第3話 魔王は……

 坑道の中。あれから随分と歩いた。

「ねえ、シルヴァーナ」

「はい?」

「そういえば自己紹介していなかったね」

「そうですね」

「私はリリアだよ」

「エヘヘ。剣士様のお名前カワイイですね。私はシルヴァーナ ペリーシェクと申します」

「シルヴァーナは鉱山で生まれ育ったの?」

「いいえ。私と父は元々王都の人間ですよぉ」

「へぇ」

「父は鉱山技師だったんでここの責任者になって私も子供の時からここに住んでいました」

「随分力が強いようだけど?」

「そりゃあ、毎日水汲みしてたら腕っぷしは鍛えられますねー」

「ふーん」

 水汲みは世界共通、昔から女子供の仕事だと聞かされていたし、水道が未整備時代に生まれた自分の母親も痩せて小柄な割には握力や腕力はある方だった。しかし、今はそれしか自分の事は思い出せない。

「あ、えーとぉ、どっちですかぁ?」

 二又でシルヴァーナは立ち止まる。

「あ、右」

 何故か魔力は肌感覚で識別できる。魔力自体は段々と濃くなっている。

「そろそろ、灯りを消した方がいいかも」

「えっ⁉真っ暗ですよ?」

「暗いのに目を慣らしておかないと」

「分かりました…」

 シルヴァーナは立ち止まってカンテラの灯りを息を吹きかけて消す。

「やっぱり、真っ暗ですぅ」

「目を八の字に動かしてご覧」

「八の字って?」

 シルヴァーナはキョトンとする。あ、そうか。うーんと。

「砂時計の形にして目をゆっくり動かしてご覧。目の焦点はやや遠くに。焦点を握り拳一つずらすと分かり易いよ」

 シルヴァーナは半信半疑だったがリリアに言われた通りに目を何度か動かす。

「おおー」

 暗闇に慣れてシルヴァーナは感嘆の声を出す。リリアは真っ暗闇でも目が利くので何でもないが。

「じゃあ、進もう」

「はい!」



 それより前。


 ヨゼフィーナは師匠の報告に驚愕するも心当たりがあった。あまり驚かないヨゼフィーナを見て師匠はつまらなく思う。

「なんだぁ。もうちょっとびっくりするかと思っていたのに…」

「そんなに感情を露わにする程の内容ではありません。私の結論と一致しますからね」

「やはり、あの鉱山に行ったのが原因なのね?」

「はい。鍵はあの鉱山にあると思います」

「そして、リリアもあの鉱山にいる」

 ヨゼフィーナは頷く。それから呼び鈴を鳴らし、女官長を自室に呼び寄せて幾つか指示を与える。

「承知いたしました」

 女官長が退出するとヨゼフィーナは出立の準備をする。

「城の事は師匠にお任せしても宜しいですか?」

「ええ。任せなさい」

 師匠はにっこりと笑った。



 それから時間が戻って更に時間が経過する。



 魔力の濃さは尋常では無い。


「シルヴァーナは私の後ろに。離れてついて来て」

「分かりました」

 シルヴァーナはリリアから20m程離れる。


 それから10分程歩くと広場のような空間に出る。


「こういう場所は無かった筈ですぅ」

 シルヴァーナは曲がり角から顔を出してリリアに伝える。

「ここか?」

 リリアはそう言って広くなっている空間に歩み出る。すると、突然頭上の岩盤の一部が崩れて来た。

「いけない!落盤ですわっ‼」


 ズザーッ‼


 シルヴァーナは大声で叫んだがあっという間にシルヴァーナとリリアの間は岩盤で閉ざされてしまった。


 一方の地上。

「隊長‼飛空船ですぜ‼」

 部下が叫ぶ。ローランド達は空を見上げた。小型飛空船1隻だけだったが、何となく力強いものが込み上がるのを感じた。

「やっとおいでなすったか」

 ローランドは一言だけ呟いた。


 小型飛空船は鉱山前の草地に着陸する。そして10人余りの騎士が降りてローランドの所に来た。そして緋色のマントを羽織った長身の金髪碧眼少女が口を開く。

「私はヨゼフィーナ スロキナだ。誰がこの伝書鳩を飛ばしたのか?」

 名前を聞いたローランド達は膝をつく。そして、ローランドが口を開く。

「はっ、小生にござります」

「して、リリアはどこに?」

「はっ、鉱山の中に」

「何だと⁉」

 ヨゼフィーナは声を荒上げる。

「魔王討伐に派遣されたのでは?」

「違うわい‼」

 ヨゼフィーナは感情むき出しにローランドを怒鳴りつける。

「はっ、申し訳ございません」(何だ、違うのか)

 ローランドは平伏する。

「その方、名は?」

「ジリナ兵団所属ローランド ハロメク大尉でございます」

「ジリナ…ああ。叔父上の」

「左様にて」

「よし、行くぞ‼」

 ヨゼフィーナは王室騎士を連れて鉱山の中に入って行った。

(ふう。助かったぜ…)

 ローランドは冷や汗をかいたが、ヨゼフィーナからは特に追及される事なく安堵した。何せ、相手は庶子とはいえれっきとした王女様で大陸随一と呼ばれる剣豪だ。

「では、それ以降は某が伺おう」

 ピンと上向きに逞しく張った銀色のカイゼル髭を蓄えた初老の男性がローランドに近づいた。

「うっ!ブサーク伯……」

 ローランドは絶句した。草地にはいつの間にか中型飛空船が着陸して多数の騎士が展開していた。



 閉ざされた広い空間。


 リリアは間一髪の所で落盤による難を逃れたが空間の真ん中に位置してしまった。これでは目立ってしまう…。リリアがそう思った時、瘴気を帯びた漆黒の腕がリリアに目がけてすぅーと伸びて来てリリアを掴もうとする。リリアは左に跳躍してそれを避ける。すると、漆黒の腕は何本にも分離してリリアを追いかける。

「メイチュエオポナブレスク‼」

 リリアはサーベルを抜き払ってサーベルの刀身の長さより遥かに幅広な黄白色の光を放つ。


 スパパパ‼


 黄白色の光は漆黒の腕を全てぶった切る。


 グオオオ‼


 奥の方から呻き声のような不気味な声が響き渡り漆黒の腕は消えてしまう。


 リリアは肩でハアハア息をしながらサーベルを鞘に戻す。無意識に魔法を使うとは思わなかった。恐らく秘めたる危機意識が魔法を発動させたのだろう。


 ドスン!ドスン!ドスン!


 魔物が地響きを立てて奥から姿を現した。真っ黒いどでかい怪物だった。二本の腕を無くしている。


「魔王って言うからもっと人間ぽい姿だと思っていたが、これではただのデカブツだなぁ」

 リリアは初めて見た魔王を見て感想を口にする。


 ウオオオッ‼


 スポ!スポ!


 魔物は渾身の雄叫びを上げると腕が再生する。


「なんと⁉」


 リリアは驚いてぽかーんとしてしまう。魔物はリリアを見据えてドスンドスンと地響きを立てて近づく。リリアは気を取り直してサーベルを静かに抜く。魔物は口から火炎を吐き、また漆黒の腕を伸ばして来た。リリアは脇に跳躍して回避する。

「手数を増やして来たか。では、今度はこっちの番」

 リリアはサーベルの刀身を黄白色に光らせる。


「ジョディビルディセボット‼」

 サーベルの刀身は黄白色に光輝く。

「これでも喰らえ‼」

 リリアは襲って来る漆黒の腕を回避しつつ跳躍して脳天に一太刀を浴びせる。

 ヌオオオオ‼

 魔物は断末魔の雄叫びを上げてスパッとあっけなく真っ二つにされて倒され、漆黒の腕から指輪が飛び、身体は赤い光を放ってから塵となって消失した。魔の気も一瞬で消え失せる。見かけによらずあまり手ごたえは感じられなかったが。

「ふう。仕留めた……」

 それでもリリアは安堵した。疲れがどっと出る。


 ドーン‼


 後ろで塞いでいた岩盤が粉砕されて人影が複数現れる。

「‼」

 リリアはサーベルを中段で構える。

「リリアさーん‼」

 シルヴァーナの声がする。

「助けに来たぞ!リリア‼」

 別の女性の声がする。

「誰?」

 リリアは目を凝らすが土埃がもうもうとしていて誰が誰だかよく分からなかった。



 数分後。


 ようやく土埃が晴れて人物の見定めができた。シルヴァーナと10人位の軍人がいた。

「リリアさーん‼無事でしたか‼」

 シルヴァーナがリリアの所に駆け寄る。軍人達はシルヴァーナの後ろの方で控えている。

「うん。魔王というか魔物は倒したけれど、後ろの人達は?」

「ああ。そうでした。では、殿下。こちらへ」

 シルヴァーナはリリアの手を取って喜んだのもつかの間。殿下と呼んだ人物に場所を譲る。軍人の中から一人の女性がリリアに歩み寄って口上を述べる。

「私はスロキナ王国第2王女ヨゼフィーナ スロキナ。そなたをこの世界に召喚した者だ」

 衝撃が走ったリリアは顔を引きつらせた。


 えっ⁉異世界召喚って物語の中だけじゃないの⁉


 しかし、ヨゼフィーナはリリアの様子に構わずに話を続ける。

「確かに魔の気は消滅したが、魔石はどうした?」

「魔石?」

 リリアはキョトンとする。そんな物は見ていない。

「魔物を真っ二つにはしたけれど、赤い光を放ち、塵になって消え失せただけで、魔石は見ていないよ」

 リリアはヨゼフィーナにありのままを報告する。

「………」

 ヨゼフィーナは考え込んでしまう。

「あのぉ?」

 シルヴァーナはヨゼフィーナに話しかける。

「何だね?」

「やっぱり、暗いので灯りを付けてもいいですかぁ?」

「……ああ。いいとも」

「殿下。ありがとうございまぁす」

 シルヴァーナは礼を言うとカーバイト型ランタンにマッチを擦って灯りを点ける。灯りを点けるとシルヴァーナは何かを探し始める。

「何を探しているのかね?」

 ヨゼフィーナはシルヴァーナに訊ねる。

「指輪ですぅ」

 間の抜けた答えを返しながらランタンの灯りを頼りにシルヴァーナは懸命に探す。リリアやヨゼフィーナに軍人達も足元や辺りに目を凝らす。

「サイキュリアム」

 シルヴァーナ以外は魔法の力で灯りが無くても探す事は出来る。尤もリリアは暗闇でも夜目が利くので魔法すら使っていないが。


 キラッ。


 入口の近くで何かが光る。

「何か光ったぞ」

 軍人が声を上げる。シルヴァーナは指差した方向にランタンの灯りを向ける。

「あったぁ‼」

 シルヴァーナは光った所にいそいそと歩いて光った物を拾い上げる。

「指輪?」

 シルヴァーナが拾ったのは金の指輪だった。シルヴァーナはランタンの灯りを頼りに指輪の内側を確認する。内側にはイニシャルが彫られてあった。

「んー。石は無くなっちゃってますねぇ」

「誰の指輪か?」

「私の父の指輪ですぅ。赤い石は無くなっちゃいましたが」

 ヨゼフィーナの問いにシルヴァーナは答えた。

「赤い石は魔石か?」

「はい」

「ふむ…」

 ヨゼフィーナは腕を組んで考え込んでしまう。


 魔物を倒し、魔の気も消滅しているのに魔石が出ない。指輪に嵌められていた魔石は消えている。


 ならば、答えは一つだ。


「リリアが倒した魔物は、魔王の分身だ!恐らく赤い魔石が分身の活動源になっていた」

 ヨゼフィーナは結論を披露する。

「では、魔王は何処に?」

 リリアは疑問を口にする。

「そうだなぁ…」

 と言いかけた所でヨゼフィーナは気が付いた。

「はっ!城が危ない‼」


                               つづく


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