ヴァンパイア狂奏曲
平行宇宙
第1話 プロローグその1 出会い
「ううをぁーーーーー!」
とある郊外の閑静な住宅街に、突如悲鳴が響いた。
ジャジャジャシャァァァーーーー
カラカラカラ・・・・
と、重なる軽い回転音。
5月の連休も終わり、数日。
晴天の人っ子一人いない住宅街のど真ん中。
この町はもともと山を切り開いたせいか、坂が多い。
道幅はなんとか車が対向できる程度で、中央線なんかはない。
その道に沿って、高い塀が並ぶ。
庭付き一戸建て。
規制のため、2階以上は建てられず、建坪率50パーセント。そんな住宅街のど真ん中。静寂を突き破る音の主に視線をあててみれば・・・
坂道を自転車で疾走する少年の姿・・・
自転車は業務用の大きなもの。ほとんど見ることのない荷台に秤のようなものを取り付けた自転車で、その秤に吊られた台には丸い大きな寿司桶が派手に揺られている。案の定、少年は『寿司政』と書かれた法被を、バタバタと羽ばたかせている。
そして、本来ペダルに置かれているはずの両足は、勢いよく回るペダルから外れ、大きく前に突きだし、また両の手はハンドルから外れ、自分の腕の前に組んで、いや、何かを包むように胸にかき抱いている。
そして、
「ううをぁーーーーー!」
ジャジャジャシャァァァーーーー
カラカラカラ・・・・
と、大きな音を響かせていたのだ。
坂の上から失踪する明らかにコントロールを失った自転車。
当然のこと、坂の終点、T字路となったその先の塀にぶつかるか、と思われたその瞬間、塀にぶつかれないと思ったのか、それともバランスがついに崩れたのか、T字路一歩手前の電柱に
ガラガラガッシャーン
見事突っ込み、オオコケしたのであった。
シャーーーーシャシャーーー
自転車は大破した。
大破した自転車のど真ん中にうずくまる少年。
足は曲がってしまったハンドルの上。
前輪は高く持ち上げられ、まだシャーシャーと回っている。
転けたときにはじき出された寿司桶からは盛大に中身がぶちまけられていた。
高く上がってしまった足のためくの字に折れ曲がった体を自転車の真ん中に置き、とっさのためか目を瞑ってしまった少年。しかし、その手はしっかりと同じ位置にそのまま。胸の前に何かを包んで咄嗟にかばったかのよう。
ただ空しく、前輪の回る音だけが響く。
「イタタタタ・・・」
しばらくして、少年は片目を開けつつ、そう呻いた。
ふと、少年は視線を感じて、そちらを向いた。
T字路を歩いてきたのだろうか。
学生服姿の少年が、少し眉をひそめるように、こちらを見ていた。
学生服姿の少年。
その違和感はなんだろう。
昼少し前のこんな時間に普通は学校にいるのでは?
それもある。
何より目を惹くのはその色の白さか。
そして、その白さをさらに強調するような真っ黒で腰まで伸ばされたストレートヘア。晴天の太陽の光を受け、黒光りしている。
切れ長の瞳。通った鼻梁。薄い、だけど異様に赤い唇。
その漆黒の髪と学生服のせいで、まるで闇から切り出したような、いや闇を切り取ったかのような印象を受ける。
しかし、その美しさはなんと表現すべきか。
まるで、人間でないような・・・
ハハハ、と、自転車の少年は心の中で笑った。
自分が思うことじゃない。そう、こんな自分が。
一方黒髪の少年。
頭上から聞こえる悲鳴を受けて、上方を見てみれば、足を突き出しハンドルも持たずに自転車で疾走してくる何か。
はじめ、人が乗ってるとは思わなかった。
薄茶の巻き毛が太陽に照らされ、乱反射してあまりに美しかったから。
思わず足を止め、その物体が迫り来るのを固唾をのんで見守った。
そして、
ガラガラガッシャーン
それは、オオコケをし、自転車の中央に身を沈めた。
なぜか目を話すことが出来ず、しばらく呻くその少年を見つめる。
「イタタタタ・・・」
自転車の少年はしばらくすると、そう呻いて片目を開けた。
しばらく見ていると、こっちに気づいたのか、自分を見て目を見開いた少年。仕事をするには少々年が若い気もするが、中学生に見えるその見た目よりも上なのだろうか。丸顔で、明らかに外国人の血が濃く入っているように見える。それともむしろ日本の血が入っていないのか。大きく見開かれたその瞳は髪よりもまだ薄い茶色で、くるりと大きく、その丸顔と巻き毛も手伝って、小動物のようだ。
そして・・・
なんだ、この違和感。
少年はしばらく、自転車の少年から目を離せないでいた。
そして、お互いに違和感を感じながら見つめ合う二人。
均衡を破ったのは自転車の少年だった。
突然、ニコッと笑ったのだ。
一瞬学生服の少年はビクッとなる。が、それを外に出すような無様なまねはしないが。
その、花が開くような屈託のない笑顔に、黒髪の少年は目を眇める。
「あの・・・大丈夫です。」
自分が、少年の心配をしてるとでも思ったのだろうか。
人なつこい笑顔で、もそもそと自転車から這い出しながら、少年は言った。
それでもまだ黙ったまま自分を見つめる少年に対して、寿司屋の法被を着たその少年はしばし首を傾げる。そして、はた、と思いつきました、と言った表情をするとまっすぐに学生服の少年に向き合った。
その少年は160センチあるだろうか。相手の学生服の少年は170センチ後半、180センチに届こうかという長身のため、少し見上げるような角度になってしまう。しかし、臆する様子もなく、屈託のない笑顔を満面に浮かべ、大事そうに膨らませた両の手を学生服の少年に向かってそうっと差し出した。
「こっちも無事です。」
さらに深い笑顔をその両手に向けて、視線を誘導すると、ゆっくりと合わせられた両手を親指から開いていく。
チュン
そこには、小首をかしげる茶色の小さな物体・・・雀の雛がきょとんとした顔で座り込んでいた。
なんだこれ?
学生服の少年はいぶかしげに、相手の少年に目線で問いかける。
「その上の小林さんちの木から落ちてくるところが丁度見えて、いやぁなんとか助けられて良かったよ。」
ハハハ、と少年は笑う。
目線をやった先を見るに、どうやら坂の上方にある家の庭から落ちていく雛を目にして、キャッチしたのだろうか。
見てからキャッチ、とは、なんていう反射神経。
しかし、と、学生服の少年は、地面の惨状に目をやった。
壊れて転けている自転車。大量に巻かれた寿司。
寿司屋の少年はその視線を追って、あちゃーと、目を手で覆った。わざわざ雀を片手に乗り移させて、目で覆うとは芸が細かい。ていうか、リアルであちゃーと目を覆う姿なんて初めて見たな、と、とりとめもなく少年は思った。
仕方ないなぁ。
寿司屋の少年は口の中でつぶやくと、法被のポケットに手を入れて、スマホを出した。片手で器用に電話をかけつつ、学生服の少年に軽く頭を下げ、自転車はそのままに、坂の上へと小走りに向かっていく。
途中で電話の相手が出たのだろう、なんか、頭をへこへこさせながら話しつつ、坂の上方へとたどり着く。庭の塀から数本の枝が出ている大きな木の下で、なんどもぺこぺこ頭を下げつつ電話は終了したようだ。
スマホを元のポケットに押し込むと、軽くジャンプして片手で塀の上を掴み、軽業のように体を塀の上へと持ち上げた。もう片方の手には大切そうに雛を抱いていたが、木の中に頭を突っ込むと、しばらくして木の中に入れた。
おそらく雛を元いた場所に戻したのだろう。
その様子を学生服の少年はじっと見ていたが、塀から坂の上へピョンと飛び降りた寿司屋の少年を見ると、踵を返した。
「あっちょっと・・・」
慌てて走って戻った寿司屋の少年。キョロキョロと周りをみるが、すでに学生服の少年は姿を消していた。
なんだったんだろうなぁ、手伝ってくれても良いのになぁ、などと独りごちながら、寿司屋の少年は、その惨状を一人片付けていった。
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