第十五話 思わぬ副産物
仕事の話を終えて二人して帰路につく。その最中、ローナがぽつりと一言、漏らした。
「トーマって、木彫りも上手いんだ・・・」
「ん? まぁ、創作物の系統はある程度できるかもな」
漫画やイラスト、そして木工や紙細工は前世で経験した。金属系や石材系の加工はこの世界に生まれ変わってから経験した。個人で行える物作りの経験はある程度は網羅したかもしれない。
「ふーん、そうなんだ・・・」
何か思うところがあるのだろう。だが何も言ってこない。ローナの様子にはなんとなく不満を持つのだが、向こうが言ってこないと言うことは今すぐ言うつもりは無いのかもしれない。
「なんだ? なにか作って欲しいのか?」
「別に・・・そういうわけじゃ・・・ないけど・・・」
ローナは明らかに普通ではない。
「簡単な物なら、時間さえあれば作ってやるよ」
「え? あ、そ・・・うん、ありがと」
なにやら複雑な心境のようだ。ここは話題を変えるべきだと考え、子供に作ってあげた木彫り人形の話に変えることにした。
「あの手の木彫り細工は久しぶりだったけど、まぁまぁ上手くできて喜んでもらえて良かったよ」
芸術屋の仕事に木彫り細工が無いわけではない。だが依頼が来るのは常にリアリティを追求した迫力のある物だ。かわいらしさを求めたデフォルメは依頼ではやって来ない。デフォルメ作品は前世以来かもしれないが、それが上手くできて安心した。
「結局いくつ作ったの?」
「えっと、馬にお姫様に騎士だっけ? 騎士だけ黒色がいいとかわがまま言われて困ったけどな」
ローナの話が終わるまでに木彫り細工を三品完成させることができた。作業速度がよかったのか、ローナの話が長かったのかはわからない。
「ああ、今人気のセントレイトの影姫伝説ね。歴史系だから大人だけかと思ったけど、子供にも人気あったんだ」
「セントレイトの影姫? どこかで聞いたような・・・」
「学校の授業で出てきたはずだよ。この町から西に約百五十キロにある大都市セントレイト。今から四百五十から五百年くらい前かな。聖女ステア様と彼女を支えた影姫と呼ばれた戦士の物語。最近また脚光を浴びて有名になってきたんだよね」
「物語? 史実じゃないのか?」
「史実なんだけど、前の大戦で歴史的な資料の大半が燃えちゃってね。外交の場に出てきていた聖女ステア様は他の町にも記録が残っているけど、一切表舞台に出てこなかった戦士についてはほぼ記録がないの。男だったのか女だったのか、大柄だったのか小柄だったのか、どんな戦い方をしたのかどんな特技があったのか、全部が謎。まぁ、その謎のおかげでミステリアスな印象があって有名になったんだけどね」
「影姫って言うくらいだから女じゃないのか?」
「一説ではそうなんだけど、姫の影にいる者っていう解釈もされているからね」
「ああ、なるほど。ミステリアスだな」
歴史的に断言できる部分が少ない偉人や有名人ほど創作物が作りやすい例はない。史実ではあるが、事実がわからない以上は物語の域を出ない有名な伝説の一つ。これほど人々の心をくすぐる材料はないだろう。
「わかっているのは、一人で大軍を壊滅させたとかいうそれこそ物語のような功績と、戦いの際は常に黒い服を着ていたって記述だけ。だから最近じゃ聖女の傍らを守る黒衣の男性騎士ってのが受けているみたい」
男女の恋物語というストーリーも作れて、さらに戦いに勝つ男らしさという表現もできる。有名な役者を男女両方で起用すれば、万人受けする完璧な配役も可能だ。本当に後世の人間というのはやりたい放題だな、と前世のゲーム事情を思い返しながら思った。
「それで、何かもらってなかった?」
「ん?」
「木彫りの人形を作って、何かもらったでしょ?」
「ああ、もらったな」
工場の主からもらったもの。それはこの町の有力な人間の名刺だった。
「・・・どういうこと?」
「連絡してみたら、その腕を見込んで仕事があるかもって言われた」
「・・・え? 営業したの?」
「してないよ」
「でも、これって紹介・・・」
「まぁ、紹介みたいなものだな」
子供に木彫りの人形を作ったのは時間つぶしと、ちょっといいことをしたいという出来心からだ。下心や狙いなど一切無い。しかし、その出来心から思わぬ副産物が生まれた。
仕事が得られればいい。それも有力な人間からの仕事なら、上手くいけば長く取引することにもなる。そうなることを願うと、名刺を持つ手に自然と力が入った。
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