第4話 決戦

「城が危ない‼」

 ヨゼフィーナはハッとして叫んだ。

「皆の者。ただちに外に出るぞ‼」

 ヨゼフィーナ達は走って坑道の出口を目指す。すると、突然広い空間が歪み始め、天井から石がパラパラと落ちて来た。

「急げ!外に出るぞ‼」

 ヨゼフィーナ達は懸命に坑道を走って出口を目指すが、ヨゼフィーナ達を飲み込まんと坑内が追いかけるようにして崩れる。


「振り返るな‼走れ走れ‼」


 何とか全員外に出た所で出口がズシーンと鈍い音を立てて崩れて塞がってしまった。土煙がもうもうと辺り一面に立ち込める。


「間一髪だったな」

 ハアハア息を切らせながらヨゼフィーナは呟いた。全員バテバテの所にローランドやブサーク伯達が地鳴りを聞いて駆けつけて来た。

「姫様‼ご無事でありますかッ⁉」

 ヨゼフィーナは声を出す代わりに右腕を軽く上げた。



 飛空船の中。シルヴァーナやローランド達と別れたヨゼフィーナ一行とリリアは王都に急行する小型飛空船に乗っていた。リリアはちょこんと両膝を揃えて椅子に乗って物珍しそうに窓におでこを付け口は開きっぱなし、目は大きく開き瞳を輝かせて外を眺める。その様子を見てヨゼフィーナはリリアをからかう。

「リリア。まるで、子供のようだな」

「えー⁉」

 リリアはほっぺをぷくーとふくらませる。その様子を見てヨゼフィーナ達はゲラゲラ笑う。

「も~」

 恨めしそうにヨゼフィーナを見つめるリリアのほっぺはまた膨らんだ。


 笑いが収まった所でヨゼフィーナは立ち上がって自説を披露する。

「みんな聞いてくれ。私が思うに、魔王はプレシュポレク城にいる」

「なんと⁉」

 さすがに荒唐無稽な発言にブサーク伯は驚きの声を上げる。

「そして、師匠からの報告で疑念は確信に至った。魔王は姉上に憑りついている」

「………‼」

「姉上は血まみれになって調査に行った鉱山から一人で戻ってから明らかに人格が悪い方に変わった……」

 キャビンにいる人間は皆、ヨゼフィーナに注目する。

「おい!リリア!聞いているか‼」

 ヨゼフィーナはリリアを叱る。が、窓にかじりついていた筈のリリアはキャビンにいなかった。

「どこ行った?」

 ヨゼフィーナは不機嫌そうな表情を浮かべた。


「お、嬢ちゃん、ゆっくりして行ってくれ」

「うん。ありがとう」

 リリアはいつの間にか飛空船の操縦室後方にあるソファにちょこんと座っていた。リリアは乗組員の動きを物珍しそうに観察していた。



「もう~。ぶたなくたっていいのに~」

 リリアは頭にたんこぶを作って恨めしそうに文句を言う。ヨゼフィーナによって操縦室からキャビンに連れ戻された上に拳骨を喰らったのだ。

「私の話の時にいなかったからだ‼」

「勝手な事を言って!もう、知らない!」

 リリアはプイとそっぽを向いてしまう。ヨゼフィーナはムッとする。

「まあまあ、殿下。立ち上がった時には、リリア殿は既にいませんでしたぞ」

 ブサーク伯がヨゼフィーナを宥める。

「むっ…」

「殿下」

 ブサーク伯はヨゼフィーナを宥める。

「すまなかった」

 ヨゼフィーナはリリアに頭を下げた。すると、リリアは小さな手でヨゼフィーナの頭をコツンとする。キャビンの中は緊張に包まれる。

「なっ⁉」

「これでおあいこだね」

「えっ⁉」

「もう、人の頭を叩いちゃダメだよ」

「分かった……」

 ヨゼフィーナがおとなしく引き下がるとリリアはニコッと笑った。周囲もホッとする。

「殿下!間もなく城に到着しますぞ!」

 操縦席から城に到着する事を伝声管で告げられた。程なく厳戒態勢にあるプレシュポレク城に到着した。



 飛空船から降りた一行は王宮内の衛兵第二詰所に向かい、そこで作戦を立てる。リリアはキョロキョロしながらヨゼフィーナについて行く。ヨゼフィーナは改めて作戦を説明する。

「とにかく姉上を取り押さえ、宮廷魔導師団によって憑りついている魔王を姉上から引き離す」

「どうやって?」

 リリアはヨゼフィーナに質問する。

「浄化魔法を用いる」

「物理や魔法で抵抗しそうだけど?」

「それは想定に入っている」

 何だか大雑把すぎてリリアからすれば作戦の内に入っていないような気がしていた。それに、王女の姿で対抗して来るのだろう。

「確認だけど、アレクサンドラ王女ってどんな人?」

 リリアは疑問を口にした。

「そうだったな、リリアは知らないんだったな」

「向こうは知っているかもしれないわよ?」

 黒マントの女が詰所に入って来た。

「師匠!」

「待っていたのに来ないからこっちから来たわ」

 黒マントの女は不満そうに言う。

「申し訳ありません」

 ヨゼフィーナは黒マントの女に頭を下げて謝る。

「貴女が気か立ってイライラしているのは分かるわ。でも、落ち着いて考えなければ物事は解決の方向に行かないわよ」

 黒マントの女はヨゼフィーナを諭す。

「アルシュヴェタ殿、何か策でも?」

 ブサーク伯は黒マントの女に訊ねた。

「無い!」

「そんな……」

 ブサーク伯は絶句する。

「要するに、アレクサンドラ王女の身体から魔王を分離させればいいんでしょう?」

 リリアが発言した。

「それは、そうなんだが…」

 ヨゼフィーナは声のトーンを落とす。

「荒療治でも良ければ策が無い訳でもないけど?」

 リリアはヨゼフィーナに言う。

「それはそれは。では、話を聞かせてもらえるかしら?」

「いいけど、貴女、誰?」

 リリアは黒マントの女に対して誰何をする。

「私は宮廷魔導師団長、アルシュヴェタ クローリア。ハーフエルフよ」

 黒マントの女はそう名乗ると、フードを外す。金髪碧眼美女の顔が現れる。耳は長くない。どちらかと言うと人間の耳とほぼ同じ形だった。リリアはアルシュヴェタに見とれてしまう。

「あらあら。私に興味があるようだけど、私はリリアの策に興味があるわ」

 アルシュヴェタは微笑みながらリリアを見据えた。


「首の皮一枚残してアレクサンドラ王女の首を斬って浄化魔法で魔王を追い出し、魔王は私とヨゼフィーナが主体的に対処。宮廷魔導師団はアレクサンドラ王女の身体に回復魔法をかけて首と胴体を繋ぎ直す。ヨゼフィーナ、王宮内で魔王と戦える広い場所は何処かな?」

 リリアは作戦の概略を一気に話す。

「あ、姉上の首を斬るだと⁉」

 ヨゼフィーナは絶句する。

「それは、妙案ね」

 アルシュヴェタはリリア案に賛同する。

「ま、待ってください。姉上の首を斬るなど……」

「言っておくけれど、刎ねるのでは無いよ?」

「同じだろう‼」

 ヨゼフィーナは取り乱す。

「刎ねると斬るとは大きく意味が違うよ」

 リリアは真剣な表情で話す。

「刎ねるは殺す事。斬るは必ずしも殺す訳では無い。かつて、私の国では切腹という儀式があったんだ」

「セップク?」

「外国ではハラキリと呼んでいたようだけど、限られた身分の人にだけ許された死の儀式。普通、死罪になった罪人は処刑と言う形で死ぬけれど、切腹は自分で腹を切り裂いて死ぬ。しかし、それだけでは不十分な事が多かったので、確実に死ぬ為に介錯といって他人が首を斬る作法があったんだ」

「ハラキリ?」

「カイシャク?」

「切腹は死罪では無いので首を斬り落としてはいけない事になっていた。そこから首の皮一枚という慣用句が生まれた」

「………」

「………」

 ヨゼフィーナ達はよく理解できず、ポカーンとしてしまう。

「とにかく、殺すとか死なせる為に首を斬るのではなくて、生きている形にする為に首の皮一枚を残して斬る…。早い話、首が完全に落ちないように斬る、という意味だよ!」

「最後の部分はよく分かった」

 ヨゼフィーナは重苦しく言う。それは、大陸一の剣豪と言われた自分の役目なんだろう。と、ヨゼフィーナは思ったからだった。

「私もよく理解出来ましたわ。最後の部分だけ、ですけれど」

 アルシュヴェタは相変わらずニコニコしている。

「追い出す方法はそれと言う事にして、どうやって魔王を倒すのですか?」

 ブサーク伯はリリアに質問する。

「基本的には私とヨゼフィーナで。牽制処置を講じられればなお、いいと思う」

「ふむ。それは我が剣士隊が請け合おう。防御は魔導剣士が行う。宮廷魔導師団はアレクサンドラ王女の治癒に専念するという訳だな?」

「そうです。半年も魔王に憑りつかれていたとなると、どんな影響が出るか、その時にならないと分からないからね」

「戦闘場所は1階の大広間とする。3階まで吹き抜けだし柱は少なく2階と3階から銃撃も可能だ。せいぜいおちょくって本性を現させ、そこで、私が姉上の首を斬り刻んで浄化魔法で姉上と魔王を切り離す。魔王の対処は基本、リリアが担当し、助太刀とトドメは私が担当する。剣士隊は銃撃で魔王の挑発と牽制射撃を頼む」

「心得ました」

「宮廷魔導師団は浄化魔法と回復魔法を姉上に頼むぞ」

「任せなさい」

「後は、どうやって姉上を大広間におびき出すかだが……」

 ヨゼフィーナは腕組をして考える。

「ヨゼフィーナが呼び出しだとすれば相手も警戒するのでは?」

 アルシュヴェタは意見を述べる。

「そもそも、リリア殿を放逐した要因はアレクサンドラ王女だと伺いましたが…?」

 ブサーク伯はヨゼフィーナに確認する。

「それだ‼」

 ヨゼフィーナは閃いた。



「あらあら。こんな所に呼び出して何の用かしらぁ?」

 女官長経由でヨゼフィーナに呼び出されたアレクサンドラ王女は不敵な笑みを浮かべ臆せずに現れた。

「姉上ですね。被召喚者を放逐したのは」

 ヨゼフィーナは直立不動の姿勢で用件を切り出す。

「何の事かしらぁ?」

 アレクサンドラ王女はしらばっくれる。

「証拠ならここに」

 ヨゼフィーナは「失敗作」と書かれた紙切れをぴらっと見せる。

「知らないわね」

「ウソ。この字は姉上の筆跡です」

「知らないって言ってるでしょう‼」

 アレクサンドラ王女は声を荒上げる。

「その程度で言い逃れができるとも?」

「うるさいわね‼妹の癖に‼」

「言っときますが、これはもう、魔導鑑定にかけて結果が出ております。しっかり、姉上の字だとね‼」

 ヨゼフィーナは紙切れを投げ捨てサーベルに手をかける。

「この私を、姉を斬るとでも言うの?」

「ええ」

「誰かー‼ヨゼフィーナが乱心よーっ‼」

 アレクサンドラ王女は白々しく大声で助けを求める。

「白々しく叫んだって誰も来やしませんよ。姉上……いや、魔王ラムア」

 ヨゼフィーナはある魔王の名を口にする。

「周りにいっぱい兵隊がいるのにか…?」

 すると、アレクサンドラ王女の口調と声色が変わった。

「やっと、正体を現したか……」

 ヨゼフィーナは確証が現実になったので少しだけ張り詰めていた緊張感が緩んだが、いつでもサーベルを抜く体勢を崩さない。

「フン。如何にも、余は魔王ラムア也。貴様ら人間に封印され、三百年。力を蓄えるには程遠いが、この女の身体は丁度良い。まずは貴様等から我の贄にしてやる…」

 ラムアは火を噴く体勢を取る。ヨゼフィーナはラムアの動きがまだ緩慢なのを見切って切りかかる。

「くそっ!」

 ラムアは右腕でヨゼフィーナを振り払おうとするが、そのせいで火炎を口から放つことができない。ヨゼフィーナは攻撃をする振りをしてちょこまか躍動しラムアを挑発する。

「くそっ!女の身体が枷になるとはな……‼」

 ラムアは予想外の展開に焦る。女の口の中に入って憑りついたのはいいが、何故か分離できずにいたのだ。その為、女の魔力を頂戴しながらも魔王本来の力と動きが発揮できなかった。それどころか、魔法を使おうとすると必ずストッパーが働いて魔法を発動できずに今日まで至っていた。あの女が、いや、あの女の信念が我の魔法発動を邪魔建てにしているのであろう。しかし、ラムア自身ではどうしようもできなかった。

「今だ‼」

 ヨゼフィーナはラムアの一瞬の隙を見逃さず背後からサーベルを振り抜いた。


 スパァっとアレクサンドラ王女の首がちょぎれて大量の血と共に黒い瘴気が大気に噴出する。

「今よ!浄化魔法‼」

 魔導障壁で身を潜めていたアルシュヴェタが表に出て命令を出す。やはり、魔導障壁で潜伏していた宮廷魔導師団が表に出て浄化魔法を発動させてアレクサンドラ王女の首に目がけて魔法を放つ。

「グオオオッ‼おのれぇ⁉」

 ラムアは悶えながらアレクサンドラ王女の身体から分離した。そして、アレクサンドラ王女の身体は仰向けになってゴトと音を立てて床に倒れる。

「回復魔法‼」

 アルシュヴェタは宮廷魔導師団に次の命令を下す。宮廷魔導師団は回復魔法をアレクサンドラ王女の身体にかけ、ヨゼフィーナは皮一枚残ったアレクサンドラ王女の首を胴体にくっつける。大量出血した血液はアレクサンドラ王女の身体に戻って行くが、切り傷は中々治癒しない。

「おのれぇ‼」

 怒り狂ったラムアは宮廷魔導師団に向かって火炎を噴こうとする。

「第1列、撃て‼」

 ブサーク伯は2階に潜ませていた剣士隊に一斉射撃をタイミングよく命じる。


 パパパーン‼


 銃声が大広間に轟く。弾は悉くラムアに命中する。

「くそぉ、小癪な‼」

 本来なら鉄砲玉など、魔導障壁シールドが自動展開されて防げるが、今のラムアにはそのような力は無かった。とはいえ、効果は石を投げつけられたと言うよりも物が当たったという程度だった。しかし、挑発には効果があった。

「これでも喰らえ‼」

「撃てー‼」

 パパパーン‼

 ラムアが剣士隊に向かって火炎を噴こうとした時、別の隊に背後から撃たれる。

「よし、今の内にアレクサンドラ殿下を移動させて」

 アルシュヴェタは回復魔法をかけつつ密かにアレクサンドラ王女の身体を柱の陰に移動させる。

「おのれぇ‼許さん‼」

 それからというもの、ラムアが背中を見せた方向から鉄砲玉を撃ち込まれる。

 パパパーン‼パパパーン‼


 ヌオオオオ‼


 ラムアは怒りのあまり、雄叫びを上げて身体を増強させる。幾度に渡る物凄い雄叫びによる威風でヨゼフィーナや剣士隊はその度に吹き飛ばされて戦闘力を一時的に喪失する。しかし、増強と言っても恒常的なものでは無く、その場凌ぎ程度のものでしかなかったが、人間どもには立派な脅威に映るであろう。ラムアはそう考えた。その後の事はその時に考えよう。ラムアの思考力も著しく低下した。身体はでかく増強できても脳みそのシワまでは増強できない。獣モードと言うべき状態に入った。

「よし、今だ‼」

 リリアは独断で動きが鈍っているラムアの脳天を叩き切るべく天井のシャンデリアから飛び降りた。

「あ、しまった‼」

 吹き飛ばされたヨゼフィーナは合図する頃合いを逃してしまった。

「ジョディビルディセボット‼」

 リリアはサーベールを黄白色に光らせて振り下ろす動作に入る。


 パコーン‼


 リリアはラムアが幾度なく振り上げた拳にぶつかって跳ね飛ばされてしまった。


「‼」


 そして、リリアは身体増強ででっかくなったラムアに掴まれてしまった。

「ほほう。これは良い贄だ…」

 ラムアはリリアの身体をニギニギして弄ぶ。

「ふぐう‼」

 しかし、リリアにとってはそんな生易しいものでは無かった。ニギニギされる度に息ができない程の激痛が襲う。


「ぐあああ‼」


 リリアは悶え苦しむ事しかできなかった。


                                  つづく

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