第3話

……ドンドンドン。

 誰かがドアを叩く音がする。

 その音で僕は目を覚ました。

 一瞬、自分がどこにいるか分からずとまどった。

 次第に意識ははっきりとした。ここが増田氏の屋敷だと気付いた。

 僕は起き上がって、ドアに行った。

「誰?」

「小山君!一緒に来て!大変なことが起こったの!」

 大塚だった。声の様子からただ事じゃない。

「どうしたの?大塚さん」

 僕は慌ててドアを開けた。

 大塚は部屋着の青いスウェットを着ていた。

「一体何が……」

 僕が言い終える前に、大塚は僕の腕を取ってドンドン歩いていった。

「お、おい。大塚さん」 

 廊下は大塚が点けたのか、電気がついていた。

 大きな窓から見える、外の景色は真っ暗だった。

 時計は見てないが、もう多分真夜中なのだろう。

 東側にある、1階への階段を降りていった。

 大塚が僕を連れていったのは、増田氏の書斎だった。

「お、おい。ここ書斎じゃないか。ここには絶対入らないよう増田さんに言われていただろ」

 だが僕の言葉などきかず、大塚はドアを開けた。

「あっ」

 中に入った瞬間、僕は声を上げた。

 ブラウンの床の上。そこに増田氏が仰向けで倒れていたのだ。

 顔は青白かった。

 増田氏は、白いバスローブを身にまとっていた。

 胸にはナイフが刺さっていた。

 そこから赤い血が溜まっていた。

 ピクリとも動かない。

 死んでいる。

 間違いない。

「なあ、どうしたんだよ、これ!?」

 僕は混乱して、さらに大きな声をだした。

「分かんないわよ、私も!」

 大塚はイライラしながら言った。

「お風呂に入ろうと1階まで来たら、増田さんの書斎から明かりが漏れていたのよ。挨拶しようと部屋の中を見たら増田さんが……」

 大塚は取り乱していた。

 無理もないだろう。

 僕はすぐに警察を呼ぼうとした。

 だが携帯は部屋に置いてあった。

 幸い書斎には、電話が引いてあった。旧式の黒電話だ。

 僕は受話器を持った。

「待って!」

 何故か大塚が僕を止めた。

「なに?もう警察に連絡したの?」

「ううん」

 大塚は首を振った。

「犯人がまだそこらにいるかもしれないじゃないか。早く警察に知らせないと」

「犯人は……」と大塚が渇いた声で言った。

「犯人は誰だと思う?」

 大塚に言われてはっとした。

「えっ?」

「状況から見て、他殺なのは間違いないよね。でも部屋をよく見て。荒らされた形跡もないし、争った形跡もない」

 僕は書斎を見回してみた。

 確かに大塚の言う通りだった。

「ここは陸の孤島みたいな場所よ。私達だって車が故障していなければ来たりしていないわ」

「そう……だね」

「……ということは、犯人は今この屋敷にいる誰かということになる」

「この屋敷にいる誰か……」

「そう。つまり私達3人の誰か、ね」

「だから小山君。私は君を呼んだのよ」

「どうして僕を?」

「あなた犯人じゃないでしょ?」

「あ、ああ」

 自分で言うのも変だが、臆病な僕にこんな真似できない。

 それに増田氏を殺害しなければならない理由なんてない。

「念のために聞くけど、大塚さん……でもないよね?」

「違うわよ」 

 大塚がムッとして言った。

「なんで私が見ず知らずのおじいさんを殺さないといけないのよ」

「い……一応聞いただけだよ」

 僕ら2人が犯人でないのなら。

 今、この屋敷にいるのは後1人だけだ。

 高山。

 高山が犯人ということになる。

 大塚も同じ考えだった。うなずいた後言った。

「そう。高山君よ」

「しかし高山が……そんなことするかな?」

 僕にはそれが引っかかった。

 温和な性格だった。暴力的なところは見られなかった。

 しかし2人が犯人でないなら、残るのは高山だけだ。

「じゃあ、なおさら早く警察を呼ばないと」

「逆よ」

「逆?」

「そうよ。高山君が犯人だとして、何故彼がここで犯行に及んだと思う?自分が犯人だと一番疑われかねない場所で」

「それは……分からないよ。特に理由があったわけじゃなく、衝動的な犯行だったのかもしれないよ」

「だから今の高山君の状態が怖いのよ。警察に連絡したと分かったら、彼がどんな行動に出るか分からないわ」

 大塚は怯えながら僕の腕にしがみついてきた。

「ねえ小杉君。私ここから無事に帰りたいの。今、変に高山君を刺激したくないのよ。だから警察に連絡するのは待って」

 柔らかい胸が腕に当たった。

「わ、分かったよ。警察に連絡するのは後にするよ」

 大塚の勢いに押された。

 それに友達として、高山の話を聞いてやりたかった。

 増田氏の黒い机。

 その上には半円形の置時計があった。

 時刻は3時を回っていた。

「とにかく高山に会う必要があるな」

「会うの?怖いわ……」

「大丈夫だよ。何か理由があったなら、話して説得すれば自首してくれるはずさ。あいつが僕達に危害を加えるわけないだろ?」

「う……うん」

 僕達は高山の部屋に行くために階段を上った。

 部屋の前にきた。

 僕はふう……と一回大きく深呼吸した。

 さっき口ではああ言ったが、実際に人を殺しているかもしれない男に会うというのは正直怖い。

 ドンドン。

 僕は高山の部屋をノックした。

 だが返事はなかった。

 僕はもう一度ノックした。

「高山。いるか?」

 僕はドアノブを回した。鍵はかかっていなかった。

 僕達は部屋に入った。

 中には誰もいなかった。

 ベッドはきちんと整えられていた。

 高山の黒いナップサックはベッドの上に置かれていた。

「いないね……」と大塚が言った。

「あいつ一体どこに?」

 高山だけが消えてしまった。

 僕らは高山を探して、屋敷中を歩いた。

 だがどこにも高山の姿は見つからなかった。

 疲れと喉が渇いたので、食堂で休むことにした。

 僕らはテーブルに向かい合わせに座った。

 増田氏はウイスキー党のようだった。壁の棚、上半分にはまるでバーのようにウイスキーの瓶が並んでいた。 

 棚の横に冷蔵庫があった。 

 大塚が冷蔵庫を開けた。 

 冷蔵庫には、2週間は過ごせる程の豊富な食料があった。

 大塚が2人分のアイスコーヒーを入れてくれた。

「どうぞ」

「ありがと」

 それを一息で飲んだ。冷たくて美味しい。

「ふう……」

 増田氏の遺体。

 そしていなくなった高山。

 重すぎる2つの事実に、僕はグッタリと疲れた。

 大塚もうつむいたままだ。

「ねえ」と僕は言った。

「高山が犯人かは分からない。でも何か事件に関わっているのは確かだよ。でなければもう見つかっているはずだ。隠れている理由がない」

「そうね……」

「もうこれ以上黙っておけないよ。警察に連絡しよう」

「……分かったわ」

 今度は大塚も反対しなかった。

 食堂には書斎にあったのと同じ黒電話があった。

 僕がかけようか?と言うと、大塚は自分でかけると言った。

 なので大塚に任せることにした。

 大塚が電話をかけにいった。

「あ、もしもし。警察ですか?実は……」

 大塚は事前に確認しておいた住所を告げた。

「連絡したわ。明け方にはこられるだろうって」

「そうか」



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