第二十六話 来客

 携帯できる具現化装置を渡されてから数日。ローナはいくつか舞い込んできた簡単な商売のため街中で商品を手に入れて売る仕事をしており、芸術屋の方の仕事は店の奥に籠もりっきりで作業を進めていた。

「うー・・・なかなか他の町に伝手ができないよぉ・・・」

 簡単な商売の方は上手くいっているようだが、ヘレノに頼まれた肝心の販路拡大の方は全く成果無しだった。

「そう簡単にはいかないだろ」

 こちらは行政から来た依頼をどうするか、その方針が決まった。必要な材料と経費の計算をしながら、どういう工程で進めていくかを考えている最中だ。両親のところから外注という形でもらっている仕事と両立できるかの計画も立てなければならない。

 そのため町の外に出ている暇がないのがある意味救いだったのかもしれない。

「おーい、邪魔するぞー」

 普通の日用品を売っている店とは少々わけが違うため、店への来客というのは普段あまりなかった。さらに店ができてからまだ数日しか経っていない。それにもかかわらず、店にまるで常連のように男が入ってきた。

「おっ、相変わらずしけた面してやがるな、トーマ」

「そっちは相変わらず騒々しいな、ヤーデン。卒業以来だっていうのにまるで常連だ」

「はっはっはっ、俺とお前の仲じゃないか」

 同級生だったヤーデンは商業派閥に所属していた。クラスの人数の関係で一人だけ無所属でいられる絶妙なバランスがずっと続いたのは、彼のように派閥を越えて交友関係を築ける人間がいたからかもしれない。

「最近調子はどうだ?」

「領主様からの突然の仕事で手一杯だよ」

「おー、繁盛してるな。羨ましいぜ」

 一人で盛り上がっているようにも見えるヤーデン。見た目も目立つところに高級品を身につけていることからどこかチャラく見える。しかしそんな外見とは裏腹に意外と目敏くいろんなものを見たり聞いたりしている。

「忙しいところ悪いがお客さんだ。俺からの紹介だから丁重に頼むぜ」

 ヤーデンはそう言うと店の前で待っていた人物を中に呼び寄せる。入ってきた人物は女性で、どことなく雰囲気が普通とは違っていた。

 背は高く背筋はピンと伸びていてスタイルが良い。綺麗な長い黒髪に黒を中心とした服。そして目力というか眼光はやや鋭い。そしてそれ以上に目が留まったのは女性の腰元。日本刀が差してあった。いや、やや短いから忍び刀とかかもしれない。何故目が留まったかというと、この世界に来てから日本刀を目にするのは今日が初めてだったからだ。

「忙しいのに客ってどういうことだよ」

 ヤーデンと距離を詰めて小声で話すと、彼もニヤリと笑みを浮かべて小声で返してきた。

「あのご令嬢がどこから来たと思う?」

「どこから? どういうことだよ」

「別の町から来たんだよ」

「別の町だって?」

「ああ、それもセントレイトからだ」

 聖女と戦士の逸話で有名なセントレイトからはるばる来た女性。それはわかるが何故ここに連れてきたのかがさっぱりだった。

「お前、この間他の町に伝手が欲しいって言ってただろ?」

 ローナが頼まれた販路拡大。その手伝いのために商業派閥出身の級友に連絡を取った。その伝手の為に、ヤーデンはここに連れてきたようだ。

「あのご令嬢はセントレイトの聖女様の側近だ」

「え?」

「俺はもう自前の商売で繋がりができたからな。後はそっちに譲る。上手くいけば大口の取引先とかになるかもしれないぞ」

 ヤーデンは気持ちいいくらい爽やかな笑顔を見せてきた。

「話は終わったか?」

 女性にしてはずいぶんとハスキーな声だった。

「はい、では後はこの店のトーマに何なりとどうぞ」

 そう言い残して、ヤーデンは店からやや足早に出て行った。何をそんなに急いでいるのかと思ったが、今は女性への接客が優先だ。まずは女性と向き合って自己紹介をしなければならない。

「えっと、この店で芸術屋をしているトーマです。こっちはローナで、商売は彼女がしています。他にもご依頼があればできる範囲で対応します」

 とっさに挨拶と説明を合わせた接客文句を絞り出した。即興にしてはそれなりだったのではないか。

「セントレイトの聖女付をしている。レカンナだ」

 挨拶も説明も自己紹介も簡潔。彼女の見た目らしいと思った。

「異形の者達の墓所へ行きたい。案内を頼めるか?」

「え? 案内?」

 セントレイトからはるばるやって来た来客。彼女が求めているのは商品ではなく、道案内役だった。

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