第四十話 旅の理由
子供達とも別れて宿に到着した頃、空は夕暮れとなっていた。部屋で荷物を置いてくつろごうとするのだが、彼が押さえたのは四人一部屋だった。今日初めて会った相手と同室でくつろぐのはなかなか難しい。
二人部屋を二つ押さえるよりも、四人部屋を一つ押さえる方が安く済む。彼なりの節約の一つのようだ。
「落ち着かないんだけど?」
「これが一番安い。嫌なら勝手に部屋を取ってくれ」
「そっちは平気なの?」
「合成獣狩りは時に泊まり込みもあるからな。それが奈落ならなおさらだ」
ベルリオの言った「奈落」という単語が引っかかった。
「奈落? 奈落ってずっと東の方にある階層都市の奈落?」
「そうだ。俺達はそこから来た」
階層都市とはその名の通り、町そのものを複数の階層で構成された都市のことだ。前大戦終了時に土壌や大気の汚染が深刻だったため、一段高いところに土地を作ってそこに人々は移り住んだ。その後経済が成長して資金が集まってくると、特権階級や富裕層はさらに上層階層を作って移り住み、貧困層は最下層よりもさらに下の土の上での生活を余儀なくされる。その最下層の町よりもさらに下の土の上を「奈落」と呼ぶ。
「そんなに東からここまで来て、どこまで行くの?」
「ひとまずセントレイトを目指している」
セントレイトという都市名を聞いてレカンナの顔が脳裏にちらついた。
「セントレイトは大都市だけど、何しに行くの? 聖女様にでも会いに行くの?」
「必要ならなんとかして会うが、その予定は今のところない。俺達が求めているのは前大戦時代から続く魔法や科学の最先端の技術だ」
ベルリオの視線が一瞬だけモニカへと向く。モニカは他人がいると言うことなど気にもせずに眠りこけている。そんな人形の用に可愛らしく眠るモニカの胸元。そこには握り拳大くらいの大きさもある宝石のように輝く何かがあった。
「・・・宝石?」
「いや、あれは・・・人だ」
「え?」
全く想定していない返答に、返す言葉がなかった。
「技術的なことは俺にはよくわからない。ただ事件に巻き込まれた知人で、あんな結晶みたいな形にされたんだ」
握り拳大の大きさの宝石のような結晶。それが人間だと聞いても信じられなかったが、ベルリオが嘘を言っているようには見えなかったし、モニカが大事そうに抱えて眠っている姿からはとても大切なものだということは簡単に想像できた。
「えっと、つまり結晶化された人間を元に戻したい・・・ってこと?」
「まぁそんなところだ。あんな風にする技術があったんだ。なら、その逆の技術だってありそうだろ?」
彼らに何があったのかはわからないし、深く介入して良いものなのかどうかもわからない。もしかしたら人が一人死んでしまっている状態なのかもしれない。何を言っても余計なことを言っているようになってしまう気がして、口を閉じたまま会話の流れにだけ耳を傾けていた。
「セントレイトに行くならお土産でも持って行く?」
深刻な話を聞いた直後、ローナはまさかの地産品の売り込みを始めた。話題を変えるのには賛成だが、こちらの都合のいい内容で良いのだろうか。
「タダでもらえるなら貰ってもいいか。邪魔になったらセントレイトで売ればいい」
「そうだね。じゃあクロレリア茶葉が手には入ったら、次は帰ってお土産ね」
お土産という名のセールスだ。ベルリオがセントレイトに行く事を利用し、無料で行政の取扱商品を運んでもらう。セントレイトでどういう扱いになるかはわからないが、知名度が上がる可能性があるなら仕掛ける。それが今のローナの考えのようだ。
「ふわぁ・・・」
さっきまで眠っていたモニカが目を覚ました。大きなあくびをしながら、窓の外を気にかけている。
「ベルリオ」
「わかってる」
話し込んでいたベルリオが立ち上がる。荷物から武器を取り出し、窓の外に視線を向けた。
「ど、どうしたの?」
ベルリオとモニカ。二人の雰囲気が変わった。先ほどまでは気楽に旅をしているようにも見えた二人が、今は神経を研ぎ澄まして外の状況を気にかけている。
「こんな島で内戦はないだろう。なら、日暮れに乗じた海賊か?」
「・・・か、海賊?」
何も感じない。ローナもそれは同じ。二人して窓の外を見ようとした時、遠くで銃声が響いた。
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