第四十八話 心の拍動
グレードの上がった部屋での会話の最中、宿の従業員が部屋へとやって来た。従業員の手によって運ばれてきたのはティーカップとティーポット。お茶菓子などは見当たらないが、水とコップも一緒に運ばれてきている。
「なに? ティータイム?」
配膳されたティーポットとティーカップ。ティーカップが人数分あったため、彼女は手早くカップにお茶を注いでいく。お茶は紅茶ではなくグリーンティーで、色合い的にちょっと不釣り合いのような気がしなくもなかった。
「手慣れてる?」
「まぁね、ティータイムはいつも注ぐ係だったし」
ローナが学生時代、学校で一緒にいた派閥の面々を考えれば自然とそうなるのだろう。召使いや使用人のような日々だったことが想像に難くない。
「はい、準備オッケー。みんな飲んでよ」
そう言ってローナはいの一番にカップを手にしてお茶を一口飲んだ。
「・・・にっっっっっがぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
叫声と共に急いで水をコップに注ぐ。そして一気に水を飲み干す。しかし苦さが消えないのか、水を二杯三杯と止め処なく飲み続ける。
「はぁ・・・はぁ・・・なに・・・これ・・・」
お茶を飲んだだけとは思えない疲労感。それが傍目にも伝わってくる。
「クロレリア茶だ。しかもできるだけ苦味が強いのを頼んだ」
「こ、こんなの・・・誰が飲むかーっ!」
ローナの怒声。それほどまでの苦さなのかと、怖さ半分好奇心半分でカップに残るお茶を少しだけ口に含んでみた。その瞬間、農が直感で服毒死を想像した。
「うぉぉぉぉぉ・・・・・」
言葉にならず、急いで水を飲んで口の中を洗い流す。しかし簡単に苦味が洗い流されてはくれず、コップに二杯三杯と水を注いでは飲み干してしまう。
「これは・・・人間の飲むものじゃない・・・」
たった一口で生命の危機を感じるほどの苦味。薬と言われて処方されても飲むのを拒むだろう。それほどの苦味だった。
「毒! これ絶対毒だよ!」
寸分違わずローナの意見と一緒だった。
「モニカ。起きろ」
「ん・・・」
熟睡モードだったモニカがベルリオの手で起こされる。
「ほら、飲め」
「うん・・・」
寝惚け眼のモニカは促されるままクロレリア茶の入ったティーカップを手に取る。そして躊躇うことなく口をつけた。
寝起きにこんなものを飲ませるなど、ベルリオは一対どんな神経をしているのか。おそらく今はローナと全く同じことを思っていただろう。
「・・・ふぅ」
しかしモニカはクロレリア茶を一気に飲み干した。表情は相変わらず変化はなく、まるでタダの水を飲んだかのように涼しい顔をしていた。
「え、えぇ?」
さすがに戸惑った。毒としか思えない苦いクロレリア茶。それを平気で一気に飲み干す年下の女の子。自分たちのリアクションが大げさだったのかと思ってしまうほどだ。
「おかわりはいるか?」
「・・・いらない」
「喉渇いてないのか?」
「・・・まずい」
モニカはそう言うとまた転がって眠りにつく。水で口の中を洗い流そうともせず、そのまま眠ろうとするのが信じられなかった。
「ちょっと前進、か」
「前進?」
クロレリア茶葉を求めてこの島にやって来たベルリオ。モニカにクロレリア茶を飲ませたのにもどうやら何か理由がありそうだった。
「こいつは小さい頃に色々あってな。食うか寝るか以外に一切関心が無くなったって言えばいいのか、心が無くなってしまったって言えばいいのか。とりあえず感情が希薄になっていてな。日々色々なことに触れたりする中で少しずつ普通の感覚を取り戻していけている気はしているんだ」
「じゃあクロレリア茶は?」
「さっきおかわりを拒否した理由が『まずい』だっただろ。だから前進なんだよ」
ベルリオとモニカ。二人にもここに至るまでの事情がある。その事情にどこまで首を突っ込んでいいのかわからないため、これ以上余計な詮索はしなかった。
確かに感情が希薄なモニカだが、この子は漫画にも興味を示していた。海賊の侵攻を受けたときにも自分から戦う意思を示した。今回のおかわりの拒否も含め、ベルリオには一定の手応えのようなものがあったのかもしれない。
おそらくモニカとはもう長く一緒にはいないだろうが、次に会ったときには彼女の喜怒哀楽が表情に表れるのを見られるかもしれない。なんとなくそう思った。
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