第13話 吸血王子《ヴァンパイアプリンス》

 水曜日。

 今日、事件後初めて麻理恵が登校した。

 まだまだ報道陣が家の前からいなくならないみたい。

 次の事件が、同じ駅周辺で起こったことで、報道陣も再奮起したんじゃないか、というのは梨々香の弁。


 「ナル君の所に警察が来たんだって。」

 お昼休み、お弁当を食べるために、いつものように私たちのクラスにやってきた梨々香が、ご飯をほおばりながら、言った。

 「え、なんで?」

 「由梨恵姉ちゃんの次の被害者、ナル君の所に行ったんだって。」

 「あれ?その子ってここら辺の子じゃないよね。」

 「おばあちゃんちがこっちだって。来たら寿司政で出前を頼むらしくて、出前に来たナル君に懐いてたって。」

 私と麻理恵は顔を見合わせた。と、同時に同じように脱力して頷く。

 「ナル君、だもんねぇ。」

 「うん、ナル君だしね。」

 ナル君の魅力は、そりゃ小学生を夢中にさせるよね。かわいくて優しいって、ちょっと話したら、誰だって気づくもん。

 「優しいしね。」

 「かわいいもんね。」

 「この前のお通夜のときさ、なんかナル君がちっちゃな子みたいに思えてね、思わず頭撫でちゃった。」

 「うん、柔らかかったよね。」

 ウフフ、と、梨々香と目を合わせて笑った。

 「何、それ、ずるい!」

 「今度麻理恵も触らせてもらいなよ。」

 「うんそうだね。抜け駆け禁止だもんね。触らせてもらいな。すっごく柔らかくて、ふわふわだよ。」

 「えー!やだっそんなこと言えないよぉ。」

 キヤッキャ、と騒ぎながらお弁当を食べる私たち。

 麻理恵もちょっと疲れた顔をしてるけど、表面上だけでも元気そうでほっとした。


 お弁当を食べ終わった後でも、ナル君の話で盛り上がっていた私たちに、

 「失礼。」

 と、急に聞き覚えのない声が聞こえた。


 へ?と私たち3人は、声の主へと顔を向けた。

 デカッ

 私の感想はまずそれ。

 だって、デカいよ。180センチぐらいもあるし、私たち座ってるし。

 なんか、黒々してて、威圧感ありすぎ。


 「な、何かな?」

 ぽかんと馬鹿みたいな顔で見上げてた私たちの中で一番に正気に戻ったのは梨々香。さすがにコミュ力を誇る情報屋だ。でも、どもってるし・・・

 「聞きたいことがあるんだが。」

 立ったまま言われても、なんか怖いし。

 「だったら座りなさいよ。デカくて首が疲れるでしょ。」

 私は精一杯強がって、偉そうに言ってみた。そんなキャラじゃないと思ってるけど、そうでもしないとのまれそうなんだもん。

 そいつは、ちょっと驚いたような表情をして、私を見た。口の中で「ほぉ。」と言って、面白そうに・・・笑った?

 「それでは失礼。」

 そう言うと、近くにあった椅子を引っ張ってきて、行儀良く座る。

 座ると先ほどのようなデカッという雰囲気がなくなった。ってことは、胴は短いってこと?あらら、足が窮屈そうですこと。なんとなく気に入らないなぁなんて思って見ていたら、なんだか視線を感じた。顔を上げると、面白いモノを観察中です、というような表情で私を見ているそいつ=吸血鬼王子ヴァンパイアプリンス、こと幸徳井倫久の美しすぎる、と言われる顔をまともに見てしまい、息をのんでしまった。

 うん、この人、ヴァンパイアじゃなくて、メデューサじゃない?


 「君たちは、鶴橋梨々香さん、桃谷芹那さん、そして寺田麻理恵さん、で間違いないね。」

 思ったよりも低い優しい声で、ちょっとびっくりした。

 声を聞くのは、授業で当てられたときぐらい。といっても、先生達もおっかなびっくりで、順番で答えさす先生以外、名指しで当てた、なんて人もいないんじゃないかな。まだ転校したてだから、先生達も遠慮してるのかもしれないけど、彼の声をまともに聞いたのは初めてかも知れない。それに今まで聞いた少ない発言の時は、もっと固いかんじがしたよね。

 でも・・・

 「ありゃぁ。エライ情報通ですね。芹那達はクラスメートだから一応知ってても、まぁ、ぎり、ありだけど、私ってばC組だしぃ。・・・なんで、知ってるんですかね?」

 そうだなんよね。梨々香の言うとおり。私たちもフルネームで知られててビックリしたよ。一回もしゃべったことなんてなかったし。怪しいな、と、警戒度をちょっと上げてみる。

 梨々香もほぼほぼ戦闘態勢。人懐っこい子だけど、今みたいにふざけて感じで対応しつつ目が笑ってないときは、要注意だと、長いつきあいの私は知っている。

 「警戒させたかな。この前のお通夜の時に手伝っている生徒を目にして、気になってね。先生に伺ったんだ。」

 先生、個人情報!

 て、クラスメートだし、名前ぐらいは普通か。

 そういえば、朝礼の後中田先生に呼ばれて、転校生の面倒見てやってくれ、って言われた。なんで私が、と思ったけど、こんな前振りがあったのだとしたら、納得。でも、普通お世話すんのは、級長とか、せめて男子じゃない?


 「それで、話なんだけど、いいかな?」

 私たちは顔を見合わせつつも、頷いた。

 「まずは、寺田さん。このたびはお姉様のこと、本当にご愁傷様でした。私はご本人を存じませんが、噂ではとても聡明で明るい方だったと。軽々しい慰めも無粋ですが、くれぐれもお気を落とされませんように。」

 「え、あ、はい・・・あの・・・ありがとう?ございます?」

 うわ、何その挨拶。そんな大人なセリフ、初めて聞いたよ。そりゃ麻理恵もどもるって・・・

 「それで本題なんだが。」

 「「「あ、はい。」」」

 私たちは何故か背筋をピンと伸ばして、聞く体勢になった。大きな声じゃない、どころかささやきにも聞こえるけど、なんだか勝手に背筋が伸びちゃうような話し声だ。

 「葬儀の手伝いをするというのは、かなり深いつきあいがあるもの、と思うんだが。」

 ゴクリ、と、誰かがつばをのむ音がした。ひょっとして私かも?

 「あそこにいた中学生ぐらいの子供とは、親しいのかな?」

 ・・・・

 中学生なんて、いた?

 私たち3人は顔を見合わせて、首を傾げた。

 「以前見かけたときには、寿司屋のバイトをしていたように思う。」

 ああ、それならナル君だ。

 「ナル君、かな?」

 麻理恵が、私たちに言った。

 「でも、ナル君、年上だよね。」

 私は言った。

 「あー、でも知らない人が見たら、中坊にしか見えないんじゃない?初めて会った時でも、年下かも、て思ったもん。」

 確かに梨々香の言うとおりだ。中学生だった私だけど、上かな下かな?とナル君の年齢で盛り上がったもん。大将に、「うちで住み込みで働くことになったナルだ。家の事情で中学卒業後すぐに働くことになったが、まあ、いい奴なんで、よろしく頼むわ。」と紹介されたから、少なくとも私たちより年上確定、だよね。


 「ナル君?」

 「うん。あの日お手伝いしてくれてた人で、この二人以外の若い人なら、たぶんナル君です。男の子ですか?」

 麻理恵が言った。

 「ああ。そうか。しかし、年上、ね。昔から変わらない、とか?」

 「よく分かりますね。」

 「あの年で、見た目が変わらない、か。」

 「あの、何でも良いけど、あんたなんなんですか?急に女子の団らんに飛び込んできて、あれは誰だ?って。おかしくないですか?聞くなら目的言いなさいよ。これ以上は個人情報で教えませんよ!」

 あちゃー。梨々香、沸点低いもんなぁ。でもいつも私の言いたいこと言ってくれる。ほんと、聞くなら目的言いなさいっての。


 「不安に思ったなら済まない。実は彼とは以前に会ったことがあってね。ちょっと確認したいことがあったんだ。その内容は、すまない。私、というより、彼の方のプライバシーに関わることだから、君たちには言えない。」

 私たちは、またまた顔を見合わせた。

 キャンキャン言いつのる梨々香に対し、あくまで冷静沈着にそんな風に返されたら、私たちの方がガキっぽい感じじゃないの。他の男子と違って落ち着きすぎじゃない。ううん、知ってるどんな大人も、こいつよりはテンションあるわよ。

 「ナル君の、プライバシー・・・」

 恵里菜が言った。

 ナル君のプライバシー。考えると、私、全然知らないや。

 「その、ナル君。フルネームとどこに行けば会えるか、教えてくれないかい?」

 「ナル君のフルネーム?」

 「ナル君は、ナル君で・・・私、ナル君、しか知らないわ。」

 麻理恵に言われて、私もだ、と思う。私はナル君のことこんなに大好きなのに、名前すら知らないことに、今、気づいた。

 「ナル君の名前は、ナルヒト。大将がもう養子にしてたら大前、だけど、その前の名字は知らない、かな?」

 さすがの情報通?でも、大将、養子にするんだ。

 「養子にはしてないと思うよ。大将が本当は養子にしたいんだけどな、って言ってたから。」

 と、麻理恵。

 そうなんだ。

 「名字不明のナルヒト君、か。その様子じゃ住所とかは分からないかな。確か、あのとき法被に『寿司政』と書いてあったから、そこを探すか。ありがとう。」

 そう言うと、幸徳井君は立ちあがろうとした。

 「ちょっと待って。」

 私は思わず彼を引き留めた。

 ダメ。この人を勝手にナル君と会わせたら、ダメな気がする。

 「ナル君は寿司政に住み込みで働いてるわ。でも、勝手に行ったら迷惑でしょ。私たちも行ってあげるから、勝手にナル君に会わないで。」

 私は、なぜか、そんな風に捲し立てていた。

 親友二人はちょっとビックリしてたけど、自分たちも一緒よ、と、あの怖い雰囲気の吸血鬼王子を睨み付ける。


 幸徳井君は、ちょっとビックリしてたけど、クスリと笑うと、外国人みたいに両手でおやおやというジェスチャーをした。そして、

 「ではお言葉に甘えて放課後にでも案内していただこうか。」

 と言うと、うんうんと頷く私たちを放置して、自分の席に戻っていった。


 こうして、私たちは、なぜか吸血鬼王子ヴァンパイアプリンス幸徳井君を、ナル君に紹介すべく、放課後寿司政を訪れることになったんだ。

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