第三十三話 臨時収入

 大量の袋を持ち帰ったローナ。彼女はそのまま大量の袋をレカンナに押しつけるように渡した。

「これは何だ?」

「この町の特産品や名産品。今日の良い出会いに感謝だよ」

 ローナが良い出会いという理由は二つ。一つはセントレイトという大きな町の中枢にいる聖女様の側近と知り合うことで、他の町との伝手ができる可能性が高まった幸運。そしてもう一つは、ローナがすでに受けとっているお礼にある。

 馬車での帰路の途中だった。かなり強力で危険な魔獣が現れた。この辺りに生息しているという情報がないレアな遭遇だったが、普通に戦って勝てるような魔獣ではない。本来ならば逃げの一手なのだが、さすがは聖女の側近で現代の影姫であるレカンナ。強力な魔獣を数分とかからずに仕留めてしまったのだ。

 仕留めた魔獣の外皮や牙や爪は高値で取引される。その素材収集の時間をローナはもらい、本来なら手に入れることができない貴重な素材を入手できたのだ。

「必要な物はすでに購入済だ。いくつかの商店からセントレイトへ送ってもらうようになっている」

「そうだろうけど、これはこれで良いものだよ。おすすめだし、私にいってくれたら大量に仕入れることもできるよ」

 袋の中を見ていないが、なんとなく中身はわかった。おそらくこの町の行政が売りたい商品を大急ぎで手に入れてきたのだろう。そしてお土産やお礼としてレカンナに渡して、そこから聖女様へと繋がることを狙っているに違いない。

「そうか。ならありがたくいただくが、私は荷物を抱えて持ち運ぶ気はない」

「じゃあこっちからセントレイトに送るよ。送り先は?」

「セントレイトのルミアル宛で送っておいてくれ。他の買い物も全部同じ行き先だ」

「ルミアル? 聖女様宛の荷物をチェックする担当の人?」

「聖女本人だ」

「・・・え?」

 普段「聖女様」という呼び方をしていることから名前が頭になかったのだろう。現代の聖女様の名前はルミアルというらしい。

「わ、わかった。じゃあルミアル様宛で送っておくね」

 聖女の名前を聞いて、ローナに少し動揺が見られる。送った商品を聖女が最初に直接触るなどということはまずない。しかし聖女宛に送るということは聖女本人が送り先を認識する可能性がある。それは思い描いていた段階をいくつかすっ飛ばしている。だから彼女は動揺しているのだろう。

「世話になったな。代金はこれでいいか?」

 荷物のやり取りの話が終わり、レカンナが今回の道案内の仕事料金の精算を始める。正直に言えば、レアな魔獣を仕留めてくれたことで手に入った素材だけで十分お釣りが出る。しかしレカンナにとって魔獣を仕留めることはそもそも損得勘定に入っていない。そのため一切計算には含まれていなかった。

「この店のことは覚えておく。またこの町に来ることがあれば立ち寄られてもらう」

「はい、いつでもどうぞ」

 レカンナを見送って振り返ったローナ。彼女の表情は笑いが止まらないという様子だった。

「聖女の側近でイレギュラーの魔獣退治と素材収集中の時間の待機まで無料でやってくれるなんて・・・とんでもない上客だよ!」

「言い方が酷いぞ」

 ローナの言い方が悪い気もしたが、そう言いたい気持ちもわからないではない。おそらくレカンナは政治的な立ち回りや損得勘定などにあまり関心がないのかもしれない。聖女の側近ともなれば近づいてくる者も多いだろうし、あれだけの実力を持っていれば利用しようとしてくる者もいるはずだ。ならばローナがそういう行動に出ていると考え、対応の仕方を変えるなりするのが普通だろう。しかしレカンナはそれをしなかったのだ。

「レカンナ・・・明日も来てくれないかな」

「来るわけないだろ」

 とんでもない臨時収入があったことで彼女は極めて上機嫌だった。レアな魔獣の素材の品質を見るローナを背に、自室へと向かう。

「夕食まで少しだけ時間があるから、ちょっと部屋で作業するぞ」

「はーい」

 自室に戻って作業をすると言ったが、作業ができるかどうかはわからない。心の中ではまだ完全に具現術士に対しての考えが固まったわけではないからだ。しかしそういう時こそ心を落ち着かせて、フラットな状態で考えなければならない。

 前世の時から精神を安定させるのに一番良かったのが漫画を描く作業。漫画を描きながら心を落ち着かせて、作品を作りながら具現化する事に対して考える。夕食まであまり時間がないので集中して考える事はできないだろう。それでも具現術士の話を聞いた直後の作業だからこそ何かしらの意味があるような気がして、わずかな時間でも作業を行おうと部屋に籠もるのだった。

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