第7話 お通夜
お通夜が始まった。
私と梨々香、そしてナル君は、親族用に並べられた椅子の後方、列席者の場所で、読経を聞いている。
私たちは結構前の方にいたけれど、最後方には先生に連れられたクラスメートたちが5人ほど、制服姿で参列していた。
ある程度お坊さんの読経が終わると、親族からお焼香が始まる。
親族の後、私たちみたいにお手伝いに来ている人がお焼香させてもらい、そのまま私たち3人は、受付の方に回った。
来てくれた人に、お塩と用意されたお礼の品を配っていくためだ。
お茶とお塩がセットされたそれらを、他のお手伝いしている人と共に、来てくれた人に渡す。
日本人離れしたナル君は、喪服を着ていても、輝きを失わない。
いつもはつらつとしているナル君がしおらしく、伏せ目がちに対応する様子は、息をのむほどきれいで、かわいらしい。
て、私は何を考えているんだろう。
自分を叱咤しつつ顔を上げると、多くの視線がナル君に注がれていることに気づいた。
ふふん、私はナル君と仲よしなんだよ、うらやましいでしょ、なんて、意味のない優越感を抱く自分に、自分自身で驚いた。私ってこんな嫌な奴だった?
できるだけ顔を出さないように、仕事をこなしていると、なにやら皆が息をのむような感じがした。
ナル君をこっそり見ていた人たちの視線が、別の所、今出てきた会場にむかい、驚きの表情を浮かべていく。
彼らの視線を追うと、そこには私たちのクラスメートの姿が。
お客さん達、いや受付のお手伝いの人も含めて、その視線は、クラスメートの中から頭一つ大きな、その少年に注がれている。
「ヴァンパイアプリンス・・・」
私の横で梨々香がささやいたのが聞こえた。
そう、みんなの視線はその美貌に向けられる。
クラスメート、と言っても良いのだろうか。
今朝初めて出会った転校生。
お姉ちゃん、どころかクラスメートの麻理恵ともまったく面識のないその人が、何故か参拝客の中で、誰よりも堂々と焼香を終え、こちらに向かって歩いてきている。
「人外の美貌、とはよく言ったね。」
梨々香が、今度は私にむかってそう言った。
「なんで関係のないあの人が来たのかしら。今だったらあいつが犯人の吸血鬼だ、なんて言われても、私は信じるわ。」
梨々香が私にしか聞こえないように、声を潜めてそう言った。
そんな周りの動揺を気にも留めず、クラスメートのみんなとともに、彼はこちらに歩いてくる。
すると、無表情な彼の目が一つの場所に留まり、あれ?っという風に、眉をひそめた?
彼は、ナル君に目を留めた。
そして、まっすぐナル君を見ながら、こちらにやってくる。
中田先生とクラスメート達は、私と梨々香のいるところへとまっすぐにやってきて、ちょっとだけ「大変だったね」とか「麻理恵に元気出して、と言っておいて」とか一言二言話していった。
私は、そんな彼らの応対をしつつ、横目で少し離れたナル君をちらちら見た。
幸徳井君は、まっすぐにナル君の所に行くと、なにやらボソボソと話している。はじめはナル君もいぶかしげな様子だったけど、何か思い当たることがあったのか、目を見開いたと思ったら、なんか嬉しそうな様子で話している。一方、幸徳井君はナル君が人懐っこい表情を浮かべれば浮かべるほど、何故か難しい表情に変わっていったんだけど・・・
私たちが、すべてのクラスメートに対応し、しっかりとナル君の方を見た時には、幸徳井君の姿は去って行くクラスメートたちの中にあった。
彼らが最後尾だったこともあり、私たちの仕事はほぼ終わりに近づいた。
麻理恵のおばさんに呼ばれて、お手伝いしていた私たちは、お膳を囲んだ。
今晩は、ろうそくやお線香をたやさずに、お姉ちゃんを送るためのお祭りをしなくちゃならない。
親族の方達は、この1週間でお疲れだろうから、できるだけ若い私たちが火の番をしますよ、と、今日の徹夜を買って出た。
親族の人たちは何度も何度もお姉ちゃんの様子を見に行っている。
血を抜かれ死んでしまったお姉ちゃんは、死に化粧を施されたためか、まるで眠っているよう。血を抜かれたといっても、骨や筋肉、脂肪なんていう体組織自体はそのままで、むしろ血がないから少ししぼんでいても劣化していないんだって。いいことかわるいことかわかんないけど、死んでいても生前の美貌はそのままだ。
それがかえってかわいそう、そうすすり泣く声も絶えない。
日が変わる頃になると、親族の人も退去し、家に住んでいるおじさんおばさんと、麻理恵、そして私たち3人だけになった。
麻理恵達ご家族は、できるだけ寝てもらい、今はこの部屋に、私と梨々香そしてナル君の3人。
「そういえば、ナル君、幸徳井君となんか話していたね?」
私は思いきって、何を話していたのか、ナル君に聞いてみようと思った。
「幸徳井君?ああ、あのきれいな人?そうなんだ。昨日お昼に彼と会ってね。変なところ見られたから、ちょっと恥ずかしかったけど、また会えてよかったよ。」
「変なところ?」
「うん。自転車で転けちゃってね。出前途中のお寿司ぶちまけちゃうわ、自転車壊しちゃうわで大変だったんだ。おかげで昨日からは大将のでっかい自転車で出前してるから足が届かなくていやになっちゃうよ。」
「ナル君て、運動神経良さそうなのに、こけちゃうんだ?」
梨々香が無遠慮に言った。だからオブラートに包みなさいって。
「うーん、両手離ししちゃったからなぁ。」
「えー、危ないよぉ。」
「だねぇ。でもさ、雀の赤ちゃんが木から落ちてきて、思わずつかまえちゃってさ、身動きとれなくて・・・」
「雀の赤ちゃん、キャッチしたの?すごーい。」
「でも両手離しは危ないよ。」
「うん反省してるよ。僕は頑丈だからなんともなかったけど、商品と自転車で大損害だったよ。」
「その時、ヴァンパイアプリンスと会ったの?」
「ヴァンパイアプリンス?」
「幸徳井君のことだって。あの美貌は人外だ、らしいよ。今朝転校してきたんだけどさ、由梨恵姉ちゃんの事件のすぐでしょ?あの人がヴァンパイアで犯人じゃないか、なんて言う人がいたりしてね。そんなわけないと思うけどなぁ。」
なんとなく、幸徳井君とこの事件の荒々しさ、とくに被害者を道ばたに放り出しておく、なんていう無神経さが、合わない気がして、私はそんな風に言った。
「なんか分かる。あの人のこと知ってるわけじゃないけど、なんかプライド高そうだし、ほったらかしにするとかイメージできないよね。」
梨々香も、私と同じような感想のようだ。
「そうだね。少なくとも血を抜いて回るような気はしない。」
「ヴァンパイア、ってなんか気高そうだもんね。」
梨々香がクスッと笑った。
「え?ヴァンパイアの方は決定なの?」
「いや、イメージ通りでしょ?」
「それは、そうだけど・・・」
「そうなの?」
私たちがやいやい言っていると、ナル君が不思議そうに聞いてきた。
「そりゃそうでしょ。どう見てもヴァンパイアでしょ。」
「・・・えっと、ヴァンパイアってそういうイメージ?」
ナル君は、私に不思議そうな顔を向ける。
その点に関しては、梨々香に同意だった私は、うん、と頷いた。
「だってヴァンパイアだよ?どっちかって言うと僕みたいなのがそうじゃない?」
はぁ?それはないでしょ?
「ナル君のヴァンパイアのイメージって?」
「・・・僕?」
プハッ、ハハハハ。
私と梨々香は顔を見合わせて思わず吹き出した。
うん、そうだよね。
男の子ってそういう所あるよね。
なんだそうかそうか。
ヴァンパイア。夜の帝王。孤高と孤独の象徴。美と尊厳の現し身。
うん、そんなクールな男になりたい、フフフ、そんなナル君は、ほんとかわいいね。
たぶん私より年上だけど、なんだか弟みたいな気が急にしてきたよ。
「なんだよ、二人とも。僕がヴァンパイアだったらそんなに可笑しい?」
拗ねたように言うその表情のかわいいこと。
「分かった。それであんなに幸徳井氏と嬉しそうに話してたのね。」
「何、梨々香?どういうことよ?」
「ヴァンパイアみたいなクールビューティに憧れるナル君としては、あのリアルヴァンパイアプリンスたる幸徳井氏はなりたい男ナンバーワン、なわけよ。そんな彼とお近づきになって、仲良く話している自分は彼と同じクールビューティ、になった気分、てことですな。ふむふむ。」
何のキャラが発動したのか知らないけど、梨々香がうんうんと(架空の)カイザルヒゲをつまみながら、鷹揚に頷いている。
でも、そうね、ナル君もあこがれの男、ってあるよね。
それが、真逆に見える幸徳井君みたいなタイプかもしれないね。
うんうん。仲良くなれると良いね。
でも、彼、かなり怪しいから。
なぜか霊感少年に目をつけて近づく転校生。
しかも面識のない同級生の姉のお通夜に現れる意味がわかんない。
あんな立ち居振る舞いをしていて、実はつきあいのむちゃくちゃいい人、かもしれないけど、休み時間には消えて、誰とも話しもしない様子を見てると、そんなタイプにはまったく見えないし、怪しすぎるよね。
「ナル君。ナル君にはナル君の良さがあるんだからね。優しくて明るいナル君がすてきなんだから、あんな暗いのに憧れなくていいからね。」
思わず、ナル君を慰めモードに入っちゃった私。
「え?どういうこと?」
何故か、急に小さな男の子に見えてきた、ナル君の頭を思わずモフモフと撫でちゃう私。そして梨々香がいた。
丸顔にさらにほっぺを膨らませて拗ねるナル君、本当に年上、なのかなぁ・・・
こんな時だけど、なんだか新しい大好きな人の一面を知れて、ちょっぴり幸せな気がして、横たわっている由梨恵姉ちゃんや麻理恵家族になんだか申し訳ない気持ちになった私だった。
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