第二十三話 造形物と描写

 部屋の中を可愛らしい子猫がよちよち歩きしている。

「か、可愛い!」

 実物と遜色のない子猫が具現化された。以前、親の仕事の手伝いで作ったが、日の目を見ることなく収納されていた子猫の木工人形。それが今日、具現化装置で命を吹き込まれた。

「あぁ・・・消えちゃった」

 可愛い子猫が消えてローナが少し落ち込んでいる。実物と同等の物を具現化したとき、消えてしまうときの喪失感は意外と精神的に厳しいものがあった。

「一分持たないのか」

 過去に作った物とは言え、本気で子猫として作った物だ。それが一分として具現化していられない。費用対効果の話ではないが、作り手としては落胆せざるを得ない。

「粉々だね」

 箱の中は木屑だけになっている。精魂込めて作った人形も一分足らずで具現化は終わってしまい、原型は木っ端微塵に砕け散って跡形もない。

 前大戦中でも精巧に物を作れる技術者は大勢いただろう。この装置がすぐに廃れたのは、具現化後の惨状により創作意欲を削がれる者が多かったからではないか。木屑となってしまった子猫の木工人形を見て思った。

「・・・これってさ。絵はどうなるんだ?」

 造形物はそのままの形で具現化される。なら紙に描いた物はどうなるのだろうと、率直に思った。

「前大戦中の実験結果によると、絵は薄っぺらなままらしいよ」

「あー、そうなのか」

 想像通りではあったが、残念だ。イラストに描いたキャラがたった一分であっても具現化してくれるのであれば、この装置には大きな価値があると思った。しかしそうはならないようだ。

「・・・気になるから試して良いか?」

「別に良いけど?」

 ローナが具現化装置に装着しているエネルギーを調べている。バッテリーの残量がなくなる前に交換しなければならない、という感じだろうか。

「じゃあこれで」

 この世界の漫画の主流である一枚絵。それを自分の漫画ならどう描くかを考えて描いた一コマ一枚の絵。馬が平原を疾走する躍動感のある絵が装置に入れられた。

「うわぁっ!」

 具現化された馬は実物の馬と変わらない大きさ。ただしその馬は平面だった。床に倒れ込むと躍動感はそのままに足は動かすのだが、紙が動いてもがいているという滑稽な光景だった。ただ躍動感と同じだけ足を動かすため、部屋が少し荒れた。

「白紙、か」

 馬が消えた後、原稿を見てみると真っ白に戻っていた。紙に描いた馬は具現化できても平面のまま。これでは実用も何もあったものではない。

「絵は無理だと思うよ」

 具現化装置は作られた物を忠実に現実の物として具現化する。紙に描いた物は紙に描かれたまま平面で具現化される。陰影や奥行きなどを完璧に描いていても二次元は三次元として具現化される事は無い。この実験からわかったことだった。

「うーん、絵は無理・・・ねぇ」

 実験結果は出た。しかし、なんとなく納得ができないでいた。

「絵は無理、二次元は三次元にならない・・・か」

 しばらく具現化装置と白紙に戻ってしまった絵とにらめっこをしていた。そこでもう一つ、実験を思いついた。

「これさぁ、漫画を入れたらどうなるんだ?」

「え?」

「一枚絵のイラストだと二次元のままだ。でも漫画にはストーリーもセリフも動きもキャラクター設定もある。もしかしたら三次元で具現化できるんじゃないか?」

 この世界の漫画の主流は一枚一コマのイラストのような物だ。一枚だけを入れればさっきと同じ結果が待っている。しかし前世の漫画はコマ割りで動きやセリフがあるのが主流だ。ならば一枚入れただけでも違いがあるかもしれない。そしてもう一つ言うなら、コマ割りされた漫画というストーリーのある紙を複数枚入れてみればどうなるのか。それが気になった。

「まぁ、トーマが白紙になってもいいって言うならいいけど・・・」

「よし、ちょっと待っていてくれ。原稿を持ってくる」

 前世にいた頃から引き続き描いている長編だけでなく、出版社に投稿する気でいくつも短編を描いていた。しかしこの世界では前世の時のような漫画家の卵の受け皿となる出版社がない。そのため投稿用に描いた短編も、引き出しの奥深くで眠っているだけだった。

 漫画が白紙に戻ってしまうのは少々惜しい。しかし上手く具現化できなくても実験として一つの結果が出る。そう考えればやってみる価値があるだろう。

 自室に戻り、引き出しの奥深くに眠っている十数ページの短編漫画を取り出した。原稿を持つ手に、無意識のうちに力がこもっていた。

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