第三話 臆病なクリエイター
芸術屋の仕事に苦手なものはなかった。前世では漫画やイラストを本気で描いていた。日の目を見ることはなかったが、ネットの世界では少しだけファンがいる程度の腕でもあった。その経験値から絵の仕事は一定以上のクオリティーがあると自負している。
看板や像といった立体構造のものも苦手ではない。前世では売れっ子の漫画家を目指していたが、趣味といえるものはプラモデルやジオラマ作りだった。普通の仕事をしながら漫画に取り組み、空いた時間に構想を練りながら趣味のプラモデルやジオラマを手がける。裕福な生活ではなかったが、精神的には安定していたと思う。
その経験値が生きる仕事が家業の家に生まれたのはある意味幸いだったかもしれない。しかしその一方で、才能と実力は日の目を見ることがなかった。高く厚い壁を知ってしまっているため、どうしても今生の家業というものに乗り気になれない自分がいた。
「相変わらず上手ね。もう私が教えることは何も無いかも」
ジオラマを造る作業を傍らで見守る母の言葉だった。
「そ、そうかな?」
不安しかない自分の心。それでも褒められれば嬉しくないはずがない。
「木々の色合いや山の斜面は見ているだけで本当の自然を見ているようだし、城壁の質感に兵士達の背格好や装備の細かさ、本当に時代を一つ切り取った写真みたいね」
今手がけているのは、少し先に開かれる展示会に出展する展示物の一つだ。五百年ほど前の英雄の逸話を元にしたジオラマ。正直この世界の英雄や歴史には疎いが、仕事である以上求められたものを造らなければならない。しかし趣味であったことも相まってか、どうしても無意識のうちに凝ってしまう。
「城壁の中の町には本当に人が住んでいそうだし、あなたは本当に才能があるわね」
褒められるのは嫌いではない。褒められるのは嬉しく、どうしても照れてしまう。しかしその後にはどうしても、自分が前世では全くの無名のままだったという現実を思い出してしまう。そして褒められる度にハードルが高くなっているような気がしてしまうのだ。
「母さんは、家業をすることが怖かったりしないの?」
「怖い? どういうことかしら?」
「ほら、だってさ、芸術一本で食べていくんだよ。スランプに陥ったりとか、周囲から全く評価されなかったりとか、そういうのって怖くなかったの?」
この都市では後継者には手厚い支援がある一方で、転職者などに対する支援ははっきり言って十分ではない。家業を継いで技術を継承する。そのためにはすぐ得た都市だが、家業で成果を上げられなかったり、社会状況の変化で収入が激減したりした際に別の道を選択するのが難しい。
芸術屋にかかわらず、技術と腕一本で食べていくのは、成果が出なかった前世を知ってしまっているだけに怖い。
「そうねぇ、私はあまり怖いと思ったことはないかしら」
母親から帰ってきたのは、若かりし頃の強気な一面にも見える。
「だって、芸術屋だけじゃないもの。商店だったり、農家だったり、なんだったら軍人さんだってそう。人は一つのことをずっと続けていくわけで、私はそれが芸術屋だったの」
前世の年齢を加えればすでに生きていた時間は七十年なのに、半分近い年齢しか生きていない母親の言葉が不思議と腑に落ちた。
前世でもそうだった。漫画家だったら漫画をずっと描くし、営業職だったらずっと営業を行い続けるし、職人だったらずっと同じものを作り続ける。働いてお金を稼ぎ生きていくという人間の生活の中で、働くということは同じ事を続けてプロフェッショナルであり続けるということだ。
「あなたの不安もわかるけど、そんなに重く考える事は無いわよ。みんなやる内容が違うだけで、やっている事は似たようなものだもの」
漫画家を目指して、成功することなく未婚で人生を終えた前世。どうやらどれだけ長く生きていたとしても、自分自身が得ていた経験値というものは思っていたほどたいしたことの無いものだったのかもしれない。
「得意なこととできること、苦手なこととできないこと、これだけがわかっていたら食べていくことくらいはできるんじゃないかしらね」
前世では漫画では全くダメだった。しかし普通の仕事はずっと続けていた。漫画にこだわらないという選択肢が当時の自分にあったのなら、また別の人生もあったかもしれない。
もっとも、漫画にこだわらないという選択肢はなかったのだが、そういうことも考えられるようになった。年齢にかかわらず、母は偉大なのかもしれない。
「だから芸術屋を受け継いで、私たちを安心させてね。後継支援制度のお金で旅行に行きたいの」
「・・・え?」
「行きたいところがたくさんあるけど、仕事をしているとなかなか行けないでしょ?」
「えっと、ああ、うん・・・」
「才能も実力もある子に育ってくれてありがとう」
喜ぶ母の表情。本当の子供なら素直に喜べるのかもしれない。しかし前世のこともあってか、濁した返答のような相づちしか出なかった。
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