第十話 スプリンタートル2

 水辺に飛び出して銃を構える。手は多少震えているが、狙いの近くに当てることができれば問題は無い。跡浜砲弾の威力でなんとかなる。そう自分に言い聞かせて狙いを定め、両手でしっかりと持った銃の引き金を引いた。

 銃声と共に反動で腕が跳ねる。後ろに圧されたかのようにふらついて後退して、踏みとどまろうとするも舗装されていない地面に足を取られて尻餅をついた。

「うわぁ・・・」

 爆音と共に砂埃が舞う。ゲームの銃で言えば、ハンドガンを装備しているのに弾はグレネードランチャーであるかのような破壊力。確かにこれなら近くに着弾させるだけでかなりのダメージを負わせることができるだろう。

「下手くそ!」

 そう、近くに着弾させることができれば、だ。発射された弾丸はスプリンタートルに当たらず、それどころかその近くからも外れた。背景とでも言うその先の木に当たり、爆音はやや太めの木をへし折るだけに留まった。

「どこ狙ってるのよ!」

 ローナの怒りももっともだ。ただでさえ貴重な魔法弾。全く無意味な無駄撃ちで一発を消費してしまったのだ。

「す、すまん・・・」

 もう一発、また狙いを定めて撃たなければならない。そう思って立ち上がったとき、スプリンタートルと真正面から目が合った。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「ひぃっ!」

 瞬く間に距離を詰めてくるロケットスタート。成人男性ほどもある大きさの亀が弾丸のように向かってくる。それを頭が認識した瞬間、二度目の死を確信した。頭が認識したとしても、そこから体が反応できるほど、運動能力や反射神経は優れていない。

 しかし、スプリンタートルの突進はわずかに横にずれた。

 強張った体の足がもつれたのか、恐怖で卒倒しそうになってバランスを崩したのか、状況は全くわからない。ただスプリンタートルの真正面からわずかに横にずれるように倒れたおかげで、即死の直撃を辛うじて無傷で逃れることができた。

「ひぃ・・・た、助けて・・・」

 完全に逃げ腰になってしまい、まるで千鳥足のようにふらつく情けない姿をさらしながら、スプリンタートルの横を通って背後へと逃げる。亀なら方向転換に少しは時間がかかるはずだ。それだけの考えですれ違うように逃げた。

「そのままいったん逃げて!」

 ローナの声が気負えているのかもよくわからない精神状態。ただただスプリンタートルから離れようと足を動かす。

「ダメ! 向きを変えて!」

 ローナの言葉が耳には届いている。しかし頭で言葉の意味を理解する余裕がない。いわれていることはわかっているのに、それを頭が理解する余裕がないのだ。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 ただただがむしゃらに走っているつもりだが、走れているかどうかも微妙な足取りだろう。それでも自分は本気で走っているつもりだ。

 今度は何かに躓いて倒れ込んだ。体も足も動かず、もうダメだと思った瞬間、視界が一瞬だけ暗くなり、瞬く間に明るさを取り戻した。

「うそ・・・こんなことって・・・」

 驚くローナ。何が起こったのかわからず顔を上げると、スプリンタートルの甲羅が見えた。

「ひぃ・・・え?」

 スプリンタートルに恐怖心を抱いていたが、現状を理解したら、より状況がわからなくなった。

「飛びかかったスプリンタートルが倒れたソーマを飛び越して、さっき撃った魔法弾で折れた木に激突したの。首の前、硬くない場所に折れて尖った木の部分が突き刺さってる。ラッキーだけど、とんでもない偶然よ」

 スプリンタートルは偶然、魔法弾が外れてへし折れた木の尖った部分に突っ込んで死んだ。そこに突っ込むつもりはなかっただろうが、標的だった男が突然倒れたせいで弾丸のような突進は空を切り、想定外の場所に着弾してしまったようだ。

「は、ははっ・・・」

 なんとか生き延びた。状況を完全に飲み込めていないがそれだけはわかった。それだけがわかったことで、安堵の気持ちから小さな笑いが無意識にこぼれ落ちた。

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