第十六話 新規案件

 ローナは朝からご機嫌斜めのようだ。その理由は昨日営業も無しにもらってきた新しい仕事のあてが原因だろう。

 朝から名刺の相手と連絡を取ったところ、午前中ならば対応が可能と言うことですぐに出ることになったのだ。

「本当に行かないのか?」

「・・・行かない」

 彼女は視線を合わせようとしない。努力して営業をかけても仕事が手に入るとは限らない。しかし何もしていなくても何かのきっかけで仕事が舞い込んでくることもある。今回はローナにとって気分に言い展開ではない方に事が転がった。

「私、忙しいから」

 そう言うとローナは自分の部屋へと向かう。

「そっか、じゃあ言ってくる」

 その背中に一言、出発の挨拶をしてから店を出た。

 向かう先はこの町の統治機構の中心、この町の政治に中枢だ。大きな建物の前にたどり着き、受付でアポイントを取ったことを話す。早急に確認が取れ、奥へと通される。馴染みのない建物の中では多くの人が働いており、建物全体が固い真面目な空気に包まれている。

 案内されたのはやや広い部屋に大きなソファーなどが置いてある応接室。前世の記憶にあるドラマにもよく登場する大物と面会するシーンそっくりだ。

「お待たせしました」

 しばらく待って部屋に入ってきたのは一人の女性。背が高く、スタイルがいいのが一目でわかる美人だった。

「領主ダイロスは間もなく到着致しますので今しばらくお待ちください」

 ソファーの前に置かれているテーブルにコーヒーが出された。こういった飲み物にはあまりこだわりがないので良し悪しはよくわからないが、コーヒーの香りは悪くない気がした。

「ありがとうございます」

 出されたコーヒーに手をつけようとして一瞬躊躇う。前世の時にビジネスマナーとしてこういった飲み物を出されたときのルールがあった。

「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、いただきます」

 ここは前世とは全く違う世界だ。前世のルールは忘れるとして、こっちのルールにも詳しくなかった。ならば当たって砕けろ、だ。出された物に手をつけないのは失礼と判断し、コーヒーカップを手にとって口元に運ぶ。

「熱っ!」

 躊躇いや迷いが慌てさせたせいだろう。熱いコーヒーを一口飲む前に、熱さでコーヒーカップを口元から離す。

「大丈夫でしょうか?」

「あ、はい、大丈夫です」

 ものすごく格好悪い姿を見せてしまった。なんとなくこの場にいるのが恥ずかしくなり、無意識に体が縮こまっていた。

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

 秘書の女性が気を遣って話しかけてくれる。それがますます申し訳ない気がした。

「緊張しているようですし、少しお話ししましょうか」

「え?」

「聞いた限りですと、芸術屋としての腕はかなりのものだとお聞きしました。かなり長くやられている方なのかと思いきやずいぶんとお若いようですが、おいくつなのでしょうか?」

「えっと、十八になります」

「あら、私と同じですか」

 同い年と言うことで親近感が湧いたのか、女性の雰囲気が少し変わった。

「では学校を出てすぐに独立ですか?」

「そうなりますね」

「ではもしや仮夫婦制度も使用されていますか?」

「はい、先日から」

 他愛のない日常会話が続く。年齢を皮切りに、こちらの自己紹介のような話に加え、彼女も自分の現状を少し語ってくれた。

「ダイロス領主の娘?」

「ええ、政治の勉強のために秘書になったばかりです」

 前世の政治家も地盤を継ぐために我が子に秘書を務めさせる。そしてある程度経験を積んだら父親からその地の代表を受け継ぐ。いわゆる二世議員や世襲政治家と呼ばれる者に将来なる。そのためのスタート地点に彼女は立っているようだ。

 互いの自己紹介のような会話は領主がやってくるまで続いた。

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