第5話 処遇

 ウギャアアア‼ 


 リリアの悲鳴が大広間に響き渡る。が、度重なる威風で吹き飛ばされるヨゼフィーナ達には救出の術が見つからない。アルシュヴェタ達はアレクサンドラ王女の回復にかかりっきりだった。


「リリア‼」


 床に転ばされるヨゼフィーナは片膝をついて叫んだ。


 魔王ラムアに掴まれたリリアは激痛のあまり握っていたサーベルを床に落とし、魔王ラムアにニギニギ弄ばれて悶絶する。魔石の力で何とか耐えてはいるが……。

「邪魔だ」

 ラムアはリリアが吊るしていたサーベルの鞘を目障りに思ってブチっとちぎってポイした。握られてひしゃげたサーベルの鞘は床に落下してガチャンと音を立てる。

「こ、コイツの心臓を一突きにして‼」

 リリアは魔王に鷲掴みにされ締め付けられてメキメキ音を立てながら肋骨が折れそうになりながら悶絶していたが、何とか苦し紛れに命令すると床に落ちているサーベルの鞘に仕込んであった小刀の透かし彫りが反応して小刀が飛び出し、棘程の大きさに変化してラムアの身体にサクっと刺さって体内を切り開きながら侵入し魔王の心臓をグサッと一突きにして動きを封じる。


 ウグオオオ‼


 ラムアは堪らず悲鳴を上げるが、今度は威風は発生しなかった。

「神よ‼聖人スロキナの名を継承する我に聖なる力を付し、この剣を以て世の理を越え、邪魔を討ち滅ぼさんと欲す‼」

 それを見たヨゼフィーナは呪文を唱えて剣礼を行いサーベルを白光の聖剣へと反応させる。サーベルは白く輝く大振りの両手剣に変化した。

「これでも喰らえー‼」

 そして、ヨゼフィーナは魔導跳躍をして魔王の背後から袈裟懸けで魔王の身体を真っ二つに切り裂いた。


 スパァ‼


 ヌオオオオォ⁉


 魔王は断末魔の悲鳴を立てると、どでかい瑠璃色の魔石をドスンと音を立てて残し消滅した。これで魔王の方は片付いた。


 一方でアレクサンドラ王女の蘇生が師匠と宮廷魔導師団によって継続中だった。が、回復魔法をかけ続けても状態は芳しくなかった。

「リリア!大丈夫か⁉」

 床面に放り出されたリリアをヨゼフィーナは駆け寄って抱き起した。

「あ、アレクサンドラ王女…は?」

 リリアは息絶え絶えになりながらもアレクサンドラ王女の容態を気に掛ける。この作戦の発案者はリリア自身だったからだ。

「……だ、いや、あまり、芳しく…ない」

 ヨゼフィーナはちょっと正直に言うか躊躇いながらも、素直に伝えた。

「ふぐうぅ……‼」

 それを聞くとリリアは渾身の力で紫水晶の粒を一つ自分の身体から捻り出す。

「お、おい⁉」

「だ、大丈夫。玉はまだある…」

 そう言うとリリアは気絶した。

「リリア。ありがとう」

 ヨゼフィーナはリリアをそっと寝かせてから紫水晶の粒を拾ってアレクサンドラ王女の所に歩み出る。

「封入‼紫水晶よ!姉上の傷を全て癒し元に復し給え‼」

 ヨゼフィーナは魔法で紫水晶の粒をアレクサンドラ王女の身体に封入する。すると、粒は紫白い閃光を放って反応し、生命いのちの風が吹き起り、反応が消えると首の傷はすっかり治ってアレクサンドラ王女は衆人環視の中、静かに目を覚ましてむっくりと上半身を起こす。


 イエーイ‼


 その場にいた者達は一斉に喜びの歓声を上げる。


 アレクサンドラ王女は何が起こったのか理解できずにキョトンとし、リリアは力を使い切って気絶したままだった。

「一体、何ですの…?」

 むっくりと上半身を起こしたアレクサンドラ王女の第一声だった。



 それからリリアがヨゼフィーナの部屋で目を覚ましたのは二日後だった。


 ヨゼフィーナはリリアが落ち着いた所で、アルシュヴェタも同席して召喚の経緯を伝える。


 アレクサンドラ王女を調査し対処させるべく召喚術をかけた所、リリアの本体である男性が現れてしまい、仕方なく女体化した事。リリアとサーベルなどの魔力の根源はリリアの前の世界にあった魔石で、不老化して容姿は何百年経っても変化しない事、不死では無いが寿命や病死は無い事、持ち物のサーベルも元は前の世界の刀である事などを伝える。

「……それって、私が選ばれた、と言う事?」

 リリアは困惑する。かつてのちょっとした願望は関係無かったようだけど。これは黙っておこう。

「うむ。召喚魔法陣自体がリリアを選択した」

 ヨゼフィーナは即答した。

「自分に関する前の記憶は、殆ど無いと言うか思い出せない。自分が中年の男性だったとか位しか…」

「召喚魔法陣には召喚された時点で被召喚者の記憶やこの世界で有害な病気はもちろん、記憶や知識なども消去されるように術式が施されているのだ」

「もう、前の記憶は消されたという事?」

「そうなるな」

「本来、前の世界の性別などについてもこの世界に無関係な記憶は一切消されている筈なのだけれどね」

 ヨゼフィーナの師匠もとい宮廷魔導師団長であるアルシュヴェタ クローリアが付け加える。

「とはいえ、どんな術式を仕掛けても程度については個人差があるようですね。勉強になりました」

「私もよ」

 アルシュヴェタも同意する。

「で、もう目的は達成しちゃったって事?」

 リリアはヨゼフィーナに質問する。

「まあ、そうなるな…」

 ヨゼフィーナは否定しなかった。

「私としても驚きだけど、召喚して女体化して魔石を使って魔法力とこの世界の知識を付与して陰謀で放逐され、鉱山で一戦闘をしてから王都のお城で伝説の魔王ラムアを倒す。僅か半日の出来事ですものね………」

 アルシュヴェタは苦笑いをする。

「ローマは一日にして成らず、と言うけれど、ローマは半日でなってしまったって事?」

 リリアは独り言を言う。

「ローマ?…異世界人は我々の叡智を飛び越えた所があるなぁ」

「ローマってサルダニヤの王都ラーマの事かしら?」

 ヨゼフィーナとアルシュヴェタはそれぞれの考えを口にする。

「サルダニヤって?」

「コストリアの向こう側にある海に囲まれた半島国家よ。尤も今は小勢力が乱立して周辺の大国の食い物にされているけれどね……」

「ふーん」

 その時、リリアはヨゼフィーナの後ろの本棚にある本のタイトルに気が付いた。

「ん?戦争論?」

「ん?リリアは戦争論を知っているのか?」

 ヨゼフィーナは少し驚く。

「大学の図書館で一度読破した事があるけれど。もちろん原書などではなく注釈本だけど」

「ほう…」

「書いた人誰だったかなぁ…何だか長い苗字の人だった気がする」

「ほう…」

 ヨゼフィーナは興味を持つ。

「確か、戦争は政治の一手段に過ぎないとかは憶えているけれど……」

「よし、リリアは戦争論について論文を書け」

「ま、待って!」

「何だ?」

「前提条件…この世界の事について予備知識が無ければ何もできないよ?」

「それもそうだな…よし、リリアは明日から私の軍務に同行しろ」

「えーっ⁉」

「それより、国王陛下への報告書はどうするの?」

「父上達には待って頂く」


 翌日にはリリアのサーベルの修復が終わり、ヨゼフィーナはそれから数日に渡って自分の軍務や公務にリリアを同行させた。リリアは熱心に観察する。演習で兵隊が持つ小銃はフリントロック式で弾の形状も球状で、大砲も指火式より進化しているとはいえ依然として前装式のランヤード式はともかく滑空砲スムーズボアで古い。どうも、この世界は17~19世紀半ば辺りのようだとリリアは理解する。この演習中、リリアは王宮騎士団の大砲と王国軍が装備している大砲の大きさにかなりの違いがある事に気が付いた。野戦重砲のような大型の大砲は威力、射程共王国軍の大砲を凌いでおり、王国軍を常に圧倒していた。しかし、移動や次弾発射にはかなりの時間や工兵支援を受けるなど労力を費やしていた。それに対して王国軍の大砲は王宮騎士団の大砲より発射速度が速く、移動も泥濘地で分解組み立てを伴うにもかかわらず想像以上に迅速だった。さらに大砲の損害が砲撃よりも騎兵の突撃によるものの方が多い事にも注目した。また、騎兵は散兵には強いが密集隊形である戦列歩兵の方陣にはなすすべもない事も発見した。映画もあながちウソではなんだなぁとリリアは思った。


「ふむ。よく観察しているなぁ」


 ヨゼフィーナはリリアから演習の感想を聞いて感心した。感心したのは同行した参謀も同様だった。


 ある日、ヨゼフィーナは試しにリリアに一軍を率いさせて演習をしてみる事にした。異世界人の実力を試してみたかったのだろう。演習は野戦軍同士の会戦形式となった。兵力は戦列歩兵4個連隊、擲弾兵連隊、胸甲騎兵連隊、砲兵連隊、工兵連隊が各1個、補給連隊は2個という陣容だった。演習場所に工兵隊によって築かれた指揮所でリリアと演習に動員された王国軍の指揮官達は折り畳みテーブルの上に敷かれた地図を囲んでにらめっこをしている。リリアは補佐役を務める王国軍少将に質問した。少将はこの野戦軍を率いる司令官だったが長期休暇で当日まで不在だったのだ。

「いつもの演習は正面からぶつかって敗走した方が負け、って事?」

「そうですね。本物の戦争でもそういう事が基本ですから」

「砲兵の砲撃から始まって戦列歩兵が横隊でぶつかって戦列を崩し、最後に騎兵が突撃」

「戦術の基本は概ねそうなっています」

 野戦軍司令官の少将は少し安堵した。何だ、異世界でもそう変わらんではないか。と。演習場所も開けた平坦地である。隅に森林と川が挟み、山が迫ってはいるが。

「では、連隊兵力の陣容は?」

「戦列歩兵連隊は4個大隊から成り、大隊は4個中隊で構成され、中隊兵力は300人です。擲弾兵と騎兵も同様です。砲兵は2門で1個中隊です」

「砲兵は32門か…」

 リリアは呟く。相手は王国騎士団でこちらは王国軍という編成である。兵と兵器の質は結構違う。それは事前準備期間中に確認してある。しかし、戦う組織なのだから、それは理由にはならない。とはいえ、いつも通りまともにぶつかってはこちらに勝ち目は無いだろう。

「砲兵指揮官に質問したい」

「どうぞ。何なりと」

 砲兵大佐が応じる。

「移動して布陣し発砲できるのに要する時間はどの位?」

「およそ15分です」

「移動して発砲するだけなら?」

「5分程度で発砲できます」

「発射速度は概ね3分で1発と考えていいかな?」

「はい」

「砲撃で騎兵の突撃を粉砕できる?」

「距離と発射速度、騎兵の移動速度を考えると一撃がやっとですから、砲撃だけでは無理ですね」

「なるほど、歩兵は方陣を組んで対抗できるが、砲兵は大砲を置いて逃げるしかない。擲弾兵はどうなのかな?」

「擲弾兵は戦列歩兵と違い、ライフルを使って散兵戦術を行う歩兵です」

 なるほど。こちらは歩兵に通じる所があるようだ。

「なるほど。…工兵は確か、一人一人にマスケットが支給されているよね?」

「はい」

 工兵指揮官は返事する。

「射撃訓練や銃剣訓練はよくやってる?」

「歩兵程ではありませんが、野戦築城と同等の時間を割いています」

「分かった。補給部隊は自前で敵騎兵と戦える戦力はあるのかな?」

「襲撃を撃退する訓練は日課になっております」

「左様」

 補給隊指揮官は二人いるがどちらも不機嫌そうに答える。一つは武器弾薬、もう一つは資材や食糧を担当する。彼等も銃を携行しているが小銃では無く短銃である。動く部隊が限られる演習中はほぼ遊兵化してしまう為、残余の部隊を斥候や本営の警衛も担当させている。ゆっくりできないので不満なのだろう。本当の戦争ならば、彼等は不眠不休で活動する。

「では、今日の作戦を伝えるよ。平地の中央は戦列歩兵と砲兵をセオリー通りに配置して敵を油断させる」

「油断ですか?」

 少将が反応する。

「敵を欺くのは戦争ではとても大切」

「確かにそうですが」

「騎兵も砲兵の後列で控え、工兵は砲兵の援護。補給隊は補給を通常通りに」

「はあ」

「擲弾兵と騎兵は機動戦兵力。敵の横腹を撃って貰う」

「戦列歩兵の横には散兵線が引かれてますぞ?」

「散兵線は騎兵中隊で蹴散らして注意を引かせる」

「そんな子供だまし、通用しますかな?」

「まあまあ。擲弾兵連隊はこの隅にある山と森を占領。騎兵1個中隊は森に隠れる。擲弾兵連隊は長射程を活かして敵を狙撃する。騎兵中隊は、散兵線の掃討が主任務であるが、戦列歩兵又は擲弾兵が向かってきた場合はただちに離脱し交戦は避けよ。短銃では射程が短過ぎる。さて、戦列歩兵と砲兵はセオリー通りに前進だが、砲兵はなるべく歩兵の直後に布陣。工兵は騎兵の突撃に備えて塹壕を砲列の後ろに掘り、砲兵の退避場所兼迎撃拠点とする。砲兵は敵騎兵の襲撃があった場合には砲を遺棄して塹壕に逃げ込め。工兵は別命あるまで塹壕から出てはいけない。騎兵の襲撃には銃撃と銃剣で対処し、突破された場合は敵騎兵の後方から銃撃すると共に敵の後詰を粉砕せよ。騎兵は最後の戦列である。敵騎兵には銃撃隊と突撃隊の2隊に分け、突撃隊の方を多くする。銃撃隊は突撃隊の援護を任務とするが、後詰への攻撃、状況が許せば川に進出する。個別の動きはそれぞれに指示する他、伝令を出す。大まかな所は以上かな」

 リリア的には良い出来栄えの作戦だと思っていたが、王国軍の指揮官達は少し落胆していた。この程度は誰でもすぐ思いつくからだった。しかし、砲兵と工兵指揮官は少し違っていた。歩砲同列や塹壕で騎兵襲撃を凌ぐという点は斬新な戦術だった。


 かくして演習は戦列歩兵の前進から始まった。


「何だぁ?あのだらけた隊列は?」

 遠眼鏡で覗いていた王宮騎士団の将校は声を上げる。王国軍の戦列歩兵は間隔の空いた縦列で進軍していたからである。これにはヨゼフィーナも苦笑する。

「王国軍はさぞかし混乱しているだろうな…」

 しかし、これは砲撃に備えた行軍だった。王宮騎士団の砲撃は王国軍戦列歩兵に打撃を与える事は殆ど少なかった。それどころか縦列に随伴している砲兵も含め進撃速度が心なしか速い。そして随伴砲兵も各々十分射程に入った所で射撃を始めている。

 砲撃戦が始まっているが、王宮騎士団の砲撃は十分に王国軍戦列歩兵に対して打撃を与えられなかった。それに対して王国軍砲兵は戦列歩兵では無く、大砲を攻撃目標として王宮騎士団の大砲は次々と沈黙して行く。砲撃すると再び前進を始める。

「報告!砲兵隊に甚大な損害が出ています‼」

「どの位か?」

「三分の二以上やられています‼」

 そんなに…!ヨゼフィーナは報告に愕然とする。大砲は王宮騎士団の方が性能も良く新型なのだ。

「すぐに大砲は下げて再編成せよ」

「はっ‼」

「すぐに戦列歩兵を前進させろ‼」

「はっ‼」

 伝令が出されて王宮騎士団の戦列歩兵は前進を開始した。見事な横隊密集隊形である。

「よし、リリアに本当の戦い方を見せてやる」

 ヨゼフィーナは強がった。


「さて…。王宮騎士団の戦列歩兵が動き出しましたぞ」

 少将がリリアに伝える。

「うん。大砲を叩いたし、攻撃目標を戦列歩兵に変更だね」

 リリアは特に伝令を出さなかったが、王国軍戦列歩兵の最前列指揮官は事前に指示を受けた通りに王宮騎士団の戦列歩兵が前進した事を認めると横隊に変更させる。それを見た後続部隊も横隊に変更し脇に砲兵が到着して砲撃態勢を整える。戦列歩兵の前進速度は一定なので準備は割と容易い。

「砲撃はじめ!」

 王国軍の大砲が王宮騎士団の戦列歩兵に向けて火を噴く。たちまち王宮騎士団の戦列歩兵達は砲弾によって薙ぎ倒される。もちろん魔導演習弾だから死んだり怪我をする事は無いが、即座に死傷判定がなされて行く。

「突撃‼」

 タイミング良く王国軍戦列歩兵指揮官は突撃を残った兵士達に命じる。王宮騎士団の戦列歩兵はもうもうと立ち込める硝煙で良く状況が掴めなかったので、硝煙が晴れないうちに王国軍戦列歩兵が突撃して来るとは思いもしていなかった。

「吶喊‼」

 王国軍戦列歩兵指揮官は距離を詰めた所で命令を出す。


 ワーーーッ‼


 王国軍戦列歩兵は雄叫びを上げながら銃剣突撃をする。

「敵の突撃だ‼」

「突撃‼」

 王宮騎士団の戦列歩兵指揮官はただちに突撃を命じたが、勢いは王国軍戦列歩兵にあった。王宮騎士団の戦列歩兵達は次々と王国軍戦列歩兵に突き刺される。もちろん演習用の魔導銃剣なので死ぬ事は無い。が、結構痛いので悲鳴はあちこちから上がる。一方で工兵は騎兵の突撃に備えて塹壕を掘り進めていた。

「くそっ!いつもと違うぞ⁉」


「報告‼擲弾兵連隊が目標を制圧、占領しました‼」

「ご苦労。では、第2作戦開始せよ」

「はっ‼」

 リリアは伝令から報告を受けて次の指示を出す。リリアは騎兵と本営を前進させていたので伝令の往復時間は短縮されていた。一方で王宮騎士団の戦列歩兵は押され気味だった。

「うーむ。劣勢気味だな」

 遠眼鏡で覗いていたヨゼフィーナはこの程度ではさすがに動揺しなかった。そこに伝令が来る。

「報告!我が右翼の散兵が敵騎兵と交戦中‼」

「敵騎兵の兵力は?」

「およそ、1個中隊であります!」

「擲弾兵2個中隊を散兵の援護に向かわせる」

「はっ!」

 ところが王国軍騎兵は王宮騎士団の増援を認めるとそそくさと退却する。

「追撃しましょう」

「騎兵1個大隊で追撃せよ。可能ならば敵本陣に突っ込んでも構わん」

「はっ!」

「殿下。騎兵を投入しては如何でしょうか?」

 騎士連隊長がヨゼフィーナに進言する。

「よかろう。残りの大隊は中央突破で王国軍を攪乱せよ」

「御意」

「銃士隊長!」

「はっ!」

「擲弾兵と砲兵隊を左翼から進撃して戦列歩兵と騎兵を援護せよ」

「御意」

 擲弾兵と砲兵が移動を開始した所で伝令がやって来る。

「報告!右翼から追撃中の我が騎兵大隊、森に潜んでいた敵の伏兵と交戦、敗走中であります!」

「何だとっ⁉」

 意外な報告に驚いたヨゼフィーナは思わず馬から落ちそうになったが何とか踏みとどまった。

「指揮官集まれ!」

 ヨゼフィーナは馬から降り、地図が拡げてある机の所に行き、呼び集められた将軍達が集まる。

「右翼の森はここですな」

「うむ」

「伏兵と言う事は敵は擲弾兵ですな」

「大砲で粉砕すればよい」

「陣地転換しましょう」

 指揮官達は陣地転換を提言する。

「今から陣地変換など、あり得ぬ」

 参謀は反対意見を述べる。

「何だと⁉」

「伏兵を放置するのか?」

「騎兵を見殺しにするのか?」

「森の伏兵は、騎兵大隊を呼び戻して牽制すれば事足ります」

「伏兵如きに退却などあり得ぬ‼」

「擲弾兵だけでも森に向かわせるべきだ」

「砲兵を裸にするのか!」

 参謀が珍しく大反対して軍議は紛糾する。参謀は以前の演習でリリアに付き添っていた経験があって、リリアの考えを知っていた。

「戦列歩兵の援護は散兵と騎兵の攪乱で行い、砲兵と擲弾兵を森に向かわせるべきと考えます」

 騎士団長が意見を述べる。

「殿下!このような陣地転換は必ず大混乱をきたします!右翼の敵には工兵に塹壕を掘らせれば、擲弾兵1個大隊と退却させた騎兵で十分対応できます!」

 参謀はあくまで陣地転換に反対し、野戦築城で対抗しようと対案を出す。

「兵力が削られた騎兵や擲弾兵1個大隊程度の兵力では、反撃がかないません」

「ここは、反撃よりも防御に徹するべきです!」

「貴様!何を恐れている?」

「伏兵を置いているという事は、リリア殿は何か罠を仕掛けているに違いありません‼」

「あんな小娘に何ができると言うのか?」

「…分かった。砲兵と擲弾兵を右翼の森に向かわせよ」

 ヨゼフィーナは陣地転換を受け入れた。しかし、砲兵と擲弾兵は地図では分かりにくい川岸のくぼ地を進んでいたので大混乱となった。移動速度が異なる大部隊をバックさせるなど至難の業なのだ。かといって前に進めば、既に敵前である。参謀の懸念は的中した。

「何をしている?」

「地図に無い段差で行動に制約が生じております」

 銃士隊長がヨゼフィーナに報告する。

(我が軍の重く大きな大砲の方向転換は容易では無い。移動力が違うのだから当然の結末だ。こんな所に騎兵の突撃を受ければひとたまりも無いぞ)

 参謀は横耳を立てながらそう思った。


「騎兵の突撃だ‼」


 乱戦中の王国軍戦列歩兵は王宮騎士団騎兵の突撃に浮足立つ。


「怯むな!方陣を組め‼」

 王国軍戦列歩兵指揮官は必死に命令を出す。戦列歩兵は方陣を組み始める。その間に王宮騎士団の戦列歩兵は再編成を始める。

「砲兵は砲を置いて退却!塹壕に隠れろ‼」

 砲兵指揮官は砲兵に命令して砲兵を工兵が構築した塹壕に急いで退避させる。工兵はマスケットに銃剣を付けて騎兵の襲撃に備える。一方でリリアのいる王国軍本営では斥候の報告に基づいて作戦が立てられていた。

「川岸のくぼ地に敵の擲弾兵と砲兵が渋滞している」

「殲滅する好機ですぞ」

 少将はリリアに攻撃を進言する。

「どの位の兵力が必要かな?」

「騎兵3個中隊もあれば十分かと」

「じゃあ、予備騎兵を差し向けよう」

「御意」


「突撃!突撃!」


 王宮騎士団の騎士達は王国軍に対して騎乗襲撃を敢行する。しかし、戦列歩兵には方陣を早々と組まれてしまったので、目標を砲兵に変更する。が、砲兵の姿は無く、大砲が鎮座していたに過ぎず、騎士隊長は面食らった。

「撃て!」

 王宮騎士の行き足が鈍った所で塹壕に立てこもっていた工兵達はマスケットを撃ち始める。いい射撃の的となった騎士達は次々と銃弾に倒される。

「騎兵、突撃!」

 そこに王国軍騎兵主力が襲撃をかける。

「引けー‼引けー‼」

 これを見た王宮騎士は敗走するしかなかった。これを見たリリアは擲弾兵に伝令を出す。

「敵本陣を攻撃せよ」


 王宮騎士団の中央の戦列歩兵は再編成を終えて戦力も残っていたが、左翼の擲弾兵と砲兵は王国軍騎兵の襲撃を受けて壊滅し、王国騎士団は明らかに劣勢だった。リリアは騎兵に伝令を出す。

「敵戦列歩兵を無視して敵本陣を攻撃せよ」

 そして、戦列歩兵と砲兵、工兵に命令を出す。

「敵兵を殲滅せよ」

 砲兵は王宮騎士団の戦列歩兵に向かって砲撃を開始し、戦列歩兵は挟撃機動を開始する。中央では工兵が簡単な塹壕を掘って突撃に備えていた。これを見た王宮騎士団の戦列歩兵は軒並み戦意を失い指揮官は降伏した。


「な、何だこれは⁉」

 ヨゼフィーナは憤った。既に本陣は左右を敵に挟まれ、中央の戦列歩兵は降伏してしまったのだ。

「……白旗を掲げよ」

 ヨゼフィーナは潔く負けを認めた。


「やったー!勝ったー!」

 王宮騎士団本営に白旗が掲揚されると王国軍将兵は歓喜の雄叫びを上げて喜んだ。

「勝っちゃった…」

 王国軍指揮官達はキョトンとしてしまった。いつも王宮騎士団の敵役で負けることが前提になっていたので士気は低かったのだ。それをリリアは変えたのだ。


 演習が決まり、王国軍本営を訪れたリリアはそれまでの人物とは全く違っていた。


「お前達!勝ちたいか‼」

 いきなり何を言うのか。しかし、リリアは王国軍上層部のヤル気の無さに気が付いたのか会議の冒頭で檄を飛ばしたのだ。

「王宮騎士団に勝つ方法なんてあるのですか?」

 参謀総長がリリアに訊ねる。軍のトップがこういう態度であるからして王国軍の士気の低さは素人が見ても分かる程露骨なものだった。

「今回の演習は野戦だねっ」

「それがどうかしましたか?」

「野戦、と言う事は機動戦であり、陣地戦では無い」

「仰ってる事が良く分かりませんが、勝ち負けはもう着いているのですよ」

「何を言っているのかな。君達の保有火器は野戦に適している。王宮騎士団の重く大きな大砲では迅速な機動戦には対応できない。それは先日の演習で発見した」

「……」

 王国軍上層部の連中は絶句した。あの、コストリア軍を撃退した精鋭である王宮騎士団に弱点があるのか。彼等の心の奥底に何らかの火が付いた……。


 その後、リリアは戦術を披露する。戦列歩兵の行軍は歩幅を合わせる必要のある横隊行軍を止め、コントロールしやすい縦隊行軍を推奨した。隊列の変更は部隊士官にその権限を与え、上からの命令を待たずに実行できるようにした。戦闘の判断も予め指示を与えておいて迅速な戦闘行動がとれるようにした。砲兵や工兵の運用も斬新だった。しかもちょっとした訓練をすれば解決するような事ばかりで新たな費用を要しない事は魅力的だった。半信半疑だったが、兵隊達も実際に訓練をやってみて評判になった程だ。休暇でいなかった事もあって、これは演習が始まって部下である部隊指揮官から聞いた報告だったが。少将はそんな事を思い出しながら勝利の余韻を味わっていた。


「貴様ら‼何だその体たらくは⁉」

 その後帰営した王宮騎士団は参加していない剣士隊を除き、ヨゼフィーナによって散々叱責罵倒され、メシ抜きで夜通し徹底的にしごかれたらしい。それでもヨゼフィーナの怒りは収まらず、指揮官をはじめ将校にレポート提出を命じたのだった。しかし、このヨゼフィーナの不興は騎士や銃士達の不満という形になったのだった。



 時間が空いた時アルシュヴェタはリリアに魔導軍事教育を施した。これは、魔王ラムアとの戦いの反省に立ったものでもある。しかし、当人は忙殺されてしまい、実際にはアルシュヴェタの部下である副魔導師団長達が担ったが。


 リリアは軍需工場であるプレシュポレク工廠を見学する機会があった。リリアは飛空船について熱心に見学して質問をした。この世界における飛空船のスタイルは所謂では無く、帆船スタイルで普通に水面に浮かぶ事ができた。飛行する際はスタビライザーを扇状に展開し、魔導帆と魔導エンジンを使ったプロペラ又はスクリューで飛行力を得るとの事だった。着地は幅広の竜骨キールを中心にビルジキールの一部が地面に伸びて安定させる。大きさが小型なら魔導エンジンだけで飛ぶ魔導飛空船も存在するとも聞かされる。そう言えば、鉱山から王宮に移動する時は帆は無かった飛空艇だったからあんまり大きい船では無かったのだろう。武装は基本的に大砲であるが、空中魔導魚雷や爆雷も開発されていて、実物も見学できた。リリアは空中艦隊戦かぁと想像をふくらませる。その後リリアは数日に渡って王宮の図書館に籠って政治学や歴史学、法学の本を一読した。

 それから十日かかってようやくリリアは戦争論に関する論文をヨゼフィーナに提出した。ヨゼフィーナは三日かけて論文を読み解く。異世界出身者の記述故、理解しにくい点や納得しがたい点もあるが程よく客観的にまとめられていた。先日の敗因もここにヒントが書かれてあった。

「リリアには軍事と政治に明るいようだ」

 今更ながらヨゼフィーナはリリアの能力に感嘆した。



 ヨゼフィーナから報告を受けた国王はリリアに公式謝罪と謝意を表明し、褒美を取らせる事にした。が、ここで一つ問題が発生した。王国の公式召喚である為、誰にリリアの身柄を預けるかだった。規則上、勢力争いを避ける為に王族や召喚依頼者とその召喚者に異世界人の身柄を預ける事は禁じられていた。国王、宰相、大臣達は頭を悩ませた。話を聞きつけた貴族や大富豪などの有力者達がリリアを引き取りたいという請願を挙って王宮に提出していたからだった。

「はて、どうしたものか…」

 とはいえ、未だ結論が出ていなかった。軍の演習中にも関わらず国王は考えを巡らせる。

「陛下。ブサーク伯がお見えになられました」

 侍従がブサーク伯の来訪を告げる。その時、国王はひらめいた。

「うむ」

 国王は右拳で軽く膝を叩く。程なくブサーク伯がやって来た。

「陛下。ご機嫌麗しゅう存じ上げます」

「うむ。所でお主、リリアを養女にせんか?」

「はあ?」

 予期しない国王の打診にブサーク伯は驚いた。

「ははは。お主の驚いた顔、久々に見たわい」

 珍しいものを見れた国王は何やら満足気だ。

「陛下。恐れながら、リリア殿を引き取りたいという有力者達が王宮に挙って請願を出しているとか…」

 ブサーク伯は気を取り直し、畏まって返事を引き延ばす。ブサーク伯と雖も、とても即答できる内容では無い。

「左様。だから困っておったのじゃ。なんせ一筋縄ではいかぬ連中じゃからな」

 国王はあごひげを撫でながら話をする。

「その点、お主は好都合じゃ。我が国にしがらみが無いからのう」

「しがらみ、でございますか?」

「うむ」

 国王はにこやかに返事をして話を続ける。

「お主は前のコストリアとの戦いで飛び地であるが故、領地を蹂躙され、妻子を失った」

「…はい」

「その妻子の代わりとは言わんが、ローリアにとっても後継者は必要であろう」

「……」

 ブサーク伯は相槌を打たない。が、国王は構わず諭すように話を続ける。

「リリアは異世界人だが、幸い剣の腕もあり魔法も扱え、産業にも関心がある」

「……」

「それだけではない。ヨゼフィーナによれば、リリアは軍事や政治にも明るいそうだ」

「……」

「そういう人材、そなたの荒廃した領地に是非とも必要であろう」

「………」

「それにな、ヨゼフィーナが言うには全くの偶然だそうだが、リリアの外見はお主らローリア人に似ておる。いずれ、今後のローリアにとって重要な人物になるであろうな…」

「――‼」

 ブサーク伯は衝撃を憶えた。それは少しどころでは無い。言われてみれば確かにそうだが……。そして、ブサーク伯の心の中に囁きが生じる。“ヤーかナインか”……。

「陛下の御高配、痛み入ります。ならば、後刻…」

 揺れ動くブサーク伯は、その場での返事を保留にしようとするが、エリックⅠ世はこれを制した。

「いや、請願書は要らぬ。これは勅命じゃ」

「はっ!かしこまりました。ありがたき幸せ‼」

 ブサーク伯は深々と頭を下げた。勅命とあらば、断る必要は無かった。ブサーク伯は少しホッとした。


「マッタク…。世話の焼ける奴じゃわい」

 エリックⅠ世はブサーク伯が立ち去った後で満更でもなさそうにぼやいた。後は宰相や大臣達に根回しをしておけば良い。エリックⅠ世は侍従長宛に書面をしたためて侍従を王宮に走らせた。国王からの書簡を見た宰相らは根回しや準備の段取りを協議する。


 その晩、ヨゼフィーナは国王に呼ばれた。

「お呼びでございますか?父上」

「うむ」

 ヨゼフィーナが執務室に呼ばれるのは余り無い。逆に押しかける事の方が多かった。

「ヨゼフィーナ、リリア殿をブサーク伯の養女にする事にした」

「真でございますか?」

「うむ。ブサーク伯も承知した」

「それならば、私は特に異議はございませぬ」

「そうか」

 国王は満足そうに微笑んだ。


 その数日後のプレシュポレク城。謁見の間。国王をはじめ王侯貴族が正装して一堂に勢揃いしていた。その中には養父となるブサーク伯やヨゼフィーナ、アレクサンドラ両王女、そして、フードを被っていないアルシュヴェタ クローリア宮廷魔導師団長もいた。

「此度の大功労者、リリア殿のお見えであります‼」

 宮廷吏が高らかに告げる。大きな扉が開き、ファンファーレが鳴り響く。リリアは赤絨毯の上を静々と歩く。王侯貴族達の視線が一斉に銀髪ロリ美少女に注がれる。国王陛下との謁見である為、さすがに今日はセーラー服ではなく、王宮騎士団剣士隊の制服だった。オフホワイトの詰襟の軍服に丈の短いワインレッドのプリーツスカート、腰にはサーベルを吊るし、黒茶色の編み上げ靴を履き、青帯の入った白い軍帽を左腕に抱えている。

 長い赤絨毯を進み、リリアが玉座の前に到着すると、国王は玉座を降りてリリアの前に立つ。

「余はエリック アルトル スロキナ。スロキナ王国の国王である。まずは、スロキナ王国の国王として、リリア殿をかの世界より違えるこの世界の我が国に、無遠慮に召し上げたる事を心よりお詫び申し上げる」

 エリックⅠ世はリリア対して頭を下げた。列席する王侯貴族達もリリアに対して頭を下げる。

「国王陛下。どうか、頭をお上げください」

 リリアはエリックⅠ世に懇願する。

「リリア殿はこの国の行いを許されると申すのか?」

「はい。私は望んで来た訳ではありませんが、この国の方々が私を必要と望んで、私を呼び寄せたと解釈しておりますゆえ」

「リリア殿。我が国の謝罪を受け入れたしお気持ち、スロキナ国王として感謝致す」

 エリックⅠ世はもう一度頭を下げた。

「はい」

 リリアもエリックⅠ世に対して頭を下げた。それを見届けてエリックⅠ世は玉座に戻った。

「では、我が国の一員となったリリア殿に対し、国家として地位の確立と生活の糧を付与する」

 エリックⅠ世は高らかに宣言する。

「リリア殿には王宮騎士団剣士隊剣士中尉に任じ、任務に励んでもらいたい」

 宰相が具体的内容を告知する。

「はい。謹んでお受けします」

「次に、リリア殿にロロリア姓を授け、ブサーク伯爵ヴィルヘルム アダルブレヒト  フォン ロロリア殿の養女に入ります」

 この告知に列席者からどよめきが起きる。ブサーク伯は特に表情を変えたり会釈などをする事も無く直立不動の姿勢を崩さなかった。

「ゴホン。では、我が娘アレクサンドラの救出及び、魔王討伐の褒美をリリア殿に取らそう。何か望みの物を遠慮無く申すが良い」

 エリックⅠ世は咳払いをしてどよめきを鎮め、リリアに褒美を取らせる。

「……では、小さくてもいいので、魔導飛空艇を所望致します」

 リリアは遠慮がちにだが、ハッキリと所望の物を述べる。

「ほう、魔導飛空艇か。別に魔王の魔石とかでも良いのだぞ?」

「魔石は…魔王は私一人で倒したわけではありませんし、アレクサンドラ王女殿下の救出も宮廷魔導師団の浄化魔法と回復魔法があってこそです」

「ううむ…」

 エリックⅠ世は余り欲の無い口上に面食らう。

「リリア殿。功績に対してあまり低い対価の所望は感心できませんぞ?」

 宰相が助け舟を出す。

「そうですか。…ならば、飛空艇の動力源に魔王の魔石を使わせてください」

「なるほど」

 妙意を得たエリックⅠ世はあごひげを撫でる。

「陛下。魔導飛空艇の操船には商船学校に行って操船資格を得る必要がございます。副賞として国費を以て学費援助は如何でありましょうか?」

「なるほど。宰相の申す通りじゃな。うむ。リリア殿の望み、しかと、聞き届けようぞ!」

 エリックⅠ世はそう言って玉座から立ち上がって宣言した。

「リリア殿に第一級のものを用意せよ‼」

「はっ!御意‼」

「はっ!有難き幸せ‼」

 リリアは頭を下げた。王侯貴族も国王に対して頭を下げ、国王は謁見の間から退出した。その後、拍手が列席者から沸き起こる。リリアは列席者に対して頭を下げた。


 その晩、国王主催で祝賀会が開催された。もちろん異世界から召喚されて無事、魔王ラムアを討伐し、アレクサンドラ王女を救出したリリアを労う為のものであった。ヨゼフィーナは王宮騎士団の軍服から白いドレスに着替えて髪もアップにセットし直し、ティアラを頭に付けて王女らしくおめかししている。

「ヨゼフィーナはお姫様だね」

「なっ‼」

「ホラ、見なさいヨゼフィーナ。リリアにもそう思われているわよ」

 アレクサンドラ王女は扇で口元を隠してクスクス笑う。

「くぅ~」

 ヨゼフィーナは悔しそうな表情を浮かべ、握り拳を作る。

 それから豪華な料理や果物、お酒がテーブルの上に並べられている。

「あ!お酒だ‼」

 リリアは思わず叫んでしまう。

「ん?リリアはもうお酒が飲める年齢なのか?」

 ブサーク伯はリリアの年齢を確かめる。

「あ!」

 リリアはハッとする。今の年齢を知らなかったのだ。子供の姿では飲める筈も無かった。

「クスクス」

 ヨゼフィーナはリリアを見てクスクス笑う。リリアはしょぼーんとする。

「殿下。お戯れを」

 察したブサーク伯はヨゼフィーナを窘める。

「ははは。そうだったな」

 ヨゼフィーナはからかい足りない様子ではあったが、リリアに本当の年齢を告げる。

「リリア、お前の年齢は16歳だ」

「え⁉それってお酒飲めないじゃん‼」

 途端にリリアは涙目になり大粒の涙を流す。

「ま、待て!前の世界ではどうだったかは知らぬが、スロキナ、いや、ユーロリア大陸諸国では、16歳から酒が飲める」

 ヨゼフィーナはリリアを慌てて宥める。

「本当?」

「それは本当だ」

 ブサーク伯が答える。

「うん。分かったぁ!」

 リリアは途端に笑顔になった。

(その歳を聞いて、不満で涙を流すとは羨ま、けしからんなぁ…)

 当年52歳になるブサーク伯は複雑な思いでリリアを見つめた。


 その後、リリアの飲みっぷりや食べっぷりは王宮や上流階級といった社交界で評判となった。


「ぷはぁ~。お酒最高‼」


 極上の葡萄酒がたらふく飲めてリリアは大満足だった。



 翌日。リリアはケロっとしていたが、出席者の殆どは二日酔いの大海原にいた。その為、リリアが王宮からブサーク伯の屋敷に移住したのは更にその翌々日だった。

「では、陛下、アレクサンドラ、ヨゼフィーナをはじめとする各殿下方。それにクローリア閣下。お世話になりました」

 リリアは国王とアレクサンドラ王女、ヨゼフィーナ他王室メンバー一同とアルシュヴェタに頭を下げる。

「うむ。礼を言うのはこちらの方だ。少し予定が遅れてしまったが…。まあ、時間がある時はいつでも顔を見せに来なさい」

「はい。陛下」

 型通りの挨拶を済ませてリリアは馬車に乗り込み、王宮を離れた。



「お帰りなさいませ、リリアお嬢様‼」

 屋敷の使用人達が勢揃いして馬車から降り立ったリリアをうやうやしく出迎えた。

「うん。みんな、よろしくね~」

 リリアは使用人達に愛想を振りまく。中に入ると養父となった伯爵が玄関の大広間で待っていた。

「お帰り。リリア」

「ただいま。お養父様!」

 リリアは元気良くにっこり笑って答えた。


                               第一幕 完



  *次話より第二幕となります。

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異世界召喚されたら銀髪ロリ美少女になった。 土田一八 @FR35

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