第三十一話 先人の軌跡

 馬車で来られるところまで来たら、後は徒歩で進んでいく。坂道を少し登っていくと今までの自然の坂道とは少し違った雰囲気が感じられる。

「この辺りは数百年前までは城塞だったみたい」

 観光案内人のようにローナの解説が入る。

「城塞? こんな山奥に?」

「山奥って言っても、昔は今ほど道とか開発されていなかったんだよ。だからこれくらい高いところだと・・・ほら、向こうの街道が丸見えでしょ」

 言われてみれば確かにそうだった。見晴らしが良く、周囲の状況を監視するのには向いていそうな場所だ。

「最初はこの地の支配者が守るために作ったんだけどね。魔法と科学が少しずつ発展してきた時代になると、この城塞は守るための城塞じゃなくなったんだ」

「守るための城塞じゃなくなった? じゃあ何のために使われたんだ?」

「魔法と化学の実験や研究の場所になっちゃったんだ」

 人里から離れた軍事基地。城塞と言うことから水の確保もされていたことだろう。人目を避けて何かをするのにはこれほど都合の良い場所はない。

「支配者が変わっても続いて、どんどんこの城塞は忘れられていって、気が付けばここは勝手に自給自足をしながら研究を続ける秘密の研究所みたいになっちゃったんだ」

「支配者達にも忘れられたのか。同情はするが、最終的にはそちらの方が都合は良かったんだろうな」

 三人で元城塞だった異形の者達の墓所を見て回る。

「そして研究材料が足りなくなったこの城塞は、実験材料を確保するために麓に人里を襲ったり生け贄を要求したりしたんだ」

「生け贄?」

「そう、生け贄。その頃には研究者達も自分たちの体でいくつかの研究を行っていて、もうすでに人間の姿じゃなかったんだって」

「なるほど。それで異形の者達、か」

 この場所をなぜ異形の者達の墓所と呼ぶのかがわかった。

「後は外交でこの地を訪れた聖女ステア様と戦士影姫。この地で苦しむ民衆を救う為に異形の者達と化した研究者達をこの城塞で討ち果たしてめでたしめでたし、っていうのがこの場所に関するお話なんだよね」

 自分の国だけに留まらず、各地を回ってその地の民衆を助ける。その結果が今に伝わる伝説となったということか。

「ここで戦ったのか・・・」

 レカンナは腰に差していた短い刀を手に取り、風化した城塞と重ねるようにして景色を見ていた。

「ずっと気になっていたんですけど、その武器は・・・」

「ん? ああ、伝説の影姫様の愛用品らしい」

 レカンナはサラッととんでもないことを言った。もしそれが事実だとしたら、とんでもない歴史的なお宝を目の前にしていることになる。

「で、伝説級の・・・お宝?」

 レカンナの持つ刀から視線がそらせない。何百年も前の刀剣が現役で使用が可能というのは、かなり保存状態が良かったと言うことだろう。それに加えて戦争中に影姫として呼ばれ、今は聖女の側近をしているレカンナの手にその武器がある。偶然にしては出来過ぎているというのが率直な感想だ。

「本物かどうかは知らんが、そう言いながら渡されたからそうだと認識している」

「渡されたって・・・現代の聖女様から?」

「ああ、そうだ」

 聖女様本人から譲り受けたというのであれば本物だと考えて間違いないだろう。そう思うとますます彼女が持つ刀がとんでもない物だという認識になる。むしろ簡単に人を殺すのに使うなと説教したくなるほどだ。

「・・・頼まれごとついでに、影姫という名の原点の人がたどった軌跡でも見て来いと同僚に言われて渋々見に来たが、お前達と出会えたのも含めて良い機会になった。礼を言う」

 レカンナは元々ここへ来るのにあまり気乗りはしていなかったようだ。しかしローナの道案内の解説や、襲撃を受けたときの会話など、彼女にとって得られるものが少なからずあったようだ。

 好印象を抱いてもらえた。それがレカンナの言葉からもよくわかる。ひとまず最低限の目的を達成したローナは、喜びから拳を小さく握っていた。

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