第九話 スプリンタートル
休憩中に急いで戻ってきたローナに引きずられるように連れて行かれた。山の中腹でやや大きめの川が流れている水辺。そこに狙っている獲物がいた。
「で、でかいな・・・」
初めて実物を前にして恐怖心を抱いた。成人男性が四つん這いになったくらいの大きさがある巨大な亀。俊敏に動くイメージのない亀だが、それでも大きさに恐怖心が膨らんでいく。
「あっちの小さい奴でいいんじゃないか?」
大きな亀の傍らには数匹、小さな亀がいる。子供サイズだろうか。どう考えても大きい奴より小さい奴の方が狙うには適していそうだ。
「スプリンタートルは大きくなればなるほど甲羅と外皮が硬くなるの。だから大人サイズを狙わないといいお金にならないの」
収入のためと言われれば、現状拒否はできない。
「それに子供は警戒心が強くてすぐ逃げちゃうけど、大人は子供を逃がすために敵に向かってくる習性らしいの。だから子供は逃がして大人を狙うのがいいってわけ」
逃がした子供が大きくなって子供を作る。そうすればまた大人を狩る。そうすることで生物を絶滅に追い込まない循環を守ることにも繋がるわけだ。乱獲にならないようになっているのはなるほど、と思わされた。
「それとスプリンタートルの真正面には気をつけて」
「ん? どうしてだ?」
「ものすごい速さで突進してくるから」
「は? 亀だろ?」
「亀でも、あれは特別な亀なの。いい? 死にたくなかったら気をつけてよ」
亀とものすごい速さの突進。その二つが全く結びつかなかった。
「じゃあ行くよ」
「え? もう?」
心の準備ができる前に、ローナはさっさと水辺へ飛び出していった。
ローナが飛び出してきた音に反応したのか、子供のスプリンタートルは急いで川の中へと飛び込んでいく。その逃げる子供達を守るかのように、大人のスプリンタートルがローナの方へ向きを変える。
その瞬間だった。まるで陸上の短距離選手のスタートのような瞬発力。一瞬のロケットスタートで数メートルの距離を瞬く間にして詰め、巨体の重さを載せた亀の爪が地面に叩きつけられる。
「あっぶな・・・」
真正面に気をつけろ。ローナの言葉の意味を理解した。それと同時に、恐怖心から飛び出して行けなくなった。
恐怖心で固まった体が銃声でさらに強張る。先ほどのロケットダッシュからの一撃を避けたローナの持つ銃が火を噴いた。しかしその弾丸がスプリンタートルに効果的かと言えば、固い甲羅と外皮に対して全く効果が見られない。
「ちょっと、トーマ! 早く来て手伝いなさいよ!」
スプリンタートルの真正面に立たないように気をつけながら銃撃を加え続ける。リロードしてさらに弾丸を撃ち込みつつ、全く動く気配のない仮の夫へ怒りの声が飛ぶ。
「そっちの銃に魔法弾が入ってるんだから、隙を見て当てないと逃げられちゃう!」
そう、魔法弾はこちらの手元にある。どうなるのかはわからないが、直撃しなくても大きなダメージを与えられるらしい。よってスプリンタートルの習性を知っているローナが囮になり、隙を見て魔法弾でダメージを与える。それが今回の作戦だった。
「わ、わかったよ!」
恐怖心に足が多少震えているが、直撃しなくてもダメージを与えられるのだ。正確な射撃能力は必要ではなく、最低限近くに着弾させられればいい。そう自分に言い聞かせることで緊張感を緩和し、カチカチに固まった体を力一杯動かして、水辺へと出て行く。
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