第六話 ローナの商店
夫婦生活が始まって数日。新妻となったローナの商店について最初はよくわからなかったが、時間が経ってようやくどういったシステムのものなのかがわかるようになった。
彼女が営む商店は街中にありふれた通常の商店と何ら変わりない。日用品や食品など、売れる商品を選別して店舗の限られたスペースを有効活用して販売する。しかし普通の商店とは大きく違うことがある。それは店舗に並んでいない商品であっても、注文があればなんとかして取り寄せることだった。
「ふぅ、この前の注文の素材はラッキーだったよ。海の向こうじゃないと手に入らない物だったけど、たまたま行商人が手に入れていて、近くに来ていたから手に入りやすかった」
稀少なものであってもとりあえず引き受ける。そんなもであっても入手が可能なら引き受ける。もちろん全てではないが、可能な限り受ける。それが彼女の方針だ。
「あまり無茶な商品は受けない方がいいんじゃないか?」
「何を言っているの? どこもやってなさそうなことに手を出さなきゃダメじゃない」
「でもものによっては危険なんだろ?」
「まぁ、山の中や森の中とかにも行かなきゃならないこともあるからね」
年端もいかない少女のような体でよくやるな、と感心と呆れが半々のため息が漏れる。
「わっ、これ美味しいじゃない。なに? 料理もできるの?」
「まぁ、簡単なものならそれなりには・・・」
前世では死ぬまで独り者だった。嫌でも自炊の能力は上がっており、今生でもその自炊能力はちょっとした応用で十分使用が可能だった。
「それはそうと、そっちの仕事はどうなの?」
「え? どうって?」
「とぼけないでよ。こっちに引っ越してきてから新しい依頼が来てないでしょ?」
痛いところを突かれた。確かに新居に引っ越してきてから新規の案件は来ていない。今まで贔屓にしてくれていた客はあくまで父親や母親の腕と名前が目的で頼みに来ていた。その息子とはいえ、簡単に贔屓にしていた店から鞍替えはない。だからといって独立したばかりで新しいお客などそうそうに舞い込んでくるはずがない。つまり今抱えている案件を全て消化しきってしまえば、その先の収入はゼロと言うことになる。
「確かに新しい依頼はまだ来ていないけど、こればかりは一朝一夕でなんとかなるものじゃないんだよ」
今抱えている案件はあくまで父親と母親が受けた依頼。それを今までなら息子として手伝っていた身だが、独立した状態になってからは外注という形で両親の代わりに仕事をしている。それも両親がしばらく旅行に出かけて留守にするからという理由で、だ。
「新規案件はなくて、馴染みのお客さんはこっちには流れてこないってことでしょ?」
「ま、まぁ、早い話が・・・そうだよ」
商店は新規開店でも周辺の住人の目当ての商品があればある程度の集客が見込める。しかし芸術屋はそうはいかない。職人は認めてもらえなければ客が来ないのだ。
「じゃあ新規開拓するしかないでしょ」
「簡単に言うなよな」
自分たちのように新しく始めた店でもなければ、少なからず馴染みの取引相手というものが存在する。行政の制度で新たな商売が起こりやすい街だとは言え、そう簡単に新規開拓などできるはずがない。簡単に新規開拓などできるなら、営業職などという職種は存在しなくていいことになるのだ。
「簡単には言ったけど、あてがないわけじゃないのよね」
「え?」
ローナはいたずらっ子のような笑みを見せてくる。
「新規開拓って、要は今まで関わっていた層とは別の層に売り込みをかければいいわけでしょ?」
「まぁ、そうだけどさ」
今まで関わりが無かったからこそ接触するのや信頼を得るのが難しいのだ。
「ひとまず私の交友関係を中心に声をかけて回るのが手っ取り早いでしょ?」
ローナの言うことに間違いは無いが、そもそも彼女の交友関係の中に芸術屋の手腕を求めている人物がいるかどうかが疑問だ。
「年齢とタイミング的に、私たちみたいに独立しているところもあるだろうし、そこから話が広がっていけば可能性は全くのゼロじゃないでしょ?」
確かに可能性はゼロじゃないだろう。それに全く繋がりがない赤の他人に営業をかけるよりも、ローナと繋がりのある人物の方が話も進みやすい。
「じゃあ、とりあえずその方針でやってみるか」
「そうそう、前向きに考えないといつまで経っても前に進めないよ」
自分と違ってローナはずいぶんとポジティブなものの考え方をするようだ。仮の夫婦として一つ、相手のことがわかった気がした食卓での一時だった。
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