第2話 育ち盛りの幼馴染は自己承認出来ない


2022年7月6日 11:50分頃。


都内有数の学校で、私と友達の何気ない会話は続いていく。


教室で繰り広げられる和気藹々の会話が睡眠導入剤になって、ふと気を抜いた瞬間に眠気が襲ってきた。


「でさー、マッマってばまーーた騙されちゃってさ、バイヤーに高いプラスチックの壷買わされちゃったわけ。クーリングオフ制度なんて無いって言われたのよ。この時代に押し売りなんてまだ生き残ってたのかーってフィーリングちょーヤバイでしょ。バイヤーバイーでしょ」


金髪黒ギャルの体現者。歩くビッチ。友達A。


「えーなにそれやばい、ウケるんですけど」


ヤバいとウケるとジーマーで会話の半分が成立しているヤバい娘。友達B。


「大体一人娘を支えてる大事な母親とっ捕まえてなにさらしとんじゃって話。金返して貰いにいくついでにそのお金でパーッと遊びに行く計画立ててる。一人で」


「大事な母親の金を出汁にする一人娘マジウケる。ジーマー!?ちょちょいちょいまち悪徳ヤバー」


「ケータイ弄りながらもしっかり返してくれんのあんただけだよもー好き!毛先で撫でちゃる!こい!」


「もふふ……これが時価総額5万の毛髪…………心地よい。あと男子共の目が痛い」


「ちょっと華凪ん、話聞いてんのー」


あ、話振られた。


「ん…………」


まぶし。


「なんかやな夢見てた……」


「どんな夢?」


「あんたが金貰ったあと買ったツボで業者さんの頭かち割る夢〜〜〜」


「まじウケ〜〜〜〜〜!!!!ギャハハッハハ!!!」


「がっつり聞いてんじゃん」


下品な女の子たち。私の友達。

濃いピンクのリップと魔女みたいなネイルが特徴な女子が友達A。お淑やかな風貌をしてるけど中身はおっさんな友達B。

この子達の鬱々とした顔を探すのは遊園地で死体を探すより難しいと思う。いつもハイテンションで足も手も口も止まらない。


「んで今日20オーバーの兄やんたちと食事会すんだけどさー、華凪んどうさ?」


「1919191931511411419191939」


「喋るの面倒だからってスマホで返事してるよこいつ……」


「しかも短絡的すぎウケる」


「じゃー6限後太丸ビル前で!」


「いいオトコいても恨みっこ無しな!」


「ほけまーる」


今日の晩御飯をぼーっと考えながら、五限の歴史という授業を近現代ネイルの授業へと早変わりさせる2人を後目に意識を宙に浮かせる。


「ちなみにエロで釣るのは無しな!」


「あ、外堀埋められてた」


「ばかうけ〜〜〜」


あふぁあ、、伊勢海老のバター醤油仕立てにしよ。


「ねぇ、聞いた?」

「ん?」

「最近不降道を登った神社の近くで幽霊出るんだって!それも女子高生の!」

「聞いてない聞いてない聞かなかったことにする」

「そういわずにさ!」


もう一眠りしよ。


・・・・・・・・・・・・


2022年7月6日 12:20分頃。


体育の授業の始まりに向かう途中で、意気揚々とした女子たちが振り向きざまに声を掛けてくる。


「華凪っお前ツジセンのカツラ焼却炉に入れて燃やしたんだって!?」


あっ私が間違えて捨てちゃったやつな気がする。多分それか。いやあれはわかんないし許されていいでしょ。


「やってくれたぜこいつ〜〜〜俺らじゃ悪意マシマシであいつに恨み買ってっし停学もんだったからマジで感謝してるぜ!あざ!」


「あっう〜ん」


掃除してたら左端のロッカー付近に転がってたし、捨てても文句言われない……よね。おっけいおっけい。


「今度学食奢るわ!」


「サイドコーンスープBランチでよろ〜」


あー、

つまんないな。

なにか面白いこと、ないかな。


「あつ…………」


みんみんぜみさんとつくつくほーしさんの到来は、夏真っ盛りなみんなの心を燃え上がらせ呼吸を乱れさせ迸る欲望を猛らせる。

人と人の繋がりは興味深い。数多くのドラマが花弁のように生まれては散っていくその有り様に、憧憬めいたものを感じる。

なのに……


ホームルーム後。居残り面談。


16時24分。


「我甘さんあなた、夢とか将来やりたいことはないの?お友達は皆進路を決め始めている頃よ』」


『あ〜……私、カレシいるんで』


私、我甘華凪ちゃんにホントの意味での友達は多分いない。


友達AもBもCも他人。どこか遠い世界の話として耳をそばだて、話しかけられときの対応を思案するだけ。本名すら覚えてない。

無駄に記憶能力の高い頭は、いらない記憶を処分したがる。不便だ。


「所有物って……奴隷じゃないのよ。もっと自己認識を強く持って。依存するのが悪いとは言わないけど、もう少し自分を大切にね。貴方はかけがえのない一人の女の子なんだから。」


ご紹介が遅れました。


不精、私、名前を我甘華凪と言います。


所謂ハイパー盛り盛り美少女です。


ふわり、肩の辺りで癖のついた長髪の毛がトレンドマークの女子高生をやっています。背はゴリラの雌の平均身長くらい。


「(説教って、どうにも非生産的だなー)」


かけがえのない一人の女の子に、次は「お母さんから貰った命なんだから」と、説くのでしょうと推測してる。


「お母さんから貰った、大切な命なのよ」


ちなみにこれ、「お父さん」になることはめったにないよね。刑事さんの取り調べでも然り。取り調べられたことないケド。


適正時に適応する言葉を吐き、あたかも疑似体験したかのようにエンゲージワード「わかります」を取り出そうとしてくる経験豊富な先生は、ありとあらゆる手管で私を篭絡しようと話を畳み掛ける。


んにゃー

つまらないな。


……………………………………


「かくかくじかじかで、こんな老体とは違ってあなたの未来は希望に満ち溢れているのよ。ほら、目を瞑って少し考えてみなさい。振り返って、楽しかったことや嬉しかったことを思い出して」


言われた通りに目を閉じる。浮かんでくるのは、オレンジ色の朝焼け。東から漏れ出る光。洗濯機の回る音。誰もいない部屋。


「あ…………」


「ふふ。見つけたでしょう?貴方のやりたいこと。自分を見つめ直してみると案外光明があちらからやって来てくれるものよ。まだまだ待つから、しっかり考えて進路希望票を提出なさい」


「忘れて、ました」


「思い出せただけでもあなたの大切な一歩よ。忘れないようにね」

……


思い出した。

洗濯物、取り込み忘れてるじゃん。





16時半。帰り道。



『俺とーーーーーーでくれないか』


太陽が西の空に傾いて、私の背中も傾きつつ家路に着く途中、3年前の記憶が蘇る。


蘇って、泡みたいに弾けて消えた。


「あ…………来週も帰って来れないんだ。ん。うん。仕方ない。ヒロ君は引っ張りだこだからなー」


高鳶ヒロ。遠くに行ったヒーロー。カレシ。


ずっと想い続け、故にずっと追いつけない私の神様。


先祖は呂律を輪廻の如く回して経済を統治した博愛主義のイケイケ白人であることは間違いなく、先先祖はマンモスの上で玉座に座って足を組んで一息で全ての民を魅了した戦闘民族の長だ。


海外に留学していて、飛び級でりょうしりきがく?を専攻しているカレの所在は1ヶ月に1度会えれば運がいい方で。


「また、ぼっちかー」


坂道を降りつつ、群衆の消えた街並みを山上から見下ろす。誰もいないことを十二分に確認して、一呼吸。


「はーためくわーたしっのっおうじっさまー」


晴れ渡った青空に手を伸ばして、悠遠に広がる解読不明の気持ちに思いを馳せる。

いつも口ずさんでいたリズムで、童謡を唄う。


言葉は空気に包み込まれて消えていく。


この際限なく広がる空も。

眼下に映る、街を囲む大海原も。

認識とともに、今生きている。


「ぜーったーいはーいるー(賛美礼拝)」


青を基調とし、春うららと名付けられたコオロギ色の街は、今日も星の祝福を刻んでいる。


「ひーろーさまー」


高鳶ヒロは私の構成要素のうち90パーセントを占める。

この空が赤一色に見えて、大いなる天蓋を睨み付ける私が、この世界で生きていられる意味。


これはそんな現実の話。油性で取り返しのつかない世界の物語だ。私は彼の腕の中で生まれ直した。

コオロギ色の街は今日もあざなえる征服を刻み込む。


けれど、そんな私は、なら、




一体、誰?




春麗町は、今日も暮れていく。


光が薄くなってきて、錐体細胞の働きが低下してぼやけた視界をぼーっと眺めている。


高鳶ヒロは、きっと私みたいに遊び歩いてなくて、心の中も一直線で淀みのない真水の川の流れみたいなオトコノコ。


そんな彼が私を見てくれるように頑張った。


スカートの丈は短くして、胸元のボタンは二個外して、暑くなくても風通しを良くした。会う前は一度シャワーを浴びてから学校帰りを装って帰路に相伴する。


お弁当は好きなものをリサーチしてみた。


ぜんぶせーんぶ、ヒロに見てもらうための計算し尽くされた某略。なのに全然帰ってきてくれないなんて。


なんだか…………


覚悟もないのに私だけ先走っちゃってるみたいで


みっともなくないかな。


きっとヒロが目を向けてくれるのは、彼に盲目的なまでの従属を誓った私じゃないのかもしれない。


3年前のあの日、彼の目に映った、火事場の大馬鹿者だったわたしーーーヒロに抱きしめて欲しい一心で勉強して、必死こいて家事も覚えてメイクもして、それでも彼の隣に見合う自分を演出するので精一杯だった。


その時分は輝いてた気がする。今は衆目認める美少女なんて、肩書きが聞いて呆れる体たらく。


麗らかな時は終わり、逢魔の時は灰色の空に覆われて、ふと空を見上げたら雨がそっと降り出した。


止まない雨はない。そう誰かが言っていた。傘をさして歩くか、傘を分け合える誰かがいればいい。そう言ってた。


嘘じゃん。


私に傘を差す自分が可愛いんじゃん。

付属物じゃないんだよ。私の価値なんてどこにもないんだよ。くそ。くそだ。誰か私を求めてくれないかな。私を傘にしてくれないかな。


自分を顧みずに、ただ隣にいて、比翼になってくれないかな。


「ーーーさん!」


ん?

何か、自分の名前のようなものが聞こえた、ような。


「ーーーなに」


「えっとーーー」


振り向くとそこにいたのは、ヒロ君とは比較にならない暗がりが似合う子で、慌てた表情でパッとしない事を言いそうだ。


傘は持ってない。

雨宿り狙い?それとも成功体験譲りのナンパ?



「死ぬのはもったいないよ!捨てるならその身体だけでいいから僕にくれないか!!!絶対有効活用するから!約束するよ!」


…………あ。


常軌を逸した斜め上のストレートが直角で心臓抉りに来た。


「いや、えっでもそんな舐め回したいとか変態チックな欲求がある訳ではなくて絶対にありのままの自分をきちんと見せてくれればそれはそれでいいしそもそも誰だよお前ってハナシでよければパッションフラワーでも煎じて入れましょうかああ死ぬよかマシかなってだはははははー!!!!!」


この子、最高に、狂ってる。


「いいよ。じゃーーーお話をはじめよっか」


間髪入れずブラウスのボタンを外しながら手を引いて、私達は高架下へと二人潜り込んだ。




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