第6話 放課後 ナル君にお願い(再び)

 「聞いたよ~吸血鬼王子ヴァンパイアプリンス!」

 放課後、合流した梨々香は、開口一番そう言った。

 吸血鬼王子ヴァンパイアプリンス。転校生幸徳井倫久につけられたあだ名、である。

 こんな時期よりによって吸血鬼だなんて!

 芹那はかなりむかついていた。

 「あんたねぇ、あんたまで吸血鬼ってこんな時期にしょうもないこと言わないでよ。」

 「何怒ってんのよ。」

 「だってよ、この時期に吸血鬼って何よ。」

 「ま、便乗だろうね、吸血鬼連続殺人事件に。」

 「はぁ?よくそんな風に笑ってられるわね。由梨恵姉ちゃんに申し訳ない、とか思わないの?」

 「え、なんでよ。そりゃネーミングは事件に便乗してるけど、関係なくない?別にその転校生が犯人、て訳じゃないんでしょ?」

 「そりゃ、そうだけど・・・」

 そりゃそうだけど、本当に無関係なんだろうか、なんて思わなくもない。

 実際、私だって、もしかしたら、なんて考えてしまう。

 「『人外の美しさ』、なんだって?」

 そう、転校生はラノベ好きの誰かによって、そんな風に評されるようになった。確かにぞっとするような美貌である。

 「あんたの言ってた転校生のデータ、どっちも合ってたわよ。黒髪ロン毛の美人で男。」

 「ほーっそれは良きかな良きかな。しかし、男性に美人とは、ナル君から乗り換え、ってことでいいのかな?」

 「はぁ?なんでそうなるの。客観的に言って美人、てだけよ。誰があんな怖そうな人・・・あのね、梨々香もあの人を見たら絶対美人、て言うわよ。」

 「へぇー。まぁ、目撃者全員そんな風に言ってるから美人、なんだろうけど、男への評価が美人、て、いったいどんだけ美人なのよ。気になるわぁ。」

 「あんた、まだ見れてないの?」

 梨々香はお昼ご飯だけじゃなくて、他の休み時間もちょいちょい私に会うという名目で、噂の転校生を見ようと、教室に来ていたんだけど・・・

 「休み時間は速攻どっかいっちゃうし、結局まだ見てないのよねぇ。」

 そうなのだ。

 授業が終わると気づかないうちにいなくなり、授業が始まるとなぜかすでに着席している。あんな目立つ人が誰にも目撃されずに、いつ教室を出入りしているのか。私は首を傾げた。


 「それはそうと、ナル君のところへ行くのよね。」

 そう、私はこの事件を絶対解決して犯人を捕まえたい、と思っている。そして、それには、ナル君の協力がいる、なぜか強くそう思っているのだった。そんな話をお昼休みに梨々香に話していたら、梨々香も大賛成。梨々香は警察じゃなくて霊感少年に頼むべし、と拳を振り上げた。


 意気揚々と寿司政に顔を出した私たちだったけど・・・

 「悪いな、ナルはもう仕出しを持って寺田さんちに行っちまったよ。今日はそのまま寝ずの番も手伝うように言ってるから、芹那ちゃんたちもよろしく頼むな。」

 大将は、仕込みをしながらそう教えてくれた。



 私たちはいったん鞄を置きに家に帰った。

 私は母さんから、差し入れのお菓子と、数珠やなんかをもらい、麻理恵の家に到着。すでに同じように差し入れと数珠を持った梨々香もいて、お葬式をする会場になる和室とは別の部屋に、仕出しを並べるナル君がいた。

 麻理恵は、と思って目で探すと、お姉ちゃんのお弟子さんたちの相手をしていた。小さい頃からおじいさんに師事していた姉妹はすでに師範の免状を持っていて、大学生になってからは、お姉ちゃんもお弟子さんをとっていたんだ。そんな話を聞いたことがあったから、きっと、麻理恵が相手しているのはそういうお弟子さんなのかもしれない。

 とりあえずは忙しそうだったから、私と梨々香は仕出しを並べているナル君の手伝いに行った。


 「ありがとう、助かったよ。」

 場所が場所だけに、いつもの輝くような笑顔、とは言えないけど、優しい笑顔でナル君はお礼を言ってくれた。

 「ううん。こっちこそありがとう。昨日、麻理恵の話し相手になってくれたんだってね。」

 「たいしたことはしてないよ。」

 「だったら、今日のお礼、とかしてくれたりして。」

 私とナル君がお礼をしあいっこしていると、梨々香がぐいっと体を入れてのけぞり、ナル君を下から見上げた。

 「へっ?何?」

 びっくりするナル君に、私は梨々香をぐいっと立ちあがらせる。立ったところで140センチ台半ばの梨々香が見上げてることには違いないんだけどね。

 「ちょっと梨々香、何言ってんのよ。」

 「芹那だってナル君にお願いしようって言ってたじゃない。」

 「それは、そうだけど・・・」

 「え?何?僕に出来ること?」

 「・・・・」

 私は、言葉に出すのを躊躇した。あなたは霊感少年だから吸血鬼連続殺人事件の犯人捜しに協力してください、なんて言えないよね。

 「あのね、ナル君は霊感少年でしょ?あ、隠さなくても大丈夫。ネタは上がってるのよ。でね。由梨恵姉ちゃんの事件は、吸血鬼連続殺人事件とか言われてるけど、私の見立てじゃ、本当に吸血鬼とかそういうオカルト的な匂いがプンプンするの。そこで、お願い。私たちに協力して。私たち、この犯人を捕まえようと思ってるの。」

 梨々香は一気に捲し立てた。ありゃー言っちゃったよ、この子。でもネタは上がってるって、何か知ってるのかな?

 「いや、霊感少年、て・・・僕にはそんなのできないよ。それに犯人捜し?そんなの危ないよ。梨々香ちゃんたちもやめときなよ。」

 当然の反応だよね。

 「池上のおじいちゃん。三上のおじさんたち。」

 梨々香はそう言うと、ナル君をじっと見つめた。

 え?といった表情でナル君は梨々香を見返す。

 しばらく二人の見つめ合いは続いた。

 そして、しばらくの後、目線を外したのはナル君だった。

 「ハハハ、梨々香ちゃんの情報網はすごいなぁ。でも、これは芹那ちゃんが言い出したのかな?猫のこと黙ってくれてたんだよね。」

 いつもよりずっと大人びた、そしてずっと優しい笑顔で、ナル君はそう言った。

 知ってたんだ。あのとき、ナル君を見ていたこと。

 「分かったよ。由梨恵さんも知らない仲じゃないし、僕も犯人は許せない。だけど、条件がある。」

 「条件?」

 「うん、条件。二人は犯人捜しなんて危ないこと、しないで欲しいんだ。」

 「でも・・・」

 「ううん、でもじゃない。いい?僕だってそんなに出来ることはないんだ。梨々香ちゃんが突き止めたように、僕はちょっと霊が見えて、話が出来るだけ。その延長で、一部の動物と話が出来るのは、芹那ちゃん、知ってるよね。だから、僕は、その力で犯人捜しに協力するよ。でも、あくまで出来るのは情報収集だけだ。犯人を捕まえるとかやっつけるとか、そんなのは無理だ。だから君たちもそんな危ないことに首を突っ込まないで。僕が情報収集をして、犯人が分かったら教える。だから、僕にそうしてほしいなら、絶対に君たちは動かないで。」

 初めて見るナル君のまじめな顔。

 少し怖いような必死な顔は、私たちのことを心底心配してくれているのが分かって、なんだか涙が出そうだ。

 私はナル君に、力強く頷いた。横で、梨々香も同じように頷いているのが気配で分かる。

 そんな私たちを見て、ほっとした様子のナル君。

 「ま、とりあえず今日の所はお通夜をお手伝いしなきゃ、ね。」

 いつもの笑顔に私たちは大きく頷いたのだった。

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