第3話 プロローグその3 ナル君にお願い

 「寺田さんちに出前をすればいいの?」

 夜どきで忙しいのは分かっていたけど、店の隅にナル君に来てもらって、麻理恵にお寿司を届けて欲しい、と告げると、大きな目をぱちくりさせて、ナル君は言った。

 「由梨恵さん、戻ってきた?」

 表情を陰らせて、ナル君は聞く。当然由梨恵姉ちゃんの事件は、ナル君も知っていた。どうやら、お通夜の時のお膳を頼まれていたみたいだけど・・・


 「由梨恵姉ちゃんは明日帰ってくるからお通夜は明日だって。」

 私はそう言った。

 「麻理恵、落ち込んでて、なんも食べてないんだ。大好きなナル君がこれを食べな、って持ってってくれたらちょっとぐらい食べるかと思って。」

 大好きなナル君って、梨々香、ちょっとはオブラートに包めないかな?でも知ってた。あんたがそういう子だって。ジト目で梨々香を見る私に気づき、ナル君は苦笑する。

 「そりゃ、僕で役に立つならいくらでも配達するけどさ・・・」


 その時、カウンターの中から、大将がナル君を呼ぶ声が聞こえた。


 「おい、ナル。これを寺田さんちに配達してこい。ここで倒れちまったら由梨恵ちゃんに合わす顔がないぞ、と言って、無理矢理にでも食べてもらえ。」

 大量の寿司桶が用意される。あれだけあれば、お弟子さん達も食べる分があるかもしれない、けど・・・私たちはお財布をそっと確認した。

 「おいおい、これは俺からの差し入れだ。おじょーちゃん達が気を遣わんでも良いぞ。さぁ、ナル、さっさと届けてこい。それと、麻理恵ちゃんが食べるのを確認するまで、帰ってくんな。いいな。」

 大将は言うだけ言うと、カウンターに引っ込んだ。


 「ナル坊、さっさと行ってやんな。」

 店内の客からも声がかかる。

 ここにいる客の大半は、地元の人で、由梨恵姉ちゃんの事件を知っているようだ。みんな温かな目で、私やナル君を見守ってくれている。

 もちろん知らない人もたくさんいるけど、私たちや大将の話を耳を澄ませて聞いていたのだろう、同じように温かな線を向けてくれる。


 私と梨々香は大将に向かってお辞儀をした。

 そして、ナル君は、たくさんの寿司桶を器用に自転車の秤みたいなのに積んで、出発していった。

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