第十三話 前世からの積み重ね
朝食を終えて自室に籠もる。芸術屋としての仕事ができるほどの体力や精神力はまだ回復していない。そんなときに芸術屋の仕事をしてもいいものなど作れない。
「・・・こっちをするか」
机の引き出しを開けて、中にある紙の束から一枚だけを取り出す。その一枚には見慣れたコマ割りに絵に吹き出しにセリフ。漫画の一ページだ。
「これやってると・・・落ち着くな」
前世からずっと書き続けていた漫画。一度たりとも日の目を見ることはなかった。出版社には受け入れてもらえず、賞にはことごとく落選。ネットに載せたものに少数のファンがいる程度。大成することはないと言われ続け、認めたくなくても自覚があった。それでも漫画を描くのは止められなかった。
その漫画を転生してからも描き続けている。もちろん前に描いていた分は手元にないため、一から新たに描き直している。絵の技術も上がっているだろうし、コマ割りや表現の技法も向上しているはずだ。でも、ストーリーや設定に違いは無い。これだけは何故か変えることが出来なかった。
「・・・こらっ!」
「うわぁっ!」
一心不乱に漫画を描き続けていたら、突如背後から怒りが籠もった声がした。
「もう出かける時間なんだけど?」
「え? もう?」
気が付けば日が高いところにまで登っている。どうやら熱中している間に思った以上に時間が経過してしまっていたようだ。
「昼には昨日のスプリンタートルの甲羅とかを届けに行くって言ったよね?」
「えっと、うん、言ってた・・・」
「なのに何してるの?」
ローナが机を覗き込む。
「何これ? 絵本?」
「漫画だよ」
「漫画? これって漫画なの?」
新たに生まれ変わったこの世界にも漫画があることはある。だがコマ割りなどはなく、一枚の絵が一コマという形式だ。イラストレーターの描いた絵に文字を書き込んだようなものが何枚も並んでいる、紙芝居のようなものがこの世界における漫画や絵本だった。
「小さくて見にくくない?」
「そうか? 俺は余り重要じゃないシーンとかは小さいコマ割りにした方が話がテンポ良く進んでいいと思うけどな」
「ふーん・・・」
コマ割りにあまりいい印象を持ってもらえなかったようだ。見慣れないものならば最初はやはり理解に苦労する。しかし逆に考えれば、この漫画の技法を持っていれば先駆者となることができる。漫画の技術は前世で磨き続けてきた。それをこの世界で生かせれば、新たな技法の漫画という宣伝文句も加わり、注目を浴びることくらいはできるはずだ。
「へぇー・・・まぁ、好みは人それぞれだけど・・・」
描いている途中の漫画の一ページを見たローナの感想はそこで終わった。
「それよりも、もう行くけど準備できてるわけ?」
「あ、いや、待ってくれ。すぐ準備する」
描きかけの一ページを引き出しに戻し、忘れていた筋肉痛に悩まされながらも、急いで外出の準備を始めた。
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