。
そう、彼に僕は昨夜まさにここで、見えない刃で攻撃された。
僕は、吸血鬼連続殺人事件の直近2件の被害者と面識があった。あんまり変なことに首を突っ込みたくはないけど、僕のことを「霊感少年」と思っている、知り合いの少女達に頼まれたこととか、やっぱり知っている人を殺した犯人が許せない、とか、そんな思いもあって、どんなやつがこんなひどいことをやったのか知りたい、と思ったんだ。
なんで、深夜にこっそりとここに来たのか。
それは、この事件のヒントが「普通」の捜査じゃ見つけられないかも、と、思ったから。ていうのは、被害者の一人のお葬式を手伝ったけど、そのときご遺体から普通じゃない「残り香」がしたんだ。大きな魔素にさらされた残り香が・・・
魔素。いろんな言い方があると思う。あるおじさんは呪素と言っていたし。
呼び方はどうでも、これは、僕のもう一つの視界に映るモノの素で、これを操作して濃度を変えることで物質に影響を及ぼすことが出来る。そんな高濃度の魔素を浴びれば、自然消滅するまで物体に影響を及ぼすから、僕には「匂い」として感じられる。
由梨恵さんが殺されてから1週間以上たっていたけど、この匂いが微かに残っていたんだ。
こんなこともあり、僕は、この事件、魔物と呼ばれる人外のモノか、呪術や魔術を使う人間の仕業だ、と確信した。だから最近事件が起こったその場所までいけば、きっとその匂いは強烈に残っているだろうし、もう一つの視界に何らかのヒントが見えるかも知れない、そう思って来た公園で、僕はこの少年と再会した、というのが昨夜の流れ、だったんだけど・・・
僕は、危険な雰囲気の、昨日僕を殺そうとした少年と二人っきり、再びこの公園に来た。
『昨日の公園を二人で再調査しないか?それともここでおまえがなんなのか調査してもいいんだけど?』
彼が、そう僕の耳元でささやいたから・・・
「昨日、君はここで何を見た?」
現場まで無言だった彼は、到着するなりそう言った。
思わず「えっ?」と聞き返す。
「昨日、君はあやかしの視界でここを見ていただろう?」
まるで、当然の事実のように、彼はそう言った?
「あやかしの、視界?」
「隠さなくても、あの赤い瞳はあやかしの目だ。つまらん小細工で時間を潰す気はない。おまえは何を見た?」
「赤い瞳?」
「ひょっとして気づいてないか?」
僕は、視界を替えると赤い瞳になるのか?そんなの自分では見えないし、知らないよ。
「まぁ、そんなことはいい。で、何を見た。いや、見なかった?」
・・・・『見なかった?』だって?・・・そうだ、昨日の違和感。それだ・・・
「何も、見なかった。そうだ、普通なら溢れている存在感あるものたちが、何もいなかったんだ。薄いうたかたのような霊だけがうっすらと浮いていた。」
「強いモノは、すべて消されていた、と?」
僕は頷いた。
「やっぱりな。私の見立てと同じ、か。では今はどうだ?」
「え?」
「視界を替えて見てみろ。」
少年は腕を組んで、顎で指図する。
なんで、そんなことしなくちゃいけないんだ。しかも、僕の目の色変わるんだろ?本当なら、僕が普通じゃないって証明することになるじゃん。冗談じゃない。僕はムカッとして相手を睨んだ。
「聞こえないのか?」
彼は、僕の髪を無造作に掴むと、ぐいっと後ろに引っ張って上を向かせた。僕の顔の前に、そのきれいな顔をグイッと近づけて、眉間に皺を寄せる。
ヒィッ
僕の口から情けない声が漏れた。
背中にでっかい氷を押しつけられたような恐怖が走る。
ナンダこいつは。
まともじゃない。
サカラエナイ・・・
じっと目を合わせ続けられて、外すこともできず、僕は震えるように首を縦に振った。
奴は、ハァーッとあきれたようなため息をつき、僕の髪から手を離す。そしてそのまま流れるように僕の頭をはたきやがった。悔しいけど僕はたたらを踏み、思わず奴を睨む。
奴は、目に力を入れた。再び背中に冷水を流された気になり、慌てて目を離す。僕はチッと舌打ちして、視界を切り替えた。
僕の視界には、うっすらとした光が踊るのが見えた。
昨夜とは、そう変わらない。
多少、濃くなったモノがちらほら、か。
奴に促されて、そのようなことを告げる。
奴は、フムと言いながら手を「考える人」のように顎に当てて目を瞑った。
「そうか。同じ、ということだな。」
一人なっとくしてるけど、なんかむかつく。
「ナルヒト、と言ったな。おまえ、この件に関わる気はあるか?」
「え?」
「おまえみたいなのを放置するわけにはいかない。だが、もし、この件で私を手伝う、というなら、この私が保護してもいい。」
「どういう・・・?」
「おまえ、あやかしの類いだろ?」
・・・・・
「隠さなくても分かる。おまえの気は、人間のものじゃない。」
「気?」
「それも分からないか。よく今まで無事に生きてきたな。」
「・・・何のこと?」
「フン。浅はかな答えはいらん。この私がおまえを認知した以上、放置はできない。保護か捕獲、処分あるのみだ。」
・・・・
本当にいったいなんなの?
でも・・・・逃げなきゃ。
僕は数歩後ろに下がると、クルッと回れ右して走り出した。
走る、走る、走る・・・
僕は、早い。
風だってかなわない。
誰よりも早く、早く。
今まで走ったよりも一番早く。必死に足を動かして。
ハァ、ハア、ハァ・・・
僕は膝に手を置き、喘ぐように息をした。
こんなに走ったのはいつ以来だろう。
それにしてもなんだったんだあいつ。
あーあ、もうこの町にはいられないな。
あんな奴のいるところに戻ることはできないよ。
それにしても、ここはどこだろう。
僕の全速力でこれだけ走ったんだ。
まったく知らない町の、まったく知らない河原。
ああ、もう!
僕はイライラと、髪を乱暴にかき乱した。
ヒラリ・・・
何だこれ?
髪から何かがこぼれ落ちる。
天パーの僕の髪の毛。いろんなものがよく引っかかるんだよな。
僕は、クスッと笑って、落ちたものを掴んだ。
なんだ、紙か。
人形の形に見える白い紙。
僕はそれを無造作に捨てて、そのまま、河原に大の字に寝転がった。
そしてそのまま小一時間たっただろうか。
太陽はゆっくりと沈みかけている。
あーあ、そろそろ店の開ける時間かなぁ。大将、怒ってるかなぁ。
僕は目を瞑ったまま、そんな風に考え、ちょっと切なくなる。
その時、うっすらとしていた太陽が急に陰ったように感じた。
あれ?太陽沈んだ?僕は寝ちゃってた?
そう思い、ゆっくりと目を開ける。
! ! !
僕の心臓がぴくん、と跳ね上がった。
太陽が沈んだんじゃなかった。
「どうして・・・」
僕はかすれた声で、僕から太陽を遮るその人物を見上げてそう言った。
「そろそろ、答えは決まったかい?」
それは、悪魔。
美しい死に神。
麻痺した頭で、僕はそんな風に思う。
巻いたはずだろう?
僕の足についてこれるはずが無いじゃないか。
「ん?どうして居場所が分かったか、かな?これ」
黒い悪魔は、うち捨てた小さな白い紙を拾いながら言った。
僕の髪にまとわりついてた人形みたいな小さな紙切れ。
「これは式神。気づかなかった?」
・・・・
知らないよ。なんだよ、それ。
「で、どうする?」
「何が・・・」
「言っただろ?保護か捕獲か処分、どれがいい?」
逃げられない、のか?
だったら、一択、じゃないか。
「・・・保護・・・」
「そうか。なら、私を手伝え。それと、店はいいのか?」
「え?」
「おまえ、従業員だろ、あの寿司屋の。」
「そうだけど・・・」
「だったらずる休みは、保護者としては認められんが。」
「ずる休みって・・・」
「ほら、さっさと立て。」
奴は、コンと、僕の足を軽く蹴った。
僕は、渋々立ちあがる。
僕が立つと、これを、と言いながら、チョーカーを渡して来た。
茶色い革紐に六芒星がついたチョーカーだ。
「何これ。」
「これをつけていれば、見る者が見ればおまえがはぐれのあやかしじゃないと分かる。外すんじゃないぞ。外したらいつ狩られても文句は言えない。」
ほれ、と、突きつけられると、僕は渋々それを首につけた。
なんだか犬になったみたいで、イヤだな。
「行くぞ。」
僕は運転手つきの車で、寿司政に運ばれた。
寿司政はもう営業時間だったけど、奴がなぜか大将に連れ回して遅くなりました、と、謝り、特上の寿司をお持ち帰りして、帰って行った。
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