第四十一話 クロレリア島の防衛力

 さっきまでのくつろいでいた雰囲気は銃声によって一瞬にして消え去った。

「海賊? 本当に?」

「なんとも言えないが、大ハズレって事はないだろうな」

 窓からうかがい知ることができる情報は限られている。遠くに聞こえる音と、彼らの持つ長年の勘が拾った違和感だけだ。それでは事態の全容を把握することなどできない。

「あ、あそこっ! 燃えてる!」

 窓から見える景色。それは離島ののどかな田舎町の夜ではなく、戦火が迫る非日常だ。燃える家屋の炎に照らされて、人が逃げ惑う様子が見える。幸いこの宿は炎が上がった場所からは離れているため、まだ被害らしい被害はない。しかし事の発端が海賊だとするなら、ここもいずれ危機が迫るだろう。

「この島の自衛能力じゃ太刀打ちできなさそうだな」

 国という線引きを失った世界。当然大きな軍事力も世界から消え去った。そのおかげで戦争は無くなったかもしれない。しかし一方で平穏を守る防衛力も大きく失われた。町単位の防衛では大規模な襲撃には耐えられない。海賊や山賊など、ならず者達が大挙して押し寄せてきた場合、田舎の小さな町や離島などでは対応仕切れない。

 そんな田舎や離島の出費を抑える救済措置のような存在がある。それは民間の軍事会社。いわゆる傭兵だ。正規軍よりもコストは下がるため、規模の小さな町や離島は基本的に傭兵を雇っていることが多い。傭兵は実力と契約を守るという信用が第一。世界中に乱立した民間軍事会社は各々が契約した町や離島を正規軍に代わって守る。

 しかし一方でそれすらもできないくらいに財政が逼迫しているところもある。そういったところは傭兵との契約を切らざるを得ない。後は自前で防衛力を編成するか、外敵がやって来ないことを祈るしかない。そういった現実を考えれば、大きな産業がないクロレリア島に防衛力を期待することはできない。

「狙われたか、カモにされたか・・・」

 防衛力を失わざるを得ない状況になったところを狙われたか可能性もあれば、契約を切られた傭兵が稼げなくなった腹いせに賊に情報を売った可能性も考えられる。

「まぁ、今はグダグダ話している場合じゃないな」

 ベルリオはせっかく部屋に置いた荷物を持つ。急いで出立するかのようだ。

「どうするんだよ?」

「どうするもこうするも、ここにいてもいずれ襲われるだけだ」

 ベルリオの言う通りだが、だからといってここは日の暮れた離島だ。今から動いたとして逃げられる場所などあるのだろうか。

「どこに逃げる気?」

「逃げる?」

 ローナの問い。それはベルリオの意図とは全く合致していなかった。

「誰が逃げるんだ? ちょっと早いがクロレリア茶葉を先に手に入れる。荷物を持っていくのはここに置いていても海賊に取られるだけなら持って行った方が良いだろ?」

 ベルリオに逃げるという発想はなかった。あくまでこの島にやって来た目的を最優先に行動する。しかしそれでも安全というわけにはいかないだろう。

「でも無事に帰れるかどうかわからないのに・・・」

 鬼気迫る状況にローナの声が弱々しくなる。そんなローナとは対照的に、モニカはこんな状況にもかかわらず普段通りだった。

「大丈夫」

 ベルリオの持つ荷物を漁り、モニカも武器を取り出す。ベルリオと同じく、やや変わった形の剣らしき武器が鞘に収まった状態で出てきた。

「慣れっこ」

 武器を手に相変わらずの無表情。しかしどことなく自信がある表情に見えた。

「とりあえず俺達から離れるな。あんたらは俺達が連れてきたからな。俺達が無事に返す」

 荷物と武器を持つベルリオ。その後に続くように三人が一緒に部屋を出て、そのまま宿の外へと足早に出て行った。

 その頃には、争いごとの素人の耳にも戦火の音が聞こえるくらいまで迫っていた。

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