第三十八話 クロレリア島

 港から定期運行されている船に乗って島へと渡る。今回も案の定、交通費は道案内を依頼してきた相手持ちだ。ローナと一緒に行くことでベルリオは二人分の旅費を出してくれる。レカンナと違って大きな組織に所属していない。資金面では申し訳ない気持ちが出てきてしまう。

「久しぶりだなぁ・・・けっこう変わった?」

 キョロキョロしているローナは観光客にしか見えなかった。

「クロレリア茶葉はどこで手に入る?」

「まぁまぁ、そう焦らないでよ。まずは宿の確保だよ」

 目的を果たしてからでは最終便には間に合わない。クロレリア茶葉を手に入れることはこの島に一泊することを意味している。

「宿か。四人分となると・・・」

 ベルリオの表情が少し曇る。どうやら資金面はそれほど潤沢ではないようだ。

 道中、彼の話を聞けば、東の方からここまでバイクで来たという。長旅になれば当然、燃料費やメンテナンスの費用がかさむ。そこに二人分の余計な宿泊費だ。道案内をするだけならローナだけで良かったと、幾度となく思う。

「ちなみにクロレリア茶葉は島の中心の方にある山の斜面で栽培されているよ」

 この島そのものがそもそも大きくない。そんな島の中の山となれば規模は小さく、その山の斜面ともなれば使える範囲は限られている。クロレリア茶葉が山の斜面を利用した栽培方法が必要なのだとしたら、確かに大量生産は難しいだろう。

「わかった。明日の朝一番に行こう。それで宿はどこにある?」

 ベルリオも宿代については諦めたのか、さっさと宿に行こうとしている。

「・・・眠い・・・」

「わかってるよ。もう少し我慢しろ」

 かなり眠気が来ているのか、モニカの足元がおぼつかない。早めに宿泊できる場所を探す必要がありそうだ。

「宿だったらあっちの角にあるよ。私が昔泊まったところだけどね」

「寝られればどこでも良い」

 眠ることさえできれば場所にはこだわらない。ベルリオがそう言うのであれば、宿はローナの記憶にあるところで決まりだ。

「じゃあこっち。案内するよ」

 ローナを先頭に港から宿へと続く道を歩く。その途中で、この島の出身と思われる子供達がやや遠巻きにこちらを見ていた。

「田舎だと観光客が珍しいのかな?」

「それは違うと思うよ、トーマ。クロレリア茶葉は薬として知名度があるから、外から来る人はそう珍しいはずじゃないはず。なら、注目を浴びている理由は、これかな」

 ベルリオはバイクこそ町に置いてきたが、旅装のまま来ている。その旅装にはいくつかの荷物に加えて変わった形の剣もあり、武装しているのが見てわかる。子供達の視線はベルリオの武装だというのがローナの予想だ。

「これくらいの装備で人気者か。ここはずいぶんと平和みたいだな」

 ベルリオが一対どういうところで生まれ育ったのかが気になった。だがその場ですぐに聞く勇気は持てなかった。

「この島の置かれている状況は全然平穏じゃないよ」

 この島の全体図が載っている観光用の看板。その前でローナが教鞭を執るかのように説明を始めた。

「クロレリア島の北には私たちが住む町イグナリオがあって、船で港から南に行けばカルラードという町があるの。クロレリア島は土地も小さくて大きな産業がない。だから南北の大きな町と上手く交易することでなんとかやっていけているっていうのが現状なんだ」

 国という大きな線引きが撤廃された世界でも、立地条件や規模の大小でその町が持つ力という者が決まってくる。国力ならぬ町力とでも言うのだろうか。離れ小島であればあるほど難しい状況に立たされているようだ。

「産業の中心は農業だけど、土地が小さいから作れる量も限られているの。クロレリア茶葉が廃れちゃった大きな理由も、消費に対して供給が追いつかなかったからだし」

 流行という大きなチャンスが巡ってきても、一つの町単位では成功するのも難しいのだろう。国という大きな線引きがあれば、他の町からも得られる税収で初期投資を行い、収益を他の町に振り分けるなどのやり方もあるだろう。しかし町単位となればどうしてもそういった力が弱くなってしまう。

「まだクロレリア茶葉を各地の病院が購入してくれているからこの島は生きていけているけど、そう主力商品がない島も少なくはないんだよね。そういう島は大きな町の援助無しに生きていけない。この島はそうなるギリギリにいるんだ」

 戦争を無くすやために国という線引きを無くす道を選択した結果、経済や産業でのマンパワーが不足する。しかし結果として各地の町の持つ経済力や生産力の強さに弱い町が従属するという形になる。国の規模から町の規模に縮小したため大きな戦争は避けられるのかもしれないが、結局は強い町が周囲の町に影響力を持ってしまうという現実はかわらない。今まで以上に小さな悩みが数多く世界中に芽生えたようにも思える。

 従属するギリギリの位置にいるというこの島が、そんな悩みの最前線にいるような気がした。平穏に見える町の裏側は思っている以上に厳しい局面に立たされている。ローナの小さな授業で知ったこの世界の一面だった。

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