第二十五話 ローナは希望する

 実験が終わってから夕食時まで部屋に籠もって作業をしていた。余計なことを考えたくなかったせいか作業には没頭できた。しかし進んだのは仕事ではなく、金になるあてのない漫画の執筆作業だった。

 自分なりに真剣に、そして努力して描いた。短編と廃液を抜くことなく魂を込めて描いた作品だ。それがたった数分で白紙に戻ってしまう。あれだけの努力が一瞬でなくなってしまうのだ。その対価が現実に目の前に具現化されるということで、全くの無駄というわけではないことはわかった。しかしたった数分で消えてしまう儚いもの。自分の漫画にそう印象付いてしまったせいか、漫画を描く手が止められなかった。

 一瞬で消えてしまうなら、具現化でさえ消せないほどの量があればいいのではないか。多大な魔力を用いても具現化しきれないほどのページ数があれば、具現化されたキャラクターの寿命はもっと延びるのではないか。

 そんな思いが一心不乱に漫画を描かせる。

「トーマ、夕飯できたけど食べる?」

 部屋の外からローナの声がかかって窓の外を見る。すでに日は暮れていた。

「もうこんな時間か・・・」

 描いている漫画はほぼいい区切りに近かった。

「食べるよ。すぐに行く」

 漫画を描く手の速度を上げ、目の前にある区切りまで漫画を素早く描き上げる。原稿を引き出しにしまい、部屋を出る。

 用意された夕食は肉類にパン。見た目は非常に美味しそうだ。

「ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど・・・」

 食卓に着いて夕食をいただこうとしたところ、ローナがテーブルの下でなにやらごそごそしている。とりあえず見てほしいものが出てくるまでは夕食を食べていようと肉を一口食べる。ローナが見ていないのを確認して、無言で調味料を少し足した。

「はい、これ」

 ローナがテーブルの上に取り出したのは、今日一日の主役とも言える具現化装置だ。しかし昼過ぎに見たときよりもコンパクトになっている。

「小さくなった?」

「そう、よくぞ気付いてくれた」

 ローナは得意げに笑い肉を一口食べ、二口目以降は調味料を足して食べていた。

「元々持ち運び用に作って、実験用で据え置き型にしていたの」

「持ち運び用?」

「持ち運ばないとダメでしょ? 元々コストパフォーマンスが悪いって理由で廃れたんだから」

 ローナはどうやら持ち運べる具現化装置を使って仕事をするつもりのようだ。確かにスプリンタートルの時のように戦いになったとき、数分とはいえ一時的に戦力が増えるのは悪いことじゃない。悪いことではないが、問題は消費されるコストの方だ。

「それで、具現化する大本の造形物はどうする気なんだ?」

 そう簡単にポンポン作れるものではない。何日もかかって作ったとしても数分で消えてなくなってしまうのだ。

「そこはほら、プロにお願い」

 色っぽさや魅力をあまり感じない上目遣いでこちらを見てくる。ローナの切り札は仮の夫となった芸術屋の息子のようだ。

「無茶言うなよ。作るのにどれだけ時間がかかると思ってんだよ」

 作った物をコピーして使えればいいが、間違いなくコピーした方は使い物にならないだろう。そうなればオリジナルの原稿なり作品なりを毎回用意しなければならなくなる。そんな時間も余裕も手も全くない。

「そこはほら、溜めてあるのがあるでしょ?」

「勝手なことを言うなよな。それに作った本人がやらなきゃ具現化したときの質が落ちるんだろ? そんなの絶対に渡せない」

 作った作品は我が子同然だ。具現化するのであれば万全の状態でなければ具現化したくない。そしてできる限り具現化しなくていいのであれば具現化したくはない。せっかく作った渾身の作品が白紙になるのは辛い。

「渡してなんて言ってないけど?」

「・・・は?」

 携帯できる具現化装置を持って町の外に出るから原稿が欲しい。そう言うつもりなのだとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。

「これあげる。私が持っていても役に立たないから」

 携帯できる具現化装置をもらった。それはそれで嬉しいが、なぜこのタイミングで渡されるのかが気になった。

「今度町の外での仕事に手伝いの時、必要だと思ったら持ってきて」

 ローナはそこまで言うと、会話を切り上げた。

 つまり原稿を使うかどうかの判断は作家であるこちらに任せる、ということだ。しかし「必要だと思ったら」という一言で彼女の本心が少し覗けた気がする。ローナ一人で大変な仕事だから声がかかる。つまり声がかかったときはいつも大変な仕事なのだ。町の外で何かをするのになれていない身であれば、危険な場所であれば常に肌身離さず持っているに越したことはない。

 常に持ってきて使えるようにして欲しいが無理強いはしない。彼女の言葉に含まれているのはそういう意図だと解釈した。

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