第14話 紹介
放課後。
この時間なら、寿司政は、ちょうど中休憩の時間。
そう思って、学校が終了するとすぐに、私たち3人と幸徳井君は、連れだって下校した。
そりゃあもう、注目を浴びたよ。
昼休み、彼が私たちのところに現れてから、みんな興味津々。
今まで、誰一人として会話した経験がなく、実は実在しない説まで流れていた噂の吸血鬼王子。それが、なぜか、普通の女子3人組のところへ話をしに現れた。座って何か意味深に話し込み、どうやら放課後デートするらしい、という、嘘までも乗っかって、絶賛拡散中。
休み時間には消えちゃう幸徳井君だから、写真を撮るのも難しい、と嘆いていた自称『我が校のインフルエンサー』たちが、どうやら、私たちと会話して顔面を動かした様子を隠し撮りし、校内SNSにたくさん載っけているようで・・・
さらに、寿司政行きは、聞き耳を立てていた人たちから漏れたらしく、道中にも我が校の制服を着た人たちがぽつぽつスマホを構えていたり・・・
個人的にも、私たちに、何を話した、とか、どうやって親しくなった、とか、直接聞きに来る子達もいて、まぁ、午後の学校は大変な目に遭ったんだけど・・・
これだけ目立つ人なら、人の目はとっくに気にならなくなってるのかしら、なんて思いながら、私は隣を歩く幸徳井君をちらちら見つつ、学校の人たちだけでなく、道行く人が、こっそりと、または大胆に目を向けてくる様子に辟易しながら、歩いていた。
他の二人も同じ気持ちのようで、周りをキョロキョロ見渡しては、こっそりため息をついたりしている。
当の本人は、そんな視線などまったく気にせず、颯爽と歩いているけど、これは、かなり辛い。有名人になって町でチラ見されたり声かけられたら気持ちいいだろうな、なんてアイドル番組を見て思っていたこと、本当にごめん、と、意味のない謝罪を心の中でしながら、私は、商店街を歩いていった。
「ここがナル君の働いているお寿司屋さん。」
寿司政の玄関にやってきた私は、振り仰いで、そう言った。
『仕度中』の小さな看板がかけられているけど、この時間、誰かがいれば鍵は開いているのを私たちは知っていた。
麻理恵が、放課後ナル君に会いたいっていう子がいるから連れて行く、と、電話していたので、大将やナル君は在宅してくれているはず。
私は、横引きの扉をガラガラと開けた。
中に入ると「いらっしゃい」と言いながらナル君が私たちを迎えてくれた。
電話をしていたから、店で待っていてくれたようだ。
私の後ろから、親友二人も入ってきた。
「休み時間にごめんね。」
「ううん、大丈夫。いつでも歓迎だよ。」
ニパッ、と擬音をつけたいような、屈託のない笑顔で、ナル君は答えてくれた。
そんな応対をしていたら、麻理恵が暖簾を軽く開いて、「ここです。入って。」
と後方に声をかける。
暖簾のため、少しおじぎをするような形で頭を下げて、その後ろから幸徳井君も入ってきた。
「あ、あ、あーーー!」
そんなみんなの様子を見ていた私の後ろから、とんでもない甲高い奇声がした。
私がびっくりして振り返ると、まっすぐ右腕を突き出して、人差し指で幸徳井君を指さし、大きく開けられた口の前に左手でパーを作ってわなわなしながら叫んでいるナル君がいた。
ナル君の奇声にビックリしたのは私だけじゃない。親友の二人もびっくりしてナル君を見たし、ドタドタと音がして大将が2階から転がるみたいに走ってきた。また、何故か将棋をさしていた5人ほどの商店会のおじさん達も、びっくりして盤面をぐちゃぐちゃにしているし。
わなわな震えるナル君に冷めた目を向けた、当の指さされた本人だけが、静かに佇んでいた。
数分後。
テーブル席にナル君と幸徳井君が向かい合って座っていた。
その斜め後ろのテーブルで私たち3人は、その様子を見守っている。
大将は、ナル君に「大丈夫だから」と、2階に追い立てられたし、商店会のおじさん達は、なんか気をきかせて、去って行った。
「あのぉ。」
しばらく、お見合いみたいに二人で黙って座っていたけど、おずおず、といった感じで、上目遣いに見ながら、ナル君が言った。普段だったら、そんな怯えた様子もかわいい、と悶絶するところだけど、今は保護者気分で、何かあったら飛び出すぞ、と、私たち3人、ぴりぴりしている。
「ナルヒト、と言ったか。」
「う、うん・・・」
「名字は?」
「・・・田中・・・」
「本名?」
「戸籍、あるよ。」
「単刀直入に聞く。おまえはなんだ?」
「え?」
「意味が分からん、とは思わんが。」
「・・・あんたこそ、何?」
「フッ。」
「あんたは、何?!」
幸徳井君はこちらを見た。
「
「はぁ?それは学校の子達がつけたニックネームだろ?」
「本当にヴァンパイアかも、な。」
「あんたみたいなヴァンパイア、いるか!」
「では、どんなヴァンパイアが?ひょっとして知り合いにでもいるのか?」
「!」
「おや、図星かな?」
「・・・ちがう!」
「ふーん、まぁいい。ところで、彼女のお姉さんが殺されたあの事件、あれは噂通り吸血鬼の仕業だと、君は思うかい?」
「・・・わからないよ、そんなの。」
「そう。では、夕べのことを聞こうか?」
「!」
「昨晩、君は何をしていた?いや、何を見た?」
ナル君は、目を見開いて、怯えたように幸徳井君を見た。
それから、しばらくして、こちらにゆっくりと視線を向けた。
「ふむ。彼女たちが邪魔かい?」
「いや、その・・・」
「店主達もいるし、場所を移そうか。その方が都合が良いだろう、もちろん、君にとって、ね。」
「ちょっと待ちなさい!」
梨々香が、我慢できずに立ちあがって、言った。
「ナル君、怖がってるじゃないの。あんた、何やったのよ!」
そんな梨々香を見て、幸徳井君は肩をすくめた。鼻でフン、と笑うと、半分立ちあがって、テーブル越しにナル君の耳元に口を寄せ、何かをささやいた。
それを聞いて、ナル君は息をのみ、目に見えて顔色が悪くなっていった。
幸徳井君は、姿勢を戻すと悪そうな顔で笑って、ナル君にむかい片眉を上げる。
ナル君は、気をつけの姿勢で両手を握りしめ、頭を垂れていたけど、急にクッと頭をあげて、こちらを見た。
にこっ、と、いつもみたいに笑う。いつもと同じような笑顔に見えるけど、痛々しくて・・・
「ごめん、ちょっと幸徳井君と出かけてくるね。あ、心配しなくてもすぐに帰るから。君たちは、ここでおしゃべりをしていてもいいし、もう帰ってくれても・・・あ、でも例の殺人犯もうろうろしてるかもしれないし、早く帰った方が良いかも。うん、その方が良い。今日は、ありがとね。」
そういうと、私たちのテーブルをすり抜けて、さっさと店を出ていくナル君。唖然とそれを見送る私たちを面白そうに見ると、幸徳井君もナル君の後を追って、出ていったんだ。
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