第三十話 現代の影姫

 御者の男性の治療を終えたジュナ。彼女はレカンナの元へ来て身体検査を始めた。しかし血痕や衣服に傷はあるのに、その体にはかすり傷一つなかった。

「服だけですね。不思議です」

 弾丸が貫いたはずなのに、体には傷が一つも残っていない。

「私は自己治癒能力が極めて高い。普通なら即死、運良く瀕死の重傷といったレベルの怪我も数秒で完治する」

「どういう原理だよ・・・」

 もはや科学とか魔法とかの領域を超越している気がした。

「これでは私の出番がありません」

 傷が治ってしまっているのではジュナの出番はない。せっかく具現化したというのに、活躍に満足がいっていないのだろう。少々落ち込んでいるように見える。

「いや、具現術士の完成形を見られた。お前との出会いに感謝する」

 感謝の意を表すレカンナの挨拶には気品があった。まるで生まれや育ちの良い貴族の立ち振る舞いを見ているようだった。

「そう言っていただけると呼ばれた意味があったということでしょうか。ですがもうやることがないのであればしかたありません。ですが、また私を描いてくださいね」

 ジュナも、先日のメイドのミミと同様にまた自分を描いてくれという願いを残して消えていった。彼女たちが再びこの世に存在できるかどうかは、作者が彼女たちを再び描くかどうかにかかっている。

「具現術士の多くは自分が作った物が数分で無に帰す虚しさ、その連続に耐えられない。だからといって供給するエネルギーを増やしても意味はない。具現化する作品の完成度に応じてエネルギーを多く充填することはできるが、どれだけ完璧な作品を作っても充填できるエネルギーには限界がある。長い時間具現化し続けるのはどうしても不可能だ・・・と、戦線離脱する具現術士が言っていたな」

 どれだけ完璧な作品を作り、莫大なエネルギーを事前に用意していても、具現装置による具現化では積み込めるエネルギーに限界がある。そしてエネルギーの消耗は激しく、途中で補給することができない。タイムリミットと同時に作品は無に帰す。たった数分に浪漫を求めるという考え方も無いわけではないが、作り手としては数分で作った物が跡形もなくなるというのは耐えがたい。

 白紙となってしまった原稿を手にしている今この瞬間、大戦中の具現術士と同じ心境になっているのだろう。

「レカンナさんは具現術士とは違うんですよね?」

「違うな。私は影姫だ」

「影姫? 影姫ってまさか・・・」

 伝説に残る聖女を支えた戦士。その名が彼女につけられていることに驚いた。

「勘違いするな。戦争用の兵器として生み出された者達を影姫とひとまとめにして呼んでいた。歴史や伝説とは何の関係もない」

 レカンナは兵器として生み出された。そしてその兵器の総称を影姫と呼ぶ。前世の記憶に、自国の歴史的な有名人や神話や地名などを変装の兵器に名付けしたという情報がある。つまり影姫にも戦争での活躍を願う意味があって名付けられたのかもしれない。

「あれ? でも今は聖女様付の側近なんでしょ?」

 ローナが少し考えて、何か納得したように手を叩いた。

「生まれたときは関係なくても、今は歴史上の影姫と同じ状況って事じゃない?」

 数多くいる兵器の一人として生まれ、時が流れて今は過去の影姫と似た立ち位置にいる。それはある意味、運命的な何かがあるのかもしれない。

「まるで運命みたい」

 ローナの目がキラキラと輝いているように見える。

「運命・・・か」

 レカンナは一つ大きく息を吐く。運命という言葉に何かを感じているのだろうか。

「なるほど、運命か。そう考えるのも悪くないな」

 大きく表情が変わらないレカンナ。クールな印象を持っていたが、ローナの出した運命という言葉に少し柔らかい微笑みが見えた気がする。

「終戦後からずっと生きているんですか?」

「いや、私は終戦間際の最終激突で起こった大爆発の渦中にいた。さすがに体の再生が間に合わなくて死んだと思ったが、終戦前日にわずかに再生した身体の一部が発掘された。研究所で再生と目覚めを待つ状態だったようだが、戦争の兵器は全て廃棄することになって放置された。目覚めたのは何十年も経ってから、わりと最近だ」

 戦争の兵器として生まれて特別な力を持っている彼女も、特別良い生活を送っているというわけではない。抜きん出た力があれば必ずしも周囲に認められて安泰というわけではない。それを彼女の人生が物語っている。

「上が軍か裏社会か聖女かの違いだけで、私には戦う力しかない。なら自分の持つ特技を生かして生きていくほかないだろう」

 レカンナの「自分の持つ特技を生かして生きていくほかない」という言葉。芸術屋をしていると納得以外何もなかった。前世から引き継いだ創作能力。それを二度目の人生でさらに上乗せしていく生活を選んだ。自らが持つ特技を生かすなら、芸術屋としてやっていくほかに道はない。

 自分が選んだ道というのがこの先一生ついて回る。前世という一度目の人生を経ていてわかっていたつもりだったが、それを改めて思い知らされた気がした。

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