第十一話 重労働後の味
一仕事終えた。その帰りの足取りは重かった。
「お、重い・・・」
背負う形で持つ鞄。中身はスプリンタートルの甲羅を分解したものと外皮、さらに爪や牙に加えて肉なども収まっている。鞄は大きく膨れあがってパンパンだ。
「荷物持ちでしょ? 頑張ってよ」
そう言うローナの鞄もそれなりに膨らんでいる。男としてのプライドのせいか、彼女よりも多くの者を鞄に入れて、より重いものを持って移動していた。その小さなプライドが起こした行動を今は少しだけ恨んでいる。
歩きでの遠出で疲れた足腰。そこに同じ距離だけ歩く帰り道に加え、大きな荷物が追加されているのだ。足取りは物理的にも精神的にも重くて当然だった。
「ゲームはやっぱりゲームだな・・・」
前世でしていたゲーム。探索を行い、アイテムを収集して帰ってくる。それと全く同じ事をしているだけなのに、体が感じる疲労や苦痛はとんでもなくキツい。リアリティのあるゲームも緒戦はゲームなんだと、転生先の二度目の人生で思い知らされた。
幾度となく休憩を挟んでようやく人里が見えてきた。そこからさらに居住地である店まで歩かなければならない。子供の頃の遠足で先生が「家に帰るまでが遠足だ」とよく言っていた。その言葉の真意とは違うだろうが、家に帰るまで気を抜いてはいけないということは共通しているのだろう。もう顔も思い出せない子供の頃の先生に、当時聞き流していたことを心の中で謝っておいた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
店に着いた頃、足の感覚はほぼ無い。一歩店内に足を踏み入れたところで鞄を放り投げるように床に置き、自分も荷物の傍らに座り込んだ。
「お疲れ様」
一仕事を終えて帰ってきたことで満足しているのか、ローナは満足そうなニコニコ顔だ。しかし顔には少し疲労の色も見える。満足はしているが、疲れは隠し切れていない。
「日も暮れちゃったし、夜はどうしようか?」
「よ、夜?」
ローナの「夜はどうしようか?」という問いに一瞬ドキッとした。
「うん、お腹すいたでしょ? でも疲れただろうし、軽めの方がいいのかな?」
疲れていたせいで頭が回っていなかった。ドキッとした自分を殴ってやりたい。そう思った。
あくまで仮の夫婦であり、その間に肉体関係を持つことは禁止されている。だから夜に特別何かが起こることはないのだ。しかし疲れ切っていたせいなのか、雄としての本能なのか、瞬時に浮かんだのはお子様には見せられない想像だった。
「か、軽めで・・・」
「わかった。荷物持ち頑張ってくれたし、特別に用意してあげよう」
ローナは料理に自信があるのだろうか。鞄を置くと足早にキッチンへと一直線。そして調理の物音が聞こえてくる。
前世ではずっと独り身だった。疲れ切って帰ってきても、腹が減れば自分で食べる物を用意しなければならない。最初こそ料理は頑張っていたが、仕事が忙しいということを理由に徐々にインスタントや冷凍食品が増えていく。最終的には懐事情を鑑みて自炊に回帰したものの、自分で用意しなければならないという手間にはずっと苦しんでいた。その記憶があるからだろう。誰かが自分のために料理を作ってくれている。それがとても嬉しかった。
「完成!」
ローナがキッチンから持って出てきたのは大きめの皿が二枚。中には具沢山のスープ。余り物の野菜で適当に作った汁物のようなものだが、温かい食べ物が出てきたことで食欲も湧いてくる。
「ほら、食べるよ」
テーブルに皿が置かれる。疲れ切った足が歩く度に少し震えるのを耐え、席に着く。そして温かいスープをありがたくいただく。
「・・・あれ? 薄いかな?」
ローナは首を傾げながらキッチンへ向かうと、なにやらどす黒い液体の調味料が入った入れ物を持ってきた。そして躊躇うことなくその調味料をスープにかけ用としている。
「ちょっと待て!」
調味料をかけようとする彼女の手を止め、一口食べる。確かにスープの味付けは薄かった。野菜は少し固いし、正直美味しいとは言えない。だが、リカバリーができない程の失敗ではない。どす黒い調味料を入れなければならないほど急も要していない。
「少し待っててくれ」
二人分の皿を持ってキッチンへ。鍋にスープを戻して煮込み治す。その間に塩胡椒などを少しずつ追加して味を調える。そして再び皿にスープを盛り付け、ローナの前に配膳する。
「え? 美味しい?」
絶品というわけではないが、不味くもない。一人暮らしで得た失敗した料理の味付けに対する応急処置。不味くないものにするというスキルがこんなところで生きるとは思わなかった。
目の前で美味しそうにスープを食べるローナ。誰かに作ってもらう嬉しさだけでなく、美味しいといって食べてもらえる喜び。疲労困憊の中、その二つの感覚を感じた。そしてなんとなく思った。
結婚って悪くないな、と。
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