第七話 素材収集依頼

 ローナの友人の伝手で仕事が舞い込んできたのだが、それは芸術屋の仕事ではなくローナへの依頼だった。

「そう落ち込まないでよ。仕事が来ただけでもラッキーじゃない」

 やる気に溢れているローナとは対照的に、こちらの気持ちは全く高揚感の欠片すらなかった。

「素材収集って町の外に出かけて、素材を探して、手に入れて帰ってくるんだろ?」

「そうだよ。わかってるじゃない」

 前世でよくその手のゲームをやった経験がある。だからそういった依頼がこの世界にあることは知っていたし、ローナと一緒にいればその手の依頼が舞い込んでくる可能性があることも、この世界に住んでいる以上わかっていたことだ。

 しかしその仕事をこなすには様々なスキルが求められる。それもこの世界の住人ならよく知っている。そう、ゲームのようにふらっと出かけてダンジョンを踏破して帰ってくる、などと言う簡単な作業ではないのだ。

「簡単な武器はあるから、装備を整えていこう。あ、銃は使ったことある?」

「あるわけ無いだろ」

 前世では日中は仕事、夜間は漫画を始めとした創作活動。それが全てだった。銃器に馴染みのない国に生まれたのだ。生まれてから死ぬまで、ただ一度たりとも本物の銃器に触れたことはない。

「そっか、じゃあ初心者用に魔法弾は用意しておきたいけど、あれ高いからなぁ。通常弾なら安いけど、初心者じゃ当てられないかな?」

 悩まなくても当てられる自信など無い。前世でゲームは好きだった。ゲームセンターなどによく置いてある大画面に銃のコントローラーを向ける射撃ゲームの類いも経験はある。しかしその手のゲームの成績はお世辞にも良かったとは言えない。十字キーやボタンでの操作なら自信はあったのだが、リアリティを求めたゲームには全く自信が無い。

「えっと、他の武器は何か扱える?」

「扱えるわけがないだろ」

 芸術屋という職業から、材料を仕入れて求められる作品を作って渡し、その対価をもらう。これが仕事だ。素材は収集しにいくものではなく、注文して仕入れて、対価に必要経費として上乗せするものなのだ。

 リアリティのある銃のゲームすら高得点が出せないのだ。他の武器を使っての実戦など恐怖以外の何物でも無い。前世では異世界で冒険者になりたいとか、魔王を倒して英雄になるとかいう妄想をしたことが無いわけではない。だが実際にそういったことが可能となる世界に来てみれば、現実感から来る恐怖心に押しつぶされてしまいそうになる。

 結果、人里から離れることのない仕事をする道を選択した。

「魔法は?」

「使えないに決まってるだろ」

「えぇー、戦力にならないじゃないの」

「芸術屋に何を期待してるんだよ」

 異世界で誰にも負けない特殊な能力を持って生まれ変わる。そんな都合のいい展開など起こりはしない。どんな力も手に入れるにはそれ相応の努力や工夫が必要なのだ。前世でも当てはまるこの常識こそが、異世界に転生して強く思い知らされた現実だ。

「これじゃあ足手まといじゃないの」

 ローナのため息が聞こえる。

「じゃあ一人で行ってくれ」

「スプリンタートルの外皮と甲羅なんて一人で持って帰られるわけないじゃない! 何のためにいるの!」

「持ち運ぶ手伝いの人手くらい他を当たってくれ」

「人を雇うお金なんかない!」

 きっぱりと言い切った。お金がないという主張は、仮とは言え夫婦なのだ。自分たちの全財産は痛いほどよくわかっている。

「・・・荷物持ちかよ」

「それ以外できないじゃないの」

 腕っ節皆無の芸術屋に荷物持ちをさせるのもどうかと思うが、家計のためなら致し方がない。遠出も荷物持ちも気が進まないが、ここは行かざるを得ない。

「こっちの仕事で人手が必要になったら手伝ってもらうからな」

「はいはい、わかってますって」

 いつどんな仕事が舞い込んでくるかわからないが、ひとまず先の仕事お手伝いの約束を取り付けたということでここは無理矢理納得することにした。

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