第4話 犯人は…?

次の日、千歳たちはDRSで会うと、他人に話を聞かれたくないということもあって、プライベートで利用できる空間へと来ていた。

そこは南国リゾートを思わせるビーチで、開放感あるバンガローの中、千歳とスミレはテーブルをはさんで向い合せに座っていた。

テーブルの上にはフルーツの盛り合わせや、搾りたてという設定のオレンジジュースが並んでいた。

スミレからもう少し詳しく話を聞くと、シロガネは会社を二日連続で無断欠勤していて、連絡も全く取れなかったそうだ。

そこで会社の人は大家さん立会いの下、一緒にシロガネの部屋へと入ったところ、亡くなっていたシロガネを発見した、ということだった。

スミレはそこまで話すと、テーブルの上から切られたパイナップルの一片を取ってパクリと食べた。

そして、オレンジジュースのグラスを手に取ると、言葉を続けた。

「それでさ、あたし思うんだけど、シロガネさんって殺されたんじゃないかな」

「は?」

再びの突然すぎる言葉に、千歳は昨日に続いてまたも一瞬言葉を失った。

「いやいやいやいや、どうしてそうなるの」

千歳のつっこみにも動じず、スミレはオレンジジュースを優雅に一口、口へと運んだ。

「これさぁ、警察の人にしつこく聞かれたんだけど。二日、いや今日からだと三日前か。三日前の夜10時ぐらいに誰か怪しい人を見たり、音を聞いたりしませんでしたか?って聞かれたの。はい、なぜでしょう?」

スミレはまるでクイズの答えでも促すように千歳へと手のひらを差し出した。

「うーん?死亡推定時刻ってやつ?」

千歳の答えにスミレは若干ドヤ顔風の顔を崩さない。

千歳は少し考えてみる。

――丸二日経ってるにしては妙に時刻がピンポイントか。とすると…。

「扉のロックの時間」

「そうそう、あたしもそう思った」

スミレはうんうんと頷いた。ツインテールが同じリズムで揺れる。

「でも待って。当然、マンションに防犯カメラはあるよね?そっちの時間ってことも…」

「それがさ、ちょうど三日前ぐらいにいたずらされてて、何も映ってなかったんだって」

「何それ」

「タイミング良すぎでしょ。絶対犯人の仕業だわ」

「犯人て」

可能性もなくないとも思ったが、少し論理が飛躍し過ぎじゃないかと千歳は思った。

「しかも!犯人の目星もついているのです!」

それでも自信満々にスミレは言い切った。

「おとといの夜、知らない外国人風のおじさんが、隣に住んでる男にDRSのデバイスを貸したんだが、知らないか?って訪ねてきたんだよ。怪しくない?怪しいよね?絶対犯人だよ」

「それは確かに怪しい」

口ではそう言ったが、千歳の中では何か引っかかる。

「でもそうなると、その人は三日前にシロガネさんを殺して、次の日に、のこのこ現場近くまで戻ってそんな記憶に残るようなことをしたってこと?ちょっと間抜け過ぎない?」

スミレはうーん、と唸る。

「それもそうかなあ。でも、お前が持ってるの知ってるぞ、みたいに言われてかなり怖かったんだけど」

「警察には、その怪しい人のこと言ったの?」

「もちろん言ったよ。同じ階の人の所には全員来てたみたい」

スミレの中では犯人はかなり確定しているようだ。

「そうだよ!動機はそのデバイス!どうしても取り返したかった」

「だいたい、隣なんだから物音とか聞こえなかったの?」

「その時間は起きてたけど、特に覚えはないなあ」

スミレは腕を組んで考えるポーズをしていた。

「やっぱり犯人なんていないんじゃあ…」

「じゃあ、動機はお金!シロガネさんが大金を稼いだことを知ってあんなひどい凶行を」

元々冗談っぽいノリがあったが、スミレはやけくそ気味になってきていた。

「シロガネさんがスミレのマンションに住んでることはどうやって知ったの?」

「んんー?」

「お金目当ての犯行だとすると、それを知っていた人物…」

冗談とわかるよう多少大げさに演技がかって千歳は言った。

それを受けてスミレものってくる。

「つまりー、犯人はー」

「スミレ!」

少し間をおいて二人は吹き出した。

緊張もあったのが逆に働いたのか、くだらないことで笑いが止まらない。

あはははと部屋の中に笑いの声が響いた。




スミレと別れた後、千歳は現実へと戻っていた。

――まあ、現実的に考えて推測だけで真相はわからないよね。

千歳は先ほどまでのスミレとのやり取りを思い出していた。

だいたいシロガネが殺されたということ自体妄想に近い。

二人がわかることなら、組織で制限なく捜査している警察がわからないはずがない。

それでも少し気になって、千歳はインターネットで事件のことを調べてみることにした。

犯罪性がなかった場合、情報自体あるかどうかもわからないと思ったが、予想に反して、シロガネのことは一部で話題になっていた。

すでにリアルバウトが公式にコメントを出しており、シロガネが亡くなったことは公のことになっていた。

それを受けてかメディアによる記事も見つけることができた。

人気VR競技のチャンピオン死亡、という見出しの短い記事だった。

『20日夜、都内マンションの一室で、この部屋の住人とみられる男性(38)が亡くなっているのが発見された。男性は人気VR競技の選手として活躍しており、ネットでは男性の死を悼むコメントも発表された。男性に目立った外傷はなく、警察は病死の可能性も含めて捜査している』

スミレの主張を裏付けるようなものは何も見つからなかった。

まあそうだよねと思う。ニュースで病死と書かれているなら、ほぼそれで決まったということなのだろう。

一応千歳はその記事を記録しておいた。




「グレネード!」

カレンの声が通信で入った。千歳はすぐさま引く。

ドォンとすぐ目の前で大きな爆発音がする。

そのまま後ろのすぐ近くの建物まで後退した。

今日は千歳、スミレ、カレン、にゃん、の四人でDRS内のチーム戦バトルロイヤルゲームをしていた。

「完全に鉢合わせしちゃったね」

カレンはウェーブがかった金髪にサファイアのような瞳、体が白くて小っちゃくて、今持っている小銃が完全に浮いている。

「回復するねー」

にゃんは対照的に切りそろえられた黒髪をしていていた。

建物の窓から容赦なく、光速じゃないビームの弾が飛び込んでくる。

「詰めてきたよ。多分後ろの岩に二人、手前のに一人」

スミレは撃ち返しつつ窓からちらちらと素早く確認して言った。

「回り込んでみるから応戦お願い」

千歳は裏の扉へ走る。

建物をでて、その周りの壁を伝っていき、敵の姿を確認する。

――いた。

何とか射線が通りそうだ。

千歳は集中を高める。

敵の一人が撃とうと身を乗り出すのに合わせて引き金を引いた。

最初の弾でヘッドショットを決める。

そのまま続けて何発か撃ち込むと敵は光の粒となって消えた。

仲間が一人やられて、残った二人のうち一人がこちらへ撃ち込んできたので千歳は身を隠す。

「サクラちゃんナイスー」

通信からは、にゃんのおっとりした声が聞こえた。

「あたしたちも出るよ」

「オッケー」

千歳は注意を引くために、敵がいるあたりに牽制射撃をする。

「もう一人倒した!」

しばらくすると、カレンの声が聞こえた。

「残りは一人っぽいね。三人パーティだったのかな」

スミレがそう言った時、千歳のさらに後ろから大量の弾が飛んできた。

「別パーティだ!挟まれた!」




「ふー、あれはしょうがないね」

にゃんがため息交じりに話した。

挟み撃ちにあって、あのままあっけなく負けて漁夫の利を取られてしまった。

疲労は感じない設定だったが、頭を休めるという名目で、連続してゲームをやることはできないことになっている。

四人はゲームサーバーのロビーで休憩していた。

「あ、そうだ。そういえばスミレに見せようと思ってたんだ」

千歳はDRSへ転送しておいた例の記事の記録を、メニューから操作して宙に浮かんだ画面へ表示させると、それを公開設定にしてスミレへ投げた。

投げられた画面をスミレは上手くキャッチする。

スミレは黙って画面を読み始めた。

「というわけで病気かなんかが原因みたいだね」

千歳は記事の内容を反復するように言った。

「なになに?何の話?」

「あー、リアルバウトって知ってる?そのチャンピオンの――」

「え!?ちょっと待って…」

割って入ってきたカレンに千歳が当たり障りなく説明しようとした時、まだ画面を見ていたスミレの声、その心から戸惑ったような声色に途中で遮られた。

「どうしたの?」

「この人だよ、間違いない」

そう言って、スミレは画面を指差している。

なんだろうと思って、千歳はスミレが指差している場所を確認する。

それはシロガネの短い記事のすぐ下に、関連記事として表示されていた記事の写真だった。

『DRS社創業者の一人、億万長者ホブス氏極秘来日』

それはゴシップのような記事だったが、19日、空港に到着するホブス氏と題された、隠し撮りしたような写真も載っていた。

「このお金持ち?」

「違うよ!この取り巻き。SPっていうの?訪ねてきたおじさん、絶対この人!」

「え!?シロガネさんの話の?」

こくりとスミレは頷く。

――どういうこと?こんな大物の関係者が?

千歳はまだ考えがまとまらないが、猛烈に嫌な予感がした。

そして、おぼろげながら、ある考えが脳裏に浮かぶ。

――もしかして。

「ごめん、二人とも。ゲームはまた今度。スミレ、行こう」

千歳はまだ戸惑ってるスミレの耳元で囁く。

「シロガネさんの秘密がわかったかも。ログアウトしたらすぐスミレのマンションに行くよ」

そのままスミレにログアウトするよう促し、千歳自身もログアウトした。

「なんなの?」

「うーん?」

残されたカレンとにゃんは二人して首をかしげていた。

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