第12話 夜の公園(後編)

  「何をしている。」

 小さな音量にもかかわらず、腹の底に響くような声で、その人物=幸徳井倫久は、成人に、そう言った。


 僕は、息をしているのだろうか。

 頭の片隅で、そんな風に考える自分がいる。

 これは、なんだ?

 僕の目は見開かれ、瞬きも忘れているだろう。

 これもまた頭の片隅で感じていること。

 心も身体も、なんだか現実味が乏しくて、僕はただ、その黒い人を見ていた。


 そんな僕を見る、その人。

 確か、幸徳井君と言ってた。この前亡くなった寺田由梨恵さんの妹、麻理恵さんのクラスメート。お通夜の日にやってきた転校生。

 そんな風に聞いている。

 そういえばお通夜のとき、お手伝いをしていた僕に話しかけてきたっけ。

 あのときも、無表情に、「おまえは何をしている。」と突然言われてビックリしたな。普通に「お手伝いですよ。」と答えたけど。

 そうしたら、しばらく沈黙して、「私が分かるか?」そう言ったんだっけ?

 僕は、自転車で転けたときに見てた人だってすぐに分かったから、

 「はい。転けたときに心配してくれた方ですね。」

て答えた。

 そうしたら、なんか、変な顔をして、「まあいい。」と言うと、クラスメートたちと帰って行った。

 不思議な人だな、と、あのときも思った。ううん、初めて会った時も・・・

 なんか、他の人とは違う匂い?というか、ちょっぴり怖い、とか、うまく言えない違和感?それをずっと感じてた。


 でも・・・


 これは違う。


 何か分からないけど、これは違う。


 違和感、とかですまないこの感じ。


 コロサレル?


 怖い恐いこわい・・・・



 僕はただその人を尻餅付いたまま見上げるだけ。

 いつまでも外れない、その冷たい視線に、体が勝手に震えている。


 どのくらいそうしていたのだろう。


 僕を見つめる目が、きゅっと細められた。

 そして、忍者みたいに胸の前で組んでいた手を、そっとほどいて、自然に下ろす。

 幸徳井君は、ほー、と長い息をはき、吐き終わると、頭を振った。

 そして、その長い髪をかき上げ、目を瞑ったまま空を見上げる。

 こわいんだけど、なぜか魅せられたように目が離せなかった。

 世の中には、こんなに怖くてこんなにきれいなものがあるんだ。

 とりとめもなく考えながら、惚けていたのだろう。

 彼は音もなく踵を返し、再び闇の中へと消えていった。


 僕はしばらくそのまま動けなかった。

 どのくらいそうしていただろう。

 このあとの記憶は、なぜかなくなっていた。


 気がつくと、僕は自分の部屋の自分の布団の中で目を覚ましたのだった。

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