第四話 仮夫婦の初顔合わせ
父親から仮夫婦制度に申請したという話を聞いてからわずか数日後だった。父親の登録したこちらの情報と相手の条件、そして相手側が登録した情報と相手側が求める条件、それらが一致したという通達が役所から来たのだ。父親はそれにすぐ返答し、顔見せに了承した。独裁者の即決のごとく一瞬で数日後という直近の日に日取りも決まってしまったのだ。
そして当日、役所が用意した部屋で相手側の家族と顔合わせとなった。
用意された部屋にて家族同士で顔合わせをする。まるでお見合いだな、と思いながら相手の女性を見ていた。すると、父親が相手側に聞こえないように小声で耳打ちしてくる。
「お前の傑作とは違って残念か?」
「うるさいよ」
「でも可愛らしいお嬢さんじゃないか。どうだ?」
父親はどうやら早く仮でも良いから夫婦状態になって欲しいようだ。一人前の仕事に加えて仮とは行け結婚するのだ。後継支援制度と仮夫婦制度。この二つの制度を用いて正式に店を譲る。そうすれば行政からもお金が舞い込み、両親は自由の身で旅行にも行ける。だからだろう。今日はやけに前向きに進める言葉が父親だけでなく、母親からも聞こえてくる。
目の前には仮夫婦制度で仮の伴侶となる女性。情報によれば彼女は同い年のようだが、容姿は全くそう見えない。目の前にはまだ小さな学生の女の子が座っているようにしか見えないのだ。いわゆる幼児体型やロリータ、などと言われる見た目だ。
「こちらとしてもいい話だと考えています」
こちら側だけでなく、相手側の親も前のめりに話を進めているように見える。結婚する当事者の両者を置き去りにして、両親同士で話を進めている。実際のお見合いもこういった形だったのだろうか、と顔見せに全く集中できずに考えていた。
目の前の女性、もとい女の子。彼女は可愛らしいと思うが、容姿は全くといって良いほどタイプではなかった。昔から、前世の頃から好きな女性の容姿は決まって長身。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイル。それが好みの容姿だ。だから目の前の彼女には申し訳ないが、見た目という点では全く惹かれなかった。
そして向こうの彼女もこちらの見た目に興味は無いのだろう。お互い真正面に座っているのに、視線が全く交わらないのだ。
「うん、問題は何も無いな。どうだ? この方で良いか?」
父親に聞かれ、一瞬悩む。年齢はまだ十代で先は長い。だからこの話を蹴ってもまだ次のチャンスはあるだろう。しかし、前世ではいつかチャンスが来るだろうと考えている間に婚期を逃してしまっていた。その結果の孤独死。その恐怖心が、彼女との仮夫婦を否定させてくれない。
「私はいいよ」
すると、相手の女性が先に肯定の言葉を発した。
「期間限定の仮契約だし、ダメならそこでお互い納得してやめればいいじゃない」
見た目は子供の幼児体型な彼女だが、その発言は制度をしっかりと理解した上でいつでも選択肢があると言うことがわかってのものだ。そして言われてみれば彼女の言う通りだと思わされる。
人生において理想の相手に出会えて結ばれる可能性は決して高くない。理想とは非常に手が届き難いものなのだ。理想の仕事について理想的な生活ができなかった前世が良い例だ。ならばある程度の妥協は必要になってくる。
前世では女性との交際などの機会も多くはなかった。しかし今生では行政が様々な制度を用意してくれている。ならば自分の経験値の一つとして、そしてこの先の人生で選択をする機会のための判断材料として、今回の話を受けるのはそう悪いことではない。
「俺もいいよ。この話は受けるよ」
両者の合意の元、これより役所に仮夫婦としての登録を行う。そして居住地や引っ越しの手配が済み次第、仮夫婦としての生活が始まる。
顔見せが終わり当事者の両親達は四人で談笑している。残された仮夫婦となる当事者同士に会話はない。なぜならまだ相手のことが全くといっていいほどお互いにわかっていないからだ。
「あなた、私の見た目がタイプだったりする?」
「え? えっと、いや・・・」
突然問われて上手く返せず、失礼な返答になってしまった。
「まぁ、そうだよね。こんな見た目じゃしかたないよね」
特に悲観する様子も落ち込む様子もなく、普通の会話のように彼女は言った。
「実は私もあなたの見た目、タイプじゃないから」
そう言われて自分の身体を見る。線の細い、文化系の身体だ。重労働と言えば立体物を造る際の肉体労働くらいで、それも毎日というわけではない。ジッと静かに絵を描いている時間が長く、どうしても身体の線は細くなってしまう。
「頼りがいのある見た目が好みかな。でもまぁ、そこはお互い様だね」
仮夫婦期間の始まりの日。互いの共通点が一つ見つかった。それはお互い、相手の容姿が全くタイプではないということだった。
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