第十二話 引きずる疲労
翌朝、前日の疲労からか、いつもよりも遅い時間に目覚めた。足を動かすと痛む。明らかに筋肉痛の痛みだった。その痛みに前世の自分が「若いと筋肉痛になるのも早いのか」という感想を漏らしているような気がした。
「おはよう」
若干足を引きずりながら寝室を出て行くと、キッチンにローナがいた。なにやら調味料を沢山並べている。
「ああ、おはよう。昨日はありがとね」
「・・・ん? まぁ、あんまり活躍できなかったけどな。仮とはいえ夫婦だし、荷物持ちくらいはこれからも頑張るよ」
「あ、いや、それじゃなくて・・・」
ローナの意図とは違ったようだ。今彼女はキッチンにいる。彼女のお礼の言葉は荷物持ちではなかったようだ。
「料理の味は適当だよ。数をこなせばコツみたいなものがつかめるよ」
「あ、いや、それでもないんだけど・・・」
「は?」
荷物持ちでもなければ料理の手直しでもない。他に何か思い当たる節はないかと考えるが、一切思い当たるものはなかった。
「何の話か全くわからないんだけど?」
「トーマじゃないの?」
「だから何がだよ」
「昨日、私に毛布掛けてくれなかった?」
「・・・は?」
昨日の夜のことを思い返す。食事が終わって食器を片付けるのもそこそこに、早々に寝る準備にはいってそのまま自室で寝た。そして気が付いたらいつもより遅い朝。それが記憶の全てだった。
「昨日の俺にそんなことする余裕あったと思うか?」
「え? でも、ベッドに寝転んで、間違いなく毛布を被る前に寝ちゃったはずなんだけど、朝起きたら毛布がかけてあって、何ならくるまっていたし・・・」
昨日の時点でローナは元気そうに見えた。しかし彼女も相当疲れていたのだろう。自室に帰ってベッドに寝転ぶなり、すぐ眠ってしまったようだ。
「元気そうに見えて疲れてたんだな」
「あれだけ荷物持って歩いて疲れない方がおかしいでしょ」
「まぁ、そうだよな」
疲れていたのであれば、彼女の昨夜の記憶と浅野状況を説明できる理由は一つしか思い当たらない。
「疲れて寝ちゃったんだろ? 寝る前に毛布を被ったのを覚えていないか、夜中に起きて十分で毛布を被ったのを覚えていない、のどちらかだろ」
疲労困憊の時、気が付いたら眠っているということは良くある。そしてその直前の記憶があやふやになるということも珍しくない。ましてや疲れ切って眠った日の夜中に起きたことなど覚えている方が珍しい。記憶にないか、無意識下に何かをしていたか、それが最も納得のいく説明だ。
「そうなのかな?」
しかしローナは納得がいかないのか、首を傾げている。
「誰かが優しく毛布を掛けてくれたような気がするんだけど・・・」
そう言ってローナがこちらを見る。
「夢、かな。優しくかけてくれそうなキャラじゃないしね」
どうやらローナも自分の思い違いで納得したようだ。しかし、こちらを見て「優しくかけてくれそうなキャラじゃない」と言われたのはちょっと気になった、というか少し傷ついた。
前世では異性との運や縁というものが無かった。人生で何度となく脈無しという現実を突きつけられてきた。異性からの「優しそう」という上っ面の褒め言葉だけは山ほどいわれてきたのだ。こちらを傷つけずにどこかを褒めなければならないときに使われる常套句だということはわかりきっている。それでも何度となくそう言われてきたということは、少なからず優しそうな雰囲気を持っていないわけではないという自己評価があった。そんな前世を生きていたときのわずかな心の支えが、今この瞬間打ち砕かれた気がした。
「おぉ、この組み合わせは美味しい」
傷ついている仮の夫をよそに、ローナは調味料を組み合わせて味見を行っていた。理科の実験にはしゃぐ子供のように、いろいろな組み合わせで表情をころころ変えていた。
「腹、減ったな・・・」
こちらは今、味よりも腹を満たすものが欲しい。調味料の組み合わせ実験中の仮の妻を放置して、朝から軽く食べられるものを探し始めた。
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