第四十六話 海中探索
ベルリオにモニカ、それに島民達が何をしているのかと見ている中、具現化装置と原稿の用意が終わる。
「よし、これでいい」
原稿が白紙に戻ってしまうのは何度経験しても躊躇われる。しかし船と一緒に海に沈んでしまった落とし物を見つけるのは難しい。もしかすると海流の具合によれば危険かもしれない。それに島民達も参加するようでは、この島の被害の把握と回復が後手に回ってしまう。そういうことを考えれば一つの原稿が白紙になる代わりに、人の役に立つことができるという考え方もできる。
躊躇してしまう感情は捨てきれないが、人の役に立つためと自分に言い聞かせて、思い切って具現化装置のスイッチを入れた。
スイッチがオンになると同時に現れたのは、褐色肌が美しい女性。しかしただの女性ではない。腰から下が魚類のようになっている、いわゆる人魚が現れた。
「また・・・でっかい・・・」
具現化したキャラに対して、何故かローナはまたしても難しそうな顔をしながら独り言を呟いていた。
「はぁい、主君。スプラお姉さんに何の用かしら?」
波止場に腰掛ける人魚のスプラ。打ち寄せる波に魚の部分の下半身が濡れる。
「あそこに沈んでいる船だけど、これくらいの大きさの宝石みたいな結晶が一緒に沈んでいるはずなんだ。それを探して持ってきて欲しい」
「捜し物? いいわよ。少し待っていなさい」
振り返る勢いのまま、スプラは海へ飛び込む。そのまま海に潜っていき、そこから一切息継ぎ無しで潜り続けた。そして二分足らず、水面に顔を覗かせ波止場に登って優雅に彼女は腰掛けた。
「これでいいかしら?」
キラキラと光る握り拳大の宝石のような結晶。それを見た瞬間、モニカが飛びついてくるかのように駆け寄ってきた。
「ふふっ、可愛いわね。もう無くしちゃダメよ」
スプラが結晶をモニカの手に握らせる。そしてモニカの頭を優しくポンポンと撫でる。面倒見の良いお姉さんと、懐いている妹のようだ。
「一仕事終わったのはいいのだけれど、お姉さんはもっと主君とおしゃべりできる時間が欲しかったわ」
スプラの姿が少しずつ薄くなっていく。具現化していた時間の内のほとんどが探索をしていた。せっかく原稿を描いて具現化した。確かにもう少し話したりする時間がある方が望ましかった。
「ごめん・・・でも、また描くよ」
「そう? なら、次の機会に期待しているわね」
スプラはそう言って最期に笑顔を見せ、最初からいなかったかのようにその姿を完全に消してしまった。波止場に彼女が腰掛けていた跡として、濡れている箇所が残っている。それを見るとなんとも言えない寂しさがこみ上げてきた。
「・・・今のは何だ?」
状況が整理できていないのか、ベルリオが珍しく困惑しているようだ。
「今のは具現化。作った作品を現実のものとして具現化できるんだ。数分の間だけだけどね」
そんなことが出来るのか、と新しいことを学んだ子供のようにベルリオは頷いていた。
「なるほど、これはいい発見だ。はるばるやってきた甲斐がありそうだな」
ベルリオとモニカの目的は結晶化されてしまった人間を元に戻す方法を探すこと。見たことのない技術を目の当たりにして、遠出をしてきた先に解決策がありそうだと思う期待値が上がったのかもしれない。クールな彼にしては珍しく表情が緩んでいた。
「もう一回」
モニカが希望するが、具現化装置から白紙となった原稿を取り出して見せる。
「ごめんよ。それはちょっと無理かな」
白紙となってしまった原稿。また描けばいいが、クオリティが低ければクオリティが低い状態でしか具現化できない。高いクオリティのものを作り上げるには時間も手間もかかる。この具現化できる数分が、その手間暇の時間に見合っているのかどうかは悩みどころだ。
「・・・お礼が言えなかった」
結晶を手にしているモニカ。無表情ながらしょげているように見える。
「また会える?」
「そうだな。次に会うときまでにまた描いておくよ」
そう言うとどことなく元気を取り戻したようにも見える。そんな様子の変化を見ていると、たった数分だが意味はあったのだと思えてくる。具現化したキャラにも存在理由がしっかりとあり、人に影響を与えているのがわかると感慨深いものがあった。
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