俺の漫画は異世界でも売れない

猫乃手借太

第一話 『53』と『40』と『0』と『最期』

 『53』

 この数字に良い思い出はないが、一応忘れられない数字になっている。役所などでより扱われている公文書に最後に記入した自分の年齢だ。

 我ながら情けないことにこの年齢を超えても未婚だった。ただ唯一良かったというか、心残りがないというのもおかしな話だが、この年齢まで生きたことで両親の葬儀をきちんと済ませられていたことは幸いだった。年老いた両親を残して逝く。それがなかっただけでも一安心だ。


 『40』

 この数字にも良い思い出はない。しかしこれもまた忘れられない数字というか、最後にたどり着いた数字でもある。それは夢追い人であった累計年数だ。

 小学校を卒業する頃、将来の夢などを良く気にするようになった。学校や親からもなんとなく将来のことを聞かれるようになり、小学校卒業後に夢追い人としての一年目が始まった。そこからは大成することなく、しかし諦めることもできず、気付けば結婚を模索することさえ難しい年齢に到達し、意地になって夢追い人を続けた。その結果、たどり着いてしまった累計年数だ。この数字が増えることはもう無い。なぜなら年齢と共にもう加算されることは無くなったからだ。


 『0』

 この数字は日常でよく使う割に、直視したくない数字だった。なぜならずっとぶつかってきた壁であり、大成しなかった事を証明する数字だからだ。

 受けた栄光、浴びた賞賛、向けられた脚光など、増えて欲しくない数字は自然と増えていくのに対して、増えて欲しい数字は何一つ変わることがなかった。そのため年齢という累計年数の最終年に到達した数字は、スタートから何一つ増えることのないものだった。この数字が増えなかったことこそが、人生の敗北者を如実に表しているといえる。


 一人自宅で黙々と夢追い人として努力を続けていたある日、急に胸が苦しくなって倒れ込んだ。救急車を呼ぼうにも作業に没頭するために手元から連絡手段を遠ざけていた。それが仇となったのだ。誰の助けもなく、誰にも看取られることもなく、会社の面々には多少は心配もされたかもしれないが、結果として最後は孤独だった。

 夢追い人が悪いとは思わないし、夢を追うなとも思わない。ただ別の人生が絶対あっただろうとは思う。だからこそ、死ぬ間際に後悔した。

「どうして俺は一人なんだ?」

 今までの人生が走馬燈のように脳内を駆け巡る。その疑問に答えてやろうと意地悪く言うかのように、だ。

 若い頃は夢を追い続けて人付き合いが疎かになり、会社では年齢の割にもらっていた給料は低かったかもしれない。社会では徐々に言われたくない社会不適合者としての専門名が向けられ始め、人生では大成しなかった夢追い人としてのツケを払うかのように満足のいく一生ではなかった。

 走馬燈の途中で違う道を歩んでいればというのも考えた。早々に夢追い人を諦めていれば、もしかすると結婚して子供がいたのかもしれない。会社ではもう少し出世して周りから頼りにされたかもしれない。社会では名前こそ知られることのない無名の一般市民だが、誰からも後ろ指を指されることのない一生になったかもしれない。

「・・・もう・・・一度・・・」

 やり直したい。しかしそんなことは叶わない。夢を追い続けて、夢に破れて、人生の終焉は一人寂しく、無音の孤独の中で死んでいく。その絶望を死ぬ瞬間になってより一層強く味合わされる。市とはなんとも残酷なものなのだろうか。

「・・・だれ・・・か・・・たす・・・けて・・・」

 弱っていく中での声だ。そんな声は誰にも届くことがない。それはわかっていても、助けを求めずにはいられなかった。

「・・・ね・・・さ・・・」

 薄れ行く意識の中、なんとなく誰かに看取られているような気がした。気配もなく、姿もない。死ぬその瞬間の恐怖や絶望が生み出した幻覚かもしれない。しかしそれでも良かった。なんとなく一人じゃないような気がする。そう思えるだけで、少しだけ救われた気がした。

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