第三十二話 とある具現術士の最期

「先に店に戻って待ってて! 絶対待っててよ!」

 町に戻った途端、ローナは馬車を跳び露いて雑踏の中へと消えて行った。馬車には店の近くまで寄ってもらい、荷物を降ろしてから帰ってもらった。

「暇だな・・・ああ、そうだ。具現術士」

 待っているようにいわれて時間を持て余したレカンナ。そして彼女からは名前で呼ばれることはなく、呼称は具現術士で決定のようだ。

「具現術士のほとんどが第一線では長く続かない。だが例外が全くいないわけではない。第一線と言うより一列後方の救護班だったが、一人長く続いた奴なら知っている」

「その人も自分で作品を作っていたんですか?」

「ああ、だがそいつは具現術士になった動機がそもそも人を治療することだった」

「え?」

 自分が心血注いだ作品を現実のものにしたい。そういう想いがクリエイターの中には少なからずあるだろう。だから長い時間をかけた自分の作品が現実になるとしても、ごく短時間で消えてしまうのに耐えられなくなる。

「人を治療したい。そのための手段として具現術士になる。そういう思考の奴だ」

 多くのクリエイターは自分の想像を形にしたいと思って作品作りに取りかかる。造形美であったり、表現力であったり、勝算や賛美であったり、風刺や皮肉であったり、想像した物を形にしたいから作る。しかしその人は逆で、人を治療したいから作品を作ったようだ。

 考えられないことではない。チャリティー精神や完全な短時間限定のアートという使い方も無いことはない。しかし具現化装置にはコストパフォーマンスの悪さに加え、機材を手入れする技術に手間暇が必要になる。兵器として生まれたものが、戦時中にそのような使われ方をする事はない。

「そいつは一つの人形をただひたすら作り続けた。戦場に近い救護テントの中で作り続け、負傷兵や巻き込まれた民間人が運び込まれる度に人形を消耗していく。その繰り返しだ」

 人を救うための手段として、治療する力を持った人形を作り続ける。ある意味修験者のような人だったのだろう。

「その人はどうなったんですか?」

「死んだ」

「え?」

「前線が崩れて、敵の襲撃に遭って死んだ。逃げれば生き延びただろうが、そいつは最期まで負傷兵を運び出す手伝いをしていた」

 命を救うことを優先したことで死んだ。敵側の立場で見れば負傷兵を次々治療して再度戦場に送り出してくる敵だ。見逃してもらえなかったのだろう。

「私の知る限り、具現術士としてあいつが一番長続きしただろう。それ以外はみんな早々に戦線を離脱して具現術士をやめている」

 具現術士になった者は基本的に長続きしない。長続きするためには、作品を永遠と作り続けることを苦に思わない考え方が必要なのだろう。

「お前が具現術士を続けるかどうかは知らんが、続けるのなら一つの作品に対する思い入れや執着について考え直す方が良いだろう」

 一つの作品を具現化しても、白紙に戻る喪失感があった。しかし白紙に戻ることを覚悟で具現化したいものを作る。数分間の具現化の後、世界のどこにも残らない。その数分間の間に何がしたいのか、その数分間の間に求めることは何なのか。今、手に持っている作品全てについても、考え方を変えれば具現術士という在り方も生き方の一つになる。

「そうですね。具現術士って言葉は今日初めて聞きましたし、具現化装置も最近知ったばかりで、具現化できることは嬉しいんですけど、今は作品が消えてしまうのが辛いです」

 そもそも今手元にある作品は漫画としての面白さや作品としての完成度などを求めて作ったものだ。それを具現化しているから心にダメージが残るのかもしれない。一度具現化することを前提にした作品作りをしてみるのもありかもしれない。

「生き方は自分で決めれば良い。私はただ暇だったから、過去にいた具現術士の話をしただけだ」

 彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。彼女の知っていることを少し教えてもらえたことで、作品を具現化するのを嫌がっていた自分から、具現化前提の作品作りをしてみようという考え方をする自分が生まれた。

「ありがとうございます」

「礼はいらない。今日は私にとっても良い機会になったからな」

 この話がそもそもお礼のつもりらしい。ローナはすでにお礼を受け取っているし、レカンナはこれで貸し借り無しのつもりなのだろう。なら、ありがたく受け取っておこう。

「ただいまーっ! そしてお待たせーっ!」

 満面の笑みのローナが大量の袋を手に帰ってきた。

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