第三十五話 雨宿りの珍客
しばらく漫画に没頭していた。どれだけの時間没頭していたのかわからない。ペンを置いて体を伸ばすと、背骨がパキパキと鳴る。かなりの時間を同じ体勢で描き続けていたようだ。
「・・・もう終わり?」
「ん? ああ、休憩だよ」
水でも飲もうと席を立った瞬間、今誰と会話をしていたんだろうと疑問に思った。そこで初めて、店の中にもう一人いることに気が付いた。
「これ、もっと見たい」
そういうのは小柄な女の子。ローナと大差ない小柄な女の子だが、言動が幼いことからローナよりは年下に見える。そして何より目をひくのがその少女の容姿。白いロリータ風のファッションに長い白髪、そして人形のようにどことなく感情がなさそうだが整った顔立ち。少女は今まで人生で見たことのない容姿をしていた。
「もっと見たい・・・か」
そう言われて悪い気はしない。この世界での主流の漫画は一枚絵のイラストに文字を載せたものを一コマとする形式。一枚の紙にいくつものコマ割りをして描く形式はこの世界では馴染みがないため、今まで何人かに見せたことはあったが正直受けが悪かった。
しかし変わった容姿の少女は気に入ってくれたようだ。自分の作品を気に入ってもらえて不機嫌になるクリエイターはいないだろう。
「でもこの話は一番新しいから先がないんだ」
一番新しい作品。そして状況によっては具現化装置に入れることも考えている作品。新しく描き始めた新作であるため、もっと見たいと言われても前も後も存在しないのだ。
「残念」
感情や表現には見て取れないが、独り言と雰囲気がマッチしているように思えた。
「でも他の話はあるぞ」
「本当に?」
「ああ、見たい?」
「見たい」
「わかった。ちょっと待っていて」
一度席を立って部屋に戻る。引き出しから取り出した作品は前世から描き続けている一番の長編力作だ。思い入れもそうだが自信のある作品でもあるため、これならあの子も満足してくれるはずだという確信めいた想像が浮かぶ。
「お待たせ」
分厚い原稿を持って戻ってくると、少女は店の中から外を眺めていた。店の外はやや薄暗く地面が濡れている。どうやら気が付かないうちに雨が降っていたようだ。
「雨宿り?」
「うん」
少女が歩み寄ってきて原稿を受け取る。そして一ページ目から読み始めた。
「君は漫画が好きなの?」
黙々と読み進める少女が気になって質問してしまった。
「まんが? これってまんがっていうんだ」
少女は漫画を知らなかったらしい。
気持ちよく読んでいるところに話しかけて邪魔じゃなかったか、気分を害しなかっただろうか、と気にしていたが少女は普通に返事をしてくれた。
「・・・まんが、好きかな」
少女はそう呟くと、漫画を読み進める。どうやらずいぶんとお気に召したようだ。
一心不乱に読み進める少女を見ていると、前世では自分のファンにお目にかかることがなかった事が悔やまれる。インターネットでの投稿で多少は常連もいたが、その人達と顔を合わせることは最期までなかったからだ。
「大人しい良い子にはお菓子もあげようか」
疲れたときに食べるために甘い物を隠し持っていた。その一部を少女に差し出す。ちょっと自分の作品が好きだと言ってくれたからと言ってこの甘やかしようは、我ながらチョロい性格だと思う。
真剣に自分の作品を読み進める少女を見ている。それだけで飽きなかった。
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