第二話 ネクストライフ

 机に向かい絵筆を走らせる。練りに練った構成から生まれた下絵の通りに着色していき、それはさほど時間をかけることなく完成した。

「親父、できたぞ」

 完成したのは一枚のポスターの原画。この原画を元にポスターが大量に印刷され、街の至る所に張り出される。

「うん、いいな。お前は相変わらず芸術のセンスがある。非常に上手だよ」

 新たに始まった二度目の人生。そこでの親子関係はすでに十八年になろうとしている。しかし未だになれない。前世での五十年という親子関係をどうしても越えることができないのだ。

「お前も、もう十八だ。そろそろこの店もお前に譲るよ。お前なら芸術屋でも十分食べていけるだけの才能がある」

 芸術屋とは、新しく生を受けたこの世界での両親の職業だ。

「俺に才能は無いよ」

「何を言っている? 絵も上手いし、造形物も完璧だ。非の打ち所がないよ」

 前世での経験値が生きているだけで、自分に才能があるなんて思わない。もちろん前世の頃に端安濃があると思っていたし、秀でているという自信しか無かった。しかし蓋を開けていれば、死ぬその日まで日の目を見ることはなかった。

「この前の看板も像も好評だったぞ。十代でここまでできる奴はいない。胸を張りなさい」

 今生の父親の心が胸に刺さる。十代でここまでできる奴はいないという言葉が重くのしかかる。なぜなら前世で積み重ねた五十年の経験値を十代で発揮しているのだ。評価が高くなければそれこそ前世が無駄だったことになる。だが、積み重ねたものは全くの無駄ではなかった事は、ひとまずの安堵となる。

 しかしそれは今が十代だからこそのものだ。前世では五十を超えて小さな花すら咲かせることができなかった。これから二十代三十代と歳を重ねていく上で、これ以上の成長がないとしたら、それは絶望以外の何物でも無い。

 その絶望こそが恐怖となり、不安となる。故に、今生で自分に才能があるなどと思ったことは一度も無かった。

「絵だけでなく立体の造形物も目を見張るものがある。後は役所に届け出を出して店を譲るだけだな」

「親父、それは気が早いだろ? 親父はまだ四十くらいじゃないか。引退なんて早すぎる」

 四十で子供に店を譲って一線を退く。前世の頃にも多くの職人や家業の話は聞いたことがあったが、これほどまで早く譲るという話は聞いたことがなかった。

「お前はもう食べていく分には困らないだけの技量を持っているんだ。なら早く一人前として店を持つべきだ。最初は苦労するかもしれないが、行政からの後継支援制度もある。自分を信じていれば大丈夫だ」

 この世界のこの都市には後継支援制度というものがある。家業を持つものが後継者を育成して次の代に引き継いだ際、行政からまとまった金額の支援が受けられるというものだ。そのためこの都市では後継者育成が盛んで、若い年齢で代替わりをすることが多い。

「ああ、それと仮夫婦制度にも申請しておいたからな」

「そっちは前向きに考えると言っただけでまだ決めていないぞ」

「こっちも早いほうが良いだろう」

 ニコッと笑う親父に少し苛立つ。何でもかんでも勝手に決めてしまうのはこの人がそういう性格だからというのもあるが、この都市自体が若返りや後継者育成に力を入れている政策が多いというのが一番の大きな原因だ。

 仮夫婦制度は十八歳を超えた男女をひとまず仮の夫婦として一年間という期限付で同居させ、期間終了後に正式に夫婦となるかを双方の合意により決めるものだ。もちろん拒むこともできるし、双方の合意さえあれば期限を待つことなく仮夫婦を解約することもできる。これにより若い内から夫婦間や家族計画などを経験値として考える事ができる。

 この後継支援制度と仮夫婦制度より、この都市は進んでしまった高齢化社会をなんとか乗り切ることができたらしい。結婚する年齢が下がり、後継支援制度でまとまったお金の

を得たことで育児にも困らない。政策だけが理由ではないだろうが、この都市の人口推移が好転したのは間違いない。

「ああ、一年間の仮夫婦期間はあくまで制度上の仮契約期間だ。肉体関係は持っちゃダメだぞ」

「親父、相手がどこの誰かもまだわからないのに何の心配をしているんだよ」

「仮夫婦期間中に肉体関係を持ったり、子作りしたりすると罰則があるからね。先に注意をしておこうと思ったんだ」

 制度期間中はあくまで仮契約。一線を越えることは法律が許さない。

「引き出しの中の傑作みたいな彼女が相手だといいね」

 親父の言葉に身体が無意識のうちに反応した。

「親父! 勝手に見たのか!」

 机を叩く勢いで立ち上がり、親父の方へ振り返る。そこにはもう部屋から出て行こうとする親父の背中しかなく、文句はこれ以上言えなかった。

「くそっ!」

 ドカッと椅子に座り、深いため息をついた。

「隠し場所を変えるか、鍵でもつけるか」

 引き出しの中の傑作を見られたのはなんとも言い難い思いだったが、傑作と言われたことだけはそう悪い気はしなかった。

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