第4話 長髪の転校生 (前編)

 私立徳和学園。

 自由な校風のこの学園に私たち親友3人は通っている。

 私こと桃谷芹那せりなと寺田麻理恵は2年A組。鶴橋梨々香りりかは2年C組。

 今日、麻理恵はお休みだ。今日も、と言うべきかもしれないけど。

 やっと、お姉ちゃんのご遺体が帰ってくることになって、今日はお通夜が開かれる。明日は土曜日だから、学校が終わったらお葬式が終わるまで麻理恵といっしょにいるつもり。梨々香んちも私んちも、麻理恵の所とは家族ぐるみのお付き合いだから、親からもそうしてあげなさい、て言われたんだ。

 さっき、麻理恵に連絡したら、ありがとう、ていう返事と共に、昨日、ナル君がお寿司を届けてくれて、いっぱい話も出来た、て喜んでた。少し元気になったと言ってくれて、私たちも良かった良かったって・・・


 うーん、良くないんだけどね、本当は。

 だって、お姉ちゃんを殺した犯人は見つかっていない。

 見つかる気配はない。

 ワイドショーでは相変わらず、面白おかしく推理とかしてるけど、どうも犯人の目星すらついてないんじゃないかな。

 悔しいね。

 当事者、と言っちゃっていいか分からないけど、知っている人がこんなことになって、なんとかしたいという気持ちと、なんともならない、て言う気持ちでなんだかいらいらする。これがストレス、ていうやつなのかな?あんたは脳天気でストレスないでしょ、とかよく言われるけど、これがストレスなら、今まではストレスなんかなかったのかもね。


 「なんか悔しいな。」

 隣で梨々香がそう言った。

 「うん、なんか悔しいね。」

 「本当に吸血鬼なんているのかな?」

 「・・・そんなはずないじゃない。きっと、異常者の仕業だよ。」

 「私、ちょっと調べたんだけどね、あんなに血ってなくなるまで吸い出せないんだって。」

 梨々香は、いろんなことを調べるのが得意。どこからそんな情報を仕入れるのか、玉石混淆、嘘か本当か、まぁ、いろんなネタを仕込んで来ちゃう。

 そんな梨々香が言った。

 「こんなこと出来るのは、本当に吸血鬼かもね。」

 ・・・

 まさか、ね。

 世の中不思議がいっぱい、とはいつも梨々香の口癖だ。幽霊だって、異世界だって、お化けもUFOも「ない。」と決めつければ先はないでしょ?絶対にないという証拠がない限り「あるかもしれない」という可能性を残すのが、本当の科学だと思うの、梨々香はいつだってそんなスタンス。

 「もし、本当に吸血鬼の仕業だったらさぁ、警察が捕まえられると思う?」

 梨々香は私の目をじっと見て言った。



 私は今まで生きてきて幽霊を見たことがない。もちろんUFOもないし、お化けのたぐいもない。なんとなくそういうのはないと思ってる。ううん、ない、とお願いしたい。私は遊園地のお化け屋敷ですらダメだから。

 でも、不思議なことが世の中にない、とは言い切れない、と思う。

 その証拠が、実はナル君だ。

 ナル君霊感少年説、というのは意外に根強い噂。なんでも、死んだ人の伝言をナル君にしてもらった、というおじいさんがいるらしい。また、交通事故で亡くなった息子さんと、ナル君に会わせてもらったというご両親がいるらしい。

 どこの誰、というのは聞かないのに、真しやかに流れている噂。そういや一度梨々香がその噂を本人に直撃したとき、「何それ?」て本人ビックリしていたから、ナル君の優しさに便乗する単なる噂、というのが真相である・・・ということになっている。

 でも実は、その噂がまるっきりデタラメじゃないんじゃないか、と、私は思っているんだ。これは誰にも、親友の二人にも話していない。親友に厨二扱いされたくない、ってのもあるけど、大好きなナル君の秘密を自分の胸の内に秘める、ていう乙女心(?)なのかもね。

 それはまだ私がナル君を知ってちょっとした頃。まだ中学生の私は、塾の帰り、一人で公園の側を通ったときのこと。

 人の動く気配がして、公園を見たの。

 私は、息をのんだ。

 その日は、満月ではなかったけど、そこそこ大きなお月様が出ていて、白く明るく闇夜を照らしていたの。そして、その白い光に照らされて、妖精?と思ってしまった輝く人物が・・・

 特徴的な薄い色の巻き毛は月の光に照らされて淡く白く光っているように見えて、しかもなんだか体全体が光っているよう。その横顔はいつもみたいにとびっきり明るいというのとは違う、なんだか憂いを帯びていて、とってもはかなげに見えて・・・

 はじめはあまりに印象が違ってナル君とは思わなかった。ただあまりの神々しさに息をのんで見つめていたんだけど、その足下にすり寄った子猫に向けた笑顔に「あ、ナル君だ。」と初めて気づいたの。

 そこまでなら、ナル君を公園で見かけた、で終わるところ。

 でもそのとき、ナル君はその子猫に話しかけたんだ。

 そんなの普通?

 でも、あれは間違いなく会話していた。

 「ニャーニャー。」

 「うーん、どうだろ?でもそれって何日も前だろう?」

 「ニャニャニャーー。」

 「そうだけどさ。」

 「ニャーニャニャー。」

 「分かった分かった。でも、期待しないでよね。」

 「ニャニャ・・・」

 「ハハ、おだてても無駄だよ。」

 「ニャー。」

 「分かったって・・・」

 ・・・・

 そう言いながら、公園の奥へ消えていったナル君と猫。

 ずいぶん前だけど、私の記憶にこびりついている。

 話している風?

 ナル君が厨二なだけ?

 ううん、あれは間違いなく話してた。

 見てた私は、理性で否定しつつ、確信を持って・・・・すべてを私の胸の内に秘めたの。これは話しちゃいけないやつだ、ってね。



 「もし、本当に吸血鬼の仕業だったらさぁ、警察が捕まえられると思う?」

 梨々香は私の目をじっと見て言ったとき、私はなぜかあのときのナル君を思い出したんだ。

 もしナル君なら・・・

 梨々香は私の沈黙をどう捕らえたのだろうか。

 「警察よりもさ、こんなときは霊感少年の出番じゃない?」

 そういえば、梨々香はナル君霊感少年説、は否定しきれない、が持論だったね。

 普段なら、眉をしかめるところだけど、その時の私は、梨々香に同意してしまったんだ。

 ナル君なら、なんとかしてくれる?

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