第2話 プロローグその2 吸血鬼連続殺人事件

 『・・・新たな犠牲者は、寺田由梨恵さん22歳。この春新社会人として就職し、新人研修後初の配置が発表されたばかり。希望の部署に配属され、それはそれは喜んでいたとのこと。それがこのように悲惨な死を迎えるなど、誰が予想していたでしょうか。このような悪魔のごとき殺人犯は、ちまたでささやかれるように、本当に吸血鬼なのかもしれません。この現代社会に突如現れた不可思議な存在。その新たな被害者、寺田さんも、今までの被害者同様、全身の血を抜かれ、ここ、住宅街のゴミ集積場に無造作に投げ捨てられていた、とのことです。』

 悲壮感溢れる演出でがなり立てる若い女のリポーター。

 警察の張った立ち入り禁止のロープを前に、静かな住宅地の一角でそこだけは異様な人数がカメラやマイク、照明なんかを持って、集まっている。

 リポーターからスタジオへとカメラが戻されると、やれ、本物の吸血鬼だとか、そんなものはいない、医療技術を持った異常者だ、とか、無駄にあれこれ討論している姿がかしましい。


 実際、妙な事件だった。

 私は、目の前で憔悴した表情をしつつ、オレンジジュースを飲む麻理恵を、同じくジュースを飲みながら、そっと見た。

 今、私は親友の麻理恵の部屋にいる。もう一人いるのは梨々香りりか

 私たちは小学校の頃からの親友で、今も同じ高校に通う高校2年生。

 麻理恵と私は同じクラスで、梨々香は違うクラスだけど、お弁当はいつもいっしょに食べている。

 そんな親友の私たちが一緒にいるのは、今まさにテレビでやってる事件のためだった。レポーターがうるさく言っている新たな被害者寺田由梨恵さん。彼女は麻理恵のお姉ちゃん。由梨恵姉ちゃんは社交的でとっても明るい人で、私たちもよく遊んでもらったり勉強を教えてもらったりした。麻理恵はどっちかっていうと引っ込み思案だけど、お姉ちゃんは真逆。でもとても仲が良かったんだ。


 麻理恵のお母さんはお茶の先生で、そのお父さん、つまり麻理恵のおじいさんはその流派では有名な人らしく、おばさんのお弟子さんはいっぱいいる。今、階下ではそんなお弟子さんとか、関係者の人とかの出入りがすごく、私たちは麻理恵のそばで静かに息を潜めてていた。お姉ちゃんのご遺体が帰ってた来たら、お通夜とかお葬式とかいろいろするためだ。


 お姉ちゃんのご遺体が発見されたのはゴールデンウィークが終わったその翌日5月6日の早朝だった。お姉ちゃんは某有名総合商社に今春入ったばかり。4月いっぱいは東京で新人研修を受けて、ゴールデンウィーク前に配属が決められた。そこで仲良くなった同期の人たちと打ち上げだ、と5月5日に出かけたんだって。

 今テレビでは、そこで仲良くなった人とか、学生時代の友達とか、そんな人たちが顔を隠してインタビューを受けている。

 「明るくて、優しい人でした。

 「みんなを引っ張ってくれる人でした

 「あんなに良い子がなぜ・・・

 ありきたりのコメントが無意味に流れていく。

 それを、お姉ちゃんのことを知りもしない人が、偉そうにコメントしている。

 麻理恵は、そんなテレビ画面を、何を思うのか、ぼんやりと見つめていた。


 お姉ちゃんのご遺体はまだ帰ってこない。

 警察でいろいろと調べている、らしい。

 今まで同様の事件が3件。お姉ちゃんで4人目の被害者になる。

 これまでは遠い世界の話してとして、学校でも面白おかしく話していた。

 だってそうでしょ。若い女の人ばかり、全身の血を抜かれて無造作に道ばたに放置されてるんだよ。本物の吸血鬼かも、とか、ばかばかしいことを喜んで主張する、そっち系の人たち。そんなものこの現代にいるわけないじゃん。漫画の読み過ぎだよ、と、他の人たちは言う。異常性愛者が血を集めているんだ、と。それもなんだか現実味がないんだけど、科学的、という迷信に真実味を見いだす人もいる。


 私たちだって、似たようなものだった。ああだこうだと、無邪気に推測しては、私たちも若い女だし怖いよねぇ、と怯えたふりをする。そんな風に事件を見ていたんだけど・・・


 むかつくことに、お姉ちゃんの一生が面白おかしく、テレビでさらされていた。この家の前にも多くの報道陣。お弟子さん達がいっぱい出入りししてるから、余計に面倒な人たちが張り付いてくる。私は直接の当事者ではないけど、なんだかむしゃくしゃしちゃう。当事者である麻理恵なんかはもっと・・・そう思うとまた麻理恵を盗み見してしまう。


 どれだけ時間がたったのか、その日も夜を迎えてしまった。

 そろそろ帰らなきゃ、と思っていると、おばさんが疲れた顔をしてやってきた。

 「芹那ちゃん梨々香ちゃん、ありがとね。今さっき警察の方から電話があって、明日お姉ちゃん帰ってくることになったわ。お通夜は明日お葬式があさって。お母さん達もに伝えてくれるかしら。」

 私と梨々香は頷いた。親たちからもちゃんと聞いておくように言われていたし、帰ったら伝えなきゃ、そう思って挨拶をしようと麻理恵を見た。ご遺体が帰ってくる。そう聞いて、現実感が押し寄せたのだろうか、麻理恵は黙ったまま涙を流していた。


 私はハッとして思わず梨々香を見た。梨々香の方もこっちを見ていて、思わず二人で手を握った。

 私たちは、おばさんと麻理恵に挨拶をして、麻理恵の家を出た。


 家から出た私たちを報道陣が近づこうとしたけど、お弟子さん達がそれを阻止してくれる。ああ、こういうことをしてくれるために、ここにいてくれたのね、そんな風に思いつつ、私たちはお礼を言いながら、そこから離れた。



 「何にも食べてなかったね。」

 しばらく無言だった私たちだけど、突然梨々香がそう口にした。

 そういえば、私たちは出してもらったカステラを食べたけど、麻理恵はジュースしか飲んでいない。お姉ちゃんが亡くなって1週間。麻理恵はほとんど何も食べてないんじゃないかな?もともと大人びていた細面の顔が、少しやつれてしまった気がする。清楚系美女、な感じの麻理恵だけど、今はちょっと疲れが顔に張り付いてしまっていた。

 「ナル君にお願いして、出前してもらおっか。」

 梨々香が言った。

 ああ、そうか。

 ナル君は、駅前商店街に昔からあるお寿司屋さんの住み込みの店員さん。もう3年ぐらい前かな、大将の昔世話になった人の息子さんで天涯孤独だから中学卒業後住み込みの店員として働くことになった、って聞いた。だからたぶん私たちより1つ上。もしかしたら2つ上かもしれない。でも来たときからあんまり変わらなくて、未だに中学生みたい。ちなみに私たち親友3人の初恋の人、でもある。

 ナル君は太陽みたいな人。いつもニコニコしていて、表情がコロコロ変わる。常連さんは、みんなナル君のことを自分の子供か孫みたいに可愛がっている。

 昔、ナル君は外人さん?と聞いたことがあった。髪はクルクル巻き毛の金髪で、どうやら天パーらしい。室内では茶色だけど、お日様を通すとキラキラしてて金の糸みたい。大きなぱっちりおめめは、漫画の目に星を描く意味を教えてくれた。

 そんな優しくてかわいくてきれいなナル君に、私たちは揃って一目惚れをした。


 「ナル君にお願いして出前してもらおっか。」

 梨々香の台詞は、このことを踏まえてのことだろう。

 大好きなナル君に、ちょっとでもご飯を食べて、って言ってもらったら、麻理恵もちょっとぐらい食べてくれるかも、と私も思う。

 抜け駆け禁止の親友ルールだけど、弱ってる麻理恵を復活させるには、親友として一肌脱ぐ敷かないよね。

 私は、梨々香の意図に気づいて、提案に賛成する。


 私たち二人の足は、商店街へと向けて急いだ。

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