第5話 長髪の転校生 (後編)

 私と梨々香がそんな風に「ナル君、ねぇ」などと話していた、ここは、2年A組の教室。

 なんだか、みんなそわそわしているのは、学校付近に群がる報道陣のせいか?

 由梨恵お姉ちゃんもこの学校出身で、その妹がこの学校に通っていること、また姉妹揃って美人なことも相まって、排除しても排除しても、わんさか取材の人、というハイエナが集まってくる。

 どこで調べたのか、私や梨々香も「妹の親友」として囲まれかけた。学校側が気づいて、慌てて警備員が飛んできてくれたから、直接被害はなかったけど、いっぱいフラッシュがたかれたんで、写真なんかは随分と撮られちゃったんだと思う。


 みんながざわざわしているのは、事件のせいかしら?と、私が周りを見回すと、

 「事件もあるけど、ほとんどは転校生のせいでしょう。」

と、梨々香。

 いや、なんで別のクラスのあんたが知ってるの?そう思わなくもないけど、梨々香だもんね。

 「転校生?変な時期になんだろうね。」

 ここ、徳和学園は私立ということもあって、転校生が来ることはほとんどない。ただ、関西の方、京都だったか、そこに姉妹校があって、親の転勤とかそんな感じで転校してくる人はいないでもない、という噂。それでもゴールデンウィーク開けのこの時期、というのは、本当に変な時期、と思っちゃう。


 「京都の華和学園からの転校生だって。長い黒髪の超絶美人だって噂だよ。」

 どうして梨々香がそんな噂を知っているのか・・・

 「でもね、それは男子の願望で、実は男の子だって噂もあるの。この梨々香ちゃんがどっちが正しいか見極められないなんてね。私もまだまだだわ。」

 梨々香はやれやれ、という風に首を振ってるけど、そもそもなんで別のクラスのあんたが一番詳しいのよ。梨々香情報網を知っている他のクラスメートも、こっちに耳を凝らしてるじゃない。一般クラスメートは「転校生が来るらしい。」で噂は終わってるみたいだよ?


 「ということで、詳細情報を希望する。」

 梨々香は、私の肩にドン!と手を置くと、そう言い残し、敬礼をして出ていった。

 と、同時に朝礼前の予鈴が鳴る。



 そして5分後。

 本鈴が鳴って間もなく、担任の中田先生が一人の生徒を伴って入ってきた。


 ざわざわしていたクラスメートは、その転校生を見て、水を打ったように静まりかえった。

 あまりの静けさに、誰かが固唾をのむ音が聞こえる。

 担任の中田省吾は「そりゃそうだよな。」と胸中でささやいた。


 静まりかえった教室の中、中田は背を向けて黒板に向かった。

 『幸徳井倫久』

 そう縦書きで板書すると、再び、生徒に向き直る。

 「えー、京都の華和学園は知っているな。この徳和学園の姉妹校だが、そこから転校してきた幸徳井倫久かでいのりひさ君だ。じゃあ、幸徳井君、一言。」

 「よろしくお願いします。」

 首が前後に動いたか動かないか、それと礼のつもりか上瞼を少しだけ下げ、幸徳井、と呼ばれた少年は、そう言葉を発した。

 ・・・・

 シーン

 沈黙が、辛い。中田は胃を押さえつつ思った。

 そりゃそうだよな、ちらりと転校生を見て、もう何度目かは分からない、この感想を抱く。

 幸徳井倫久。

 4月生まれなので17歳か。

 ただ、17歳、というには迫力がありすぎる。

 それだけいかついのか、というとむしろその逆だ。

 175センチの自分よりも多少背が高いか、しかし、体重は勝ったな、と、つまらないことを思わないとやってられない。中田は体育の教師だ。それなりに「男」として自信がなくはない。

 ただ、初めて見た時から、負けた、と思ってしまった。10歳も年下の、しかも生徒に。本能が負けた、と言っている。

 なんて、思ってしまって、ばかばかしい、と自分に毒づく。

 17歳。男。ただし、その顔はそんじょそこらの女優よりよっぽど美しい。男に対しての評価としてどうか、とも思うが、第一印象は人とは思えないぐらい美しい、だった。

 決して女っぽいなよなよした感じ、ではない。

 武道でもしているのか、しっかりと背筋は伸び、凜としたたたずまいだ。

 長いストレートの黒髪を腰まで伸ばしているが、それとて女性的な印象を与えるどころか、達人の武道家じゃないか?という雰囲気を作っている。

 赤ん坊も顔負けのきめ細かい肌は、染み一つなく真っ白で、むしろ毛細血管の青がうっすら透けているのではないか、と思わずにはいられない。

 切れ長の瞳。まっすぐと通った鼻梁。薄い唇は赤い。そうまるで血のように赤い・・・

 いや、何を言ってるんだ俺は、まるで魅了されているかのようじゃないか。

 そんな風に思うのは、昨日彼に会ってから何度目か。

 ともすると彼に目が、心が、引きつけられそうになるのを無理矢理引きはがし、生徒の様子を見る。

 生徒達も、皆、中田と似たり寄ったり、なのだろう。

 惚けたように、男も女も、この転校生を見つめている。

 そんな目をしていないのは・・・

 一人、何かを考えているのか、窓の外を見てため息をつく女生徒。

 桃谷芹那か。

 確か、あいつは寺田と仲良かったな。今日、通夜だと聞いたが・・・

 そう思いながら、教室の中央にポツンとある空席を見た。

 寺田麻理恵。

 昨今世間を騒がせている吸血鬼連続殺人事件の被害者の妹だ。

 この学校のOGと聞いているが、自分が勤めるのと入れ違いに卒業しているので、本人とは面識がない。しかし、彼女を知る教師からはすこぶる評判も良く、明日の葬式に同席したいという同僚も何人かいた。

 寺田の空席をそんなことを思いながら見つめていると、隣の転校生も、その空席を見つめていた。

 「ああ、そこは欠席者の席だ。幸徳井、おまえの席はその席の最後尾、目が悪いのなら席替えも考慮するが・・・」

 「いえ、大丈夫です。」

 幸徳井は黙礼をすると、指定した席へと、この静寂を気にもせず、歩いて行った。

 生徒達は、その姿を黙って、目で追っていく。

 後ろを向く生徒達に注意をする気にもなれず、中田は苦笑した。


 「ほい、みんな。転校生が気になるのは分かるが、まずは連絡事項だ。寺田のお姉さんが亡くなられたのは知っているな。今日7時からお通夜が、明日10時からはお葬式が開かれる。もし参列したい者があったら、今日中に俺の所に申告してくれ。迷惑になってもいかんから、希望者は連れ立っていくことになった。参加者は全員制服着用だ。なんか質問はあるか?」

 はい、と、桃谷が手を上げた。

 「なんだ、桃谷。」

 「私は、麻理恵の所とは家族ぐるみのつきあいで、今日学校が終わったら、すぐに麻理恵んちに行く予定です。そのまま一晩由梨恵姉ちゃんのそばで過ごすことになってるし、別行動でいいですか?」

 「ああ、そういうことなら、別でいい。他にそんな奴はいるか。」

 誰からも、返事はない。

 「あ、C組の鶴橋梨々香も、私と一緒です。」

 桃谷が言った。

 「分かった。では、他の者もどうするか決めたら先生とこに来いよ。桃谷みたいに別行動する場合も、報告して欲しい。では以上で朝礼を終了する。」

 俺は、そう言うと、出席簿を確認して教室を出ることにした。

 教室を出るとき、転校生の様子をうかがうと、さっき発言した桃谷をじっと見つめている姿が妙に心をざわつかせた。

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